「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
「大丈夫……大丈夫だから」
リリスが泣いている。
泣き続けるリリスに優しく声を掛けた私は彼女を強く抱きしめた。
それは遠い日の記憶。
「アリス……リリスをお願いね」
それが優しかったお母さんの最後の言葉。
その言いつけを守るように私は妹を守り続けて来た。
私がお姉ちゃんなんだから……妹を守らないと。
私がお姉ちゃんなんだから……妹を支えないと。
私がお姉ちゃんなんだから……妹を助けないと。
私がお姉ちゃんなんだから……
私が……
私が……
◆◆◆◆◆◆
(シロさん!右です!)
(了解!)
シロはローレンの右側に向かって水弾を放ち敵寄せ付けないように牽制する。
(次はエヴィさんに!!カリンさんにローレンさんのフォローを!!)
「カリンさん!ローレンさんのフォロー!!」
「分かった!」
シロはカリンに向かって短く声を掛け、すぐさまエヴィエスが囲まれないように水弾を放つ。
ミズラフ滞在最終日の10日目。
今日の戦いを終えると一旦ケントルムに戻ることになる。
シロ達は昨日と同じく安定した戦いを続けており、今では並大抵の事では崩れない程の連携を会得していた。
その安定を支えているのは後衛であるシロに依るところが大きい。
全体のバランスが崩れないように前衛、中衛を指揮し、敵の誘導から薄い箇所のケアまで一手に引き受けているのだ。
しかし、刻一刻と変わる戦況を見極めながら、常に適切な行動を選択し続けるのは経験豊富な人器使いでも難しい。
それでも経験の浅いシロが常に適切な選択を続けることが出来たのは、リリスの存在が大きかった。
外から見る人間にはシロが支えているように見えるが、実はこのパーティーを支える真の屋台骨はリリスだ。
引っ込み思案で恥ずかしがり屋だったリリスがシロと同調している時だけは人が変わったかのように自信に満ちている。
とはいえ、同調をしていない時の彼女は相変わらずの恥ずかしがり屋なので、リリスの指示で動いているというのは3人の秘密だった。
(次は正面!!)
(うん!!)
すかさずシロは前方に向かって水弾を放ち、貫かれた魔物が短い悲鳴を上げて倒れる。
(流石です。シロさん)
シロもリリスの短い指示を汲み取り素早く行動に移すことが出来るのは凄いと思う。
的確な指示を出せるリリスにそれを実行できるシロ。
2人が心を通じ合わせているのが分かる。
アリスは戦闘中、自分の居場所を見失っていた。
身体能力はほぼ同じ。
初日は遅れてた言われた動きの同調も今ではリリスと同じくらい出来ている自信もある。
しかし、リリスの状況把握する力。
所謂思考力はどうあがいても彼女には届かなかったのだ。
何もできない守るべき存在であったリリスが今ではミズラフでも上位のパーティーの要になっている。
姉として喜ばしい気持ちと妹に負ける悔しい気持ち。
その2つが同居し、彼女の中に言いようのない感情が渦巻く。
(……ちゃん……お姉ちゃん!!)
(……えっえ!?)
リリスの唐突な呼び掛けによって思考を戻されたアリスはやや上擦った声を上げる。
(遠くは大丈夫?)
(うん……大丈夫)
リリスの思考力に付いていけないアリスはいつの間にか遠距離攻撃をしてくる魔物がいないかを警戒する見張りのような役割を任されていた。
しかし、ミズラフの初日で見たイフリートのような強力な攻撃を放ってくる魔物は出現していない。
そのため、アリスはこの見張りの役割はリリスから押し付けられたものと感じていた。
シロやリリスにそんな意図がないことは分かっている。
みんな生き残るために必死なのだ。
そのためには、能力がある者がその力を発揮出来る場所に置くのは当然だ。
アリスもそれは重々分かっている。
しかし、生まれて初めて感じた妹に対する劣等感がいつの間にか思考を支配し、アリスは集中力を失っていた。
◆◆◆◆◆◆
人器使い達と魔物の戦いが終盤に差し掛かった頃、その戦いを遥か東方から見つめるみ3つの影があった。
「へぇ、なかなかやるじゃねーか。なぁ?」
色黒で常人の2倍はあろうかという筋骨隆々な肉体を持ち、獅子を彷彿とする長い髪が特徴的な人物が嬉々とした表情でローブを目深に被った人物に視線を向ける。
「……」
「んだよ。連れねぇな。んで、あの白っぽい髪の兄ちゃんがお前のお気に入りだよな?」
「そうですが……彼に手を出したら殺しますよ。ルガート」
ルガートの問いに殺気を放ちながら静かに答えた人物。
それはケンプを殺し、シロを見逃した仮面のテラー、ジールである。
「おおっ……怖いねぇ。でもまあ、今やる気はねえよ」
ジールは常人であればあてられただけで卒倒するほどの殺気放っているが、ルガートはそれを意に介することなく笑いながら答えた。
「さぁ、寄り道は終わりです。行きますよ」
「仕方ねぇなぁ」
(このまま帰るのもつまらねえし、挨拶くらいしておくか)
2人が背を向けたのを見計らい、ルガートは素早く掌大の弾を生成するとジールのお気に入りに向かって全力で投擲した。
(ジールには悪いが、これで死んだらそれまでだってことだろ)
ルガートは自らが放った弾の行方を見つめながらニヤリと笑みを浮かべた。
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