「ルウムさーん!!ルウムさーん!!」
フィオを連れてルウムの家に帰ってきたリュバルは玄関を勢い良く開けた。
「おいおい、クソガキにフィオ……じゃないか。どうしたんだ?」
転がり込むように部屋に入ってきた2人をルウムは不思議そうに見つめる。
一日中酒を飲んでいたのだろう。床には酒の瓶がいくつも転がっていた。
「はぁ……はぁ……ルウムさん……俺に、俺に戦い方を教えてください!!!」
「えっ!?ちょっリュバル!」
自分が獣人であることを知ったリュバルがなぜルウムに教えを求めているのか理解出来ない。
さっきからリュバルが何を考えているのか分からない。
「はぁ?そんな面倒な事、私がするわけないだろ。さっさと外で遊んでこい」
「俺……フィオが獣人って知ってしまいました」
「……本当かい?」
「……うん」
「そっか。それで、何で戦い方を知りたいんだい?クソガキ?」
戦いの経験のないリュバルには感じ取れていないかも知れないが、ルウムの言葉にははっきりと殺気が込められていた。それを感じ取ったフィオは全身に寒気が走る。
「フィオは俺に獣人と人間は一緒に居られない。俺がフィオの事怖がってるって言いました。でも、俺はフィオを怖がってなんか居ないって証明したいんです!!」
リュバルはルウムを真っ直ぐに見つめながら続ける。
「前にシロ兄ちゃんが言ってました。アリス姉ちゃんやリリス姉ちゃんと感情を共有してるって。パートナーになれば俺の気持ちフィオに分かってもらえると思ったんです!!」
「ふーん。いい目じゃないか……フィオはどうなんだい?」
「私は……無理だと思う」
「何で!?」
リュバルは大きな勘違いをしている。
感情を共有出来るのはお互いが信頼し合った先にある奇跡にも似た境地なのだ。
あんなに仲の良かったエヴィエスとナイでさえ同調は出来ないと聞いていた。
「だって……私はリュバルが何考えるか分からないもん」
「そんな!?何でそんなこと言うんだよ!?」
愕然とした表情のリュバルはフィオの肩を力強く掴んだ。
リュバルの真っ直ぐな瞳をフィオは直視できない。
「だって……それは結局シロ兄ちゃんに頼まれたからなんでしょ?」
「違う……違うよフィオ」
「じゃあ何で?」
「それは……」
「何で?」
「俺は……俺は初めて会った時から、フィオのこと可愛いって思ってたんだ!!!」
「え!?」
思いもよらないリュバルの告白にフィオは人物の顔が一気に紅潮していくのを感じる。
「はいはいはいはい。アンタ達青春はそこまでにしておきな」
話の空気を遮るようにルウムは手をパンパンと叩く。
「クソガキの言いたい事は分かった。明日から稽古付けてやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。だがガキに人器は使わせない。当分基礎訓練になるがね」
精神が未成熟な子供の人器を使うと人器そのものが砕けてしまうことがある。
人器が砕ける。それは死と同義である。そのため、子供のうちは人器を使わせないというのが人々の暗黙のルールになっているだ。
「それでも大丈夫です!俺、頑張ります!」
「ああ、死ぬ気で付いてくるんだよ。じゃあ今日はもう帰りな」
いつの間にか日は落ち、もう夜になっていた。
「えっ……でも……」
リュバルは俯いたままのフィオに視線を向ける。
「あ?クソガキ……私の言うことが聞けないのか?」
「いっいえ!帰ります!すいませんでした」
ルウムに一瞥されたリュバルは即座に玄関に向かう。
「じゃあ……また明日来ます!フィオ……また明日な!」
そう言い残し、リュバルは大急ぎ家から出て行った。
騒々しいリュバルが出て行き、途端に家の中は静寂に包まれる。
「あの……」
「まあ、飯でも食べよう。今日は私が作ってやるよ。アンタはまず身体を洗ってきな」
「でも……」
一緒に暮らし始めて約2か月。
ルウムが食事の用意をした事など一度もないのだ。
「さては料理出来ないと思ってるだろ?私だって料理の一つぐらいできるからな」
そう言いながらルウムは笑った。
◆◆◆◆◆◆
その日の深夜
「ルウムさん……」
お世辞にも美味しいとは言えない食事を取った後、外で星を見ながら酒を飲むルウムに声を掛けた。
「ん?どうした?」
ベンチに腰掛け星を見上げたままのルウムはフィオに軽い返事をする。
「あの……今日のことだけど……」
食事の間、ルウムはフィオに何も聞かなかった。
獣人とバレてしまった以上、ここに住み続ければルウムに迷惑になる。その事を話さなければと思ったのだった。
「あのガキ……馬鹿だけど将来いい男になるよ」
「……」
「ねぇ、フィオ。アンタはどうしたいんだい?」
「ここに居たい……です」
震える声を押し殺し、フィオは静かに答える。
「そっか……ならここに居ればいい」
「本当?」
「ああ、遅かれ早かれアンタが獣人だってバレることは分かってたさ」
獣人であることをずっと隠し通すことなど出来ない。
だが、フィオが獣人である事を知っても獣人ではなくフィオとして理解を示す人が周りに居れば何も問題ないとルウムは考えていた。
ルウムは手に持ったグラスを静かに口付ける。
「でも……」
「でも……なんだい?アンタは私の妹だろ?妹がこの家に居るのは当然だよ」
ルウムは夜空を見上げたまま穏やか口調で答える。
「うん……うぅ……」
獣人であるということがバレたら1人になってしまうと思っていた。
でもそれは間違っていた。自分は1人ではない。
それを感じ取ったフィオの瞳から大粒の涙が溢れる。
「あー泣くのは嫌いだ。私の妹ならそんな簡単に泣くんじゃないよ」
「うん……ひっく……ひっく」
フィオは身体に力を入れて涙を止めようとするが、自分の意思に反して涙は流れ続けてしまう。
「んで……パートナーの話はどうするんだい?」
「分からない……でも……でもいつか獣人だって胸を張ってリュバルの横を歩きたい……そう思う」
「そっか……まぁ、パートナーになるかならないかはいずれ決めれば良いさ。さぁ今日はもう遅い。子供は寝な」
「うん。ありがとう……ルウ……お姉ちゃん。おやすみ」
そう言い残しフィオは家の中へ戻っていった。
「ふふっお姉ちゃん……か」
随分変わった妹を作ってしまったものだ。そう思ったルウムはフッと笑みが溢れる。
(アイツが見てたら笑うだろうな)
「ケンプ……いい加減私も前に進むよ」
そう呟き、グラスに入った酒を一気に飲み干した。
酒で熱った身体に夜風が気持ち良い。
雲一つない満天の夜空と同じようにルウムの心は晴れやかだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!