出来損ないの人器使い

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51話「エヴィエスとナイ1」

公開日時: 2021年2月18日(木) 23:55
文字数:2,314

シロがローレン達と夕食をしていた頃、ケントルムに残ったエヴィエスは宿の屋上で我武者羅に訓練を続けていた。


 もう何時間続けているのだろうか。

 全身から溢れる汗が滴り、疲労で身体が軋む。


 エヴィエスにはラウドと出会ってから2ヶ月間、ずっと心に残っている言葉があった。


「君はナイに心を許しているのか?」


 ラウドがエヴィエスに言った言葉。

 あの時自分はその問いに答える事が出来なかった。


 心を許していない訳ではない。

 しかし、物心付いた時から一緒に育った彼女は良くも悪くも何も考えていない。

 思い返すと、自分はナイに何かを相談したこともなければ心の内を打ち明けた事もないのだ。

 今まで彼女は自分の後ろをくっついてくる存在だった。そして、居て当たり前の存在。


 自分にとってナイは何なのか?


 その問いがエヴィエスの頭の中でぐるぐると回り続けていた。


「……ィ様!!……エヴィ様!!」


「あっ……ああ。ナイか。どうした?」


「今日は私がご飯作ったから一緒に食べよ!もー、エヴィ様汗まみれだよ」


 ナイはいつもの無邪気な笑みを浮かべながら、手に持った布でエヴィエスの額の汗を拭う。


「いや、自分で出来るからやめてくれよ」


 エヴィエスはナイから布を受け取って首にかけた。


「エヴィ様……シロ君にアリスちゃんやリリスちゃん。大丈夫かな?」


「ああ……シロ達なら大丈夫だろ」


 シロは自分の人器がないにも関わらず、それを乗り越えて自分の答えを探す為に強い信念を持っている。

 そして、それを支える意志を持ったアリスとリリス。


 一緒に過ごした時間は短いが、3人はエヴィエスから見ても強い絆で結ばれている事が分かる。


 道を切り開く人器使いというのは、ああいった人器使いなのだろう。

 だからこそ、エヴィエスはシロと共に戦いたいと思ったのだ。

 しかし、自分には彼らと並び立つ力が足りない。それが悔しかった。


「ねぇ……エヴィ様。ミズラフに行けなくてごめんね」


「何でナイが謝るんだ?ナイのせいじゃないだろう?」


「でも……」


 いつもの笑みが曇った表情のナイが言葉に詰まる。


「だって……同調が出来ないのは私が頼りないからだよね」


「……」


 いや、そうじゃない。

 これは自分の問題。ナイが謝ることじゃない。

 そう思っているのだが言葉が出てこない。


「私……馬鹿だから……エヴィ様のこと理解してあげられなくてごめんね」


「……」


 いや、そうじゃない。

 俺がナイを理解してあげられないだけなのだ。


「私……これからもエヴィ様と一緒にいていいのかなぁ?」


「……」


 分からない。

 俺は一体どうしたいんだ?

 エヴィエスはナイの顔を見る事が出来なかった。


「あのな……ナイ……」


「あっ!私お腹痛くなっちゃったから今日は寝るね!続きはまた明日聞かせて!」


 そう話を遮ったナイは背を向けて走り去っていく。エヴィエスはナイの瞳から流れ出た滴を見逃さなかった。


「ナイ……」


「アンタ最低ね……」


 唐突に背後から話しかけられたエヴィエスはバッと後ろを振り向くと、ウタが屋上に置かれたベンチに座っていた。


 黒い髪に黒い服が闇夜と同化し、輪郭がボヤけている。

 見る人見れば、幽霊と見間違えるほど不気味な光景だ。


「ウタか……聞いていたのか?」


「ええ、最初からね。ダーリンの友達だからこれまで優しくしてあげてきたけど、アンタみたいな屑ダーリンに相応しくないわ。今すぐここから消えなさい」


 ウタは熱を失った冷酷な瞳でエヴィエスに視線を向ける。


「すまない」


「随分しおらしいじゃない。あのねぇ、エヴィエス。女の子にあそこまで言わせるんじゃないわよ。同調出来ないはアンタが原因よ!その意味よく考えなさいね」


 俯いたままのエヴィエスに呆れたウタは静かに屋上から降りていった。


 1人になったエヴィエスはナイとウタの言葉を反芻しながら夜空を見上げた。

 満天の星空のなか、静かに月が浮かんでいる。


 その月もエヴィエスにお前が決めろと語りかけているような気がした。


 ◆◆◆◆◆


 その夜、エヴィエスは幼い頃の夢を見ていた。


 物心つく前に両親を失ったエヴィエスはナイの両親に育てられた。


 厳格な両親は、ナイには従者としての教育をそして、エヴィエスには王としての教育を施していた。


 もう自分が治める国はないのに何故王になる為の努力をしなければならないのか。

 ある日エヴィエスはナイの両親に尋ねた。


 すると、優れた王の元には自然と人が集まる。そして、それがいつか形を成して国と成る。


 王になってほしい訳ではない。

 人々を守り、正しい方向へ導く事ができる人物に育ってほしい。


 それがナイの両親の願いでもあり、自分の両親の願いでもあったと聞かされた。


 だからこそ、頼りないナイを自分が守り導かなければならない。

 小さい頃はその使命感に満ちていた。


 ある日。

 暮らしていた小さい村が魔物に襲われた。


 当時はまだ城壁の中で暮らすという考えがなく、多くの村が魔物に滅ぼされていた。


 村の建物の多くに火の手が回り、悲鳴が響き渡る中、ナイの両親はまだ幼いエヴィエスとナイを地下に隠すと、魔物との戦いへ赴いていった。


 エヴィエスは真っ暗な地下で魔物の怒号や人々の悲鳴を聞きながら、震えるナイを抱きしめていた。


 常人であれば心が折れてしまっていたかもしれない。

 エヴィエスの心を支えたのは、目の前のか弱い少女を守る。ただそれだけだった。


 何時間が経過しただろう、静寂が訪れたのちエヴィエスとナイは外に出たが、もう見慣れた村はなくなってしまっていた。


 そして、ナイの両親も戻ってくることはなかった。


 泣きながら両親の名を呼ぶナイの手を握りながら守るためには力がいる。

 強くならなければ奪われるだけなのだ。


 だからこそ、強くなりたい。

 エヴィエスはそう心に強く誓った。


 あの時の記憶は今でも色あせない。

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