(シロさん……肩大丈夫ですか?)
リリスの心配そうな声が響く。
(うん……大丈夫……)
シロはそう強がったが、肩から流れ出る血が止まらない。リザードマンに噛まれた傷は思った以上に深かったのだろう。
だが、ここで足を止めてしまってはまた逸れてしまう。そうなってしまったら今度は本当に死ぬかもしれない。
シロはカリンのすぐ後ろにくっつくようにしながら魔物達の横を抜けていく。
カリンの持つ不気味な黒い杖の人器は、影を操る能力なのだろう。
人型の影がカリンを守るように襲いかかる魔物をなぎ払ったり、魔物自身の影から刃を出し串刺にしながら群がる魔物達をかき分けていく。
アリスとリリスの人器は臨機応変な戦いが出来る優秀な人器とシロは自負していたのだが、カリンの人器も負けず劣らず応用が効きそうな人器に見える。
シロはカリンの背後を走りながらも何かあった時には助けられるよう集中を切らさなかったのだが、結局1発も引き金を引くことがなかった。
「おっいたいた!」
その言葉が聞こえたのと同時にシロもローレン達を視界に捉えていた。
燃えるような赤髪の女性が、炎を纏った剣を振るいながら迫りくる魔物を焼き尽くしていく。
炎を纏った剣。
それがローレンの人器なのだろう。
腰まであるであろう長い赤髪をなびかせながら戦うさまは、燃え盛る炎の中で優雅に踊る踊り子のように見えた。
カリンとシロの存在に気が付いたリディスは前方に大きな火柱を放って魔物を遠ざけるとこちらに駆け寄ってくる。
「シロ君!?大丈夫!?」
流れ出た血で右半身が赤く染まったシロにリディスは心配そうな表情で眉を潜める。
「大丈夫です。まだ行けます」
「でも、後方で治療してきた方がいいわ」
「いえ……見届けたいんです。この戦いを」
初めてのミズラフでの戦い。
シロ達にとっては今後もこの場所で戦っていけるかの試金石だ。
途中で離脱する訳にはいかなかった。
「……分かった。じゃあ、さっきの話の通り私とカリンが前衛。シロ君は私達のサポートをお願いね」
「りょうかーい」
シロの真剣な眼差しを感じ取ったリディスは小さく頷き、カリン指示をする。
(ごめんね。アリス。リリス……)
(まあ、アンタの我儘に付き合うもの慣れたしね)
(大丈夫です。私達はシロさんに付いていくって決めたんですから!)
2人の優しさがシロの心に染みる。
シロは再び魔物達に向かって銃口を向けるのだった。
◆◆◆◆◆◆
「ドッペルゲンガー!!」
カリンが黒い杖を地面に突き立てると、魔物自身の影から無数の鋭い刃が飛び出し魔物を串刺しにしていく。
しかし、全ての魔物を串刺しにできる訳ではなく、数匹討ち漏らしてしまう。
「シロ君!お願い!」
「はい!」
カリンの声に素早く反応したシロは刃を潜り抜けた魔物に水弾を放ち速やかに駆逐していく。
「ナイス!シロ君!」
カリンは白い歯を輝かせながら満面の笑みを浮かべる。その姿は何度見ても自分より年上とは信じられない。
戦いやすい。
これまで苦戦していた魔物達を次々と打ち倒しながらシロはそう感じていた。
シロはこれまで常に1人で戦ってきた。
ルウムはシロが戦う時に手を貸すことなかったし、エヴィエスとは力の差があり過ぎた。
それでも問題なく戦ってこれたのは、ウェステやケントルム周辺の魔物が弱かったからだろう。
しかしそれは、ただ単に協力が必要になるほどの敵に出会っていなかっただけに他ならない。
初めて自身と同等かそれ以上の実力を持つ仲間と共に戦うことはシロにかつてない安心感と心のゆとりを与えていた。
(それにしても魔物全く減らないわね)
(そうだね。一体何処から来てるんだろう?)
カリン、リディスと共闘してほどなく、シロ達は魔物と対峙しながらも会話ができるほどの余裕が生まれていた。
未だに無数の魔物が砂漠の先から押し寄せてくる。
次々と駆逐され、倒れゆく魔物達はその姿を細かい光の粒子に変えながら跡形もなく消えていく。
ドンッドンッドンッドンッ!!!
陽が傾きかけ、この戦いはいつまで続くのかと疑問に持ち始めた頃、突如ミズラフの方角から太鼓を叩いたような音が鳴り響く。
「合図だ!退くよ!カリン!!」
「了解!」
カリンとリディスは前方の魔物に向かって同時に大技を放って魔物を遠ざけるとミズラフがある後方に向かって走り出す。
「え?」
突然の退却に戸惑いながらもシロは2人を背中を追う。
「リディスさん!どういうことですか?」
今日は魔物が多過ぎるわ。これ以上戦ってもジリ貧になるからルーに片付けてもらうの。
「ルー?」
「ええ、ヘリオスのパートナーよ。あっ居たわ!」
皆が一斉に街へ撤退しているなか、1人だけ魔物達に向かって立ち尽くしている女性が見える。
白い髪に白い肌。
作り物の人形を思わせるほどに生気が感じられない女性は、その華奢な身体に似つかわしくない大型の弓を抱えている。
「ルー!後はよろしくね!」
リディスはすれ違いざまに声を掛け、ルーは言葉を発さず静かに頷いた。
「さて……ここまで来れば大丈夫よ」
ウォールの内側にたどり着くとリディスは足を止めた。
「シロ君。もう同調を解いて大丈夫だぜ」
「……分かりました」
いつの間にか現れたローレンに肩を叩かれ、シロはアリスとリリスの人器を解除した。
途端にシロは異様な倦怠感に襲われ、足元がふらつく。
それに気が付いたアリスとリリスがすかさずシロの身体を支える。
「ローレンさん……リディスさん……」
「見てなシロ君。珍しいモノが見れるぜ……」
シロはルーに向かって視線を向ける。
今まで前線で戦っていた行使者達が一斉に後退したため無数の魔物がウォールに迫ってきている。
しかし、ルーは自らに牙を突き立てるべく迫る魔物にも全く同様する素振りはない。
ただ、真っ白な髪が風に靡いているだけだ。
すると唐突にルーは上空に向かって光り輝く一本の矢を放つ。
放たれた矢は一筋の光線を描きながら上空に到達した。
すると矢の輝きは瞬く間に膨れ上がって球体になり、太陽が2つあるのではと錯覚するほどの輝きを放つ。
すると突然その光り輝く球体から無数の光が降り注ぎ、見渡す限りの魔物達を全て貫いていく。
100人を超える行使者達が数時間に渡って死闘を繰り広げたのが嘘のように魔物達が倒れていく。
たった1人の女性が繰り出した技によって。
アローレイン。ヘリオスが一対一の人類最強ならルーは一対多数の最強だ。驚きだろ?
ローレンがまるで自分達の戦いが何だったのかと言わんばかりの表情で首を左右に振った。
地響きと聞き間違えるほどの魔物達の断末魔の叫び。
まるで地獄の入り口に来たかのような轟音が響き渡るなか、シロの目には降り注ぐ光の雨が夕陽に照らされ、幻想的な光景が映っていた。
そして天国と地獄が同居する光景にただずむ1人の女性……
この光景は2度と忘れることはない。
それはシロの身体を支えてくれている金髪姉妹も同じだろう。
彼女達が震えているのが伝わってくる。
シロはその震えてを止める為に彼女達の肩を強く抱いた。
自らも震えていることを隠して。
こうして、ミズラフでの初日の戦いが終わった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!