ルーの放った光の雨は迫りくる全ての魔物を駆逐するまで止むことはなかった。
都市間が移動可能になる扉や敵の攻撃を弾き返すウォール、強力なミズラフの魔物。そしてヘリオスとルー。
シロの想像を超える出来事が多すぎてまだ理解が追いついていない部分もあるが、一先ず初日の戦いは乗り切れたしある程度の手応えもあった。
「さぁ、今日の戦いは終わりだ。シロ君帰ろうぜ」
「シロ……帰ろう」
「……うん」
砂漠に背を向け街へ歩きだしたローレンが振り返りシロに声を掛ける。
シロは光の雨が止み、静寂に包まれた砂漠に1人佇むルーの後ろ姿を眺めていたがアリスに促され街への帰路についた。
「私達の家に空き部屋があるから、そこを使ってもらうとして……シロ君はまず治療ね。カリン。悪いんだけどアフダルのところに連れて行ってもらっていい?」
「りょうかーい。じゃあシロ君は私に付いて来て!アリスちゃんとリリスちゃんはどうする?」
「私達も連れってもらっていいかしら?」
足元がまだふらつくシロを心配したのかアリスがすかさず着いていく事を決めた。
「いいよ!女の子が増えるの嬉しいんだよね。一緒に行こうか!」
「じゃあ家で待ってるわね」
「はーい!」
街の入り口に差し掛かったところで、家に戻るローレン達と別れシロ達は街の中心へ向かうことになった。
ミズラフ規模はケントルムの10分の1にも満たない街だ。そのため、ローレン達と別れてすぐにシロ達は街の中心に差し掛かっていた。
「何というか……随分活気があるわね」
シロ達が差し掛かった道には飲食店や屋台が立ち並び、人器使い達の賑やかな笑い声で満ちている。
「うん。ここは魔物の侵攻を食い止める最前線でしょ?だからこの街の人器使いはみんなタダなんだよ」
「え!?タダなの?」
驚いたアリスが上擦った声を上げる。
「うん、食べ物も服も日用品もみーんなタダ!だって毎日いつ死ぬか分からない戦いを繰り返してるんだよ?そのくらいしてもらえないとみんな逃げちゃうよ。あっおじちゃんこんばんは!」
「おっカリンちゃん!いつもの串焼けてるよ!」
「ありがとう!」
カリンは1つの屋台に駆け寄って店主に話しかけると並べられた肉の串焼きを一本受け取ると美味しそうに頬張った。
「シロ君も食べる?」
「おっ!兄ちゃん新入りかな?って凄い血出てるじゃねぇか!」
屋台の店主は驚いた声を上げる。
「あっ、でももう大丈夫です。血は止まりましたし。一本ずつもらっていいですか?」
ルーが魔物を駆逐しているのを眺めている間、リリスの人器で応急処置をしてもらっていたのだ。
シロは店主から三本受け取るとアリスとリリスに渡した。
「……美味しい」
「美味しいわね!これ!」
「こんな美味しい串食べた事ないです!」
シロ自身こんなに肉の味が濃く、柔らかい肉を食べたことがなかった。
アリスとリリスも同様なのだろう。感激した表情で杭を頬張る。
「はははっ!そうだろ!ここに出てる店はラウドに認められた一流だけが出店できるんだ。そこらじゃ食べられない味だぜ」
感激した様子のシロ達を見て店主は豪快に笑う。
「認められた店しか出せないんですか?」
「ああ、あの地下の部屋を通らないといけないからな。だからここに居る連中はラウドの考えに賛同して最前線で戦う皆を支えたいっていう心意気のある奴らばかりさ。だからいつでも来てくれていいからな!」
「あっありがとうございます!」
「おう、明日も待ってるぞ!」
シロ達は笑顔で手を振る店主に手を振り返しながら屋台を後にした。
気が付けばシロがこの通りに訪れた時よりも人が増え、より活気に満ち溢れている。
行き交う人器使い達は皆屈託のない笑顔でシロの横を通り過ぎる。
今一緒に肩を並べて笑い合う仲間は明日にはいないかもしれない。
皆それを理解しているからこそ、今を精一杯楽しめてているのだろう。
「強いですね……」
「うん……」
囁くように呟いたリリスにシロは静かに頷いた。
◆◆◆◆◆◆
活気のある商店通りにを抜けた先、カリンに連れて行かれたのは女神ティーレの像が飾られている教会だった。
「アフダルー!いるー?」
カリンは名前を呼びながら迷わずに教会の扉を開け中に入っていく。
「あらあら、カリンちゃんどうしたの?」
「あっアフダル!治療をお願いしてもいいかな?」
教会の中から現れたのは、牧師の格好をした色黒の大男だった。ゆったりした青色の修道服がはち切れそうになるほど鍛え上げられているのが分かる。
「あらまあ……この子血塗れじゃない!さっ治してあげるから奥においで」
そう言うとアフダルと呼ばれた男性はグッとシロの腕を掴む。
「えっえっ!」
「大丈夫。君可愛い顔してるし特別にサービスしてあげるわ」
アフダルは意味深な笑みを浮かべるとシロを教会の奥に連れて行こうとする。
その笑みにゾッとしたシロは手を振り払おうとするが、シロの力では全く抵抗する事ができない。
「じゃあ、カリンちゃん達はここで待ってて。女神様にお祈りするのを忘れないようにね」
「はーい」
「えっえっ……アリス!リリス!」
シロはアリスとリリスに助けを求めるが、余りの出来事に2人は棒立ちのままシロを見送るのだった。
「カリンさん……あの人大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫!ちょっと変わってるけど、治療の腕は人間界イチだと思うよ!」
カリンはフラフラと祭壇に並ぶ椅子に軽く腰掛けた。
「ちょっとじゃないと思うけど……」
アリスは独り言のように呟く。
「姉さん……シロさんを待ってる間お祈りしていかない?」
「そうね……旅に出てから全然教会に行く機会なかったしね」
アリスとリリスは祭壇の手前まで歩み寄る。
「へぇ、アリスちゃんとリリスちゃんは女神様を信じてるんだ」
意外と言った表情でカリンは2人に話しかける。
「はい。元修道女ですから。カリンさんも一緒にどうですか?」
女神ティーレは人間の創造神であり、今私達が生きていられるのは女神の加護によるものと信じられている。人間の大半が信仰している唯一神だ。
「んー、私は遠慮しておくよ。ここに来る前までは信じていたけどね……ミズラフの人器使いは信じていない人が多いんじゃないかな?」
「そうですか……」
アリスよりも女神への信仰心が強いリリスは残念そうな表情を見せる。
「ここに来てから変わったってこと?」
アリスがカリンに疑問をぶつける。
「……うん。だってここは過酷だよ。みんなギリギリの精神状態の中でああやって笑ってるの。本当に女神なんて居るなら……今助けてもらいたいよ」
アリスとリリスは乾いた笑みを浮かべるカリンに掛ける言葉が見つからなかった。
カリンの呟いた言葉。
それがミズラフの現実であり、人間の平和の現実であると2人は知ったのだった。
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