「ごめんなさい……ごめんなさい……」
洞窟は闇に覆われ、ほんの少し先も見えない。ポタリ、ポタリと滴る水滴の規則正しいリズムが絶望的な状況であることをシロに実感させていた。
「リリス……リリス……」
押し殺しながらも漏れ出る悲痛な声がシロの胸を締め付ける。
腕の中のアリスは、普段の強気な姿勢を失い、ただシロの胸にしがみつき震えている。
これが同調した時に垣間見た彼女のもう一つの姿なのだろう。
震える彼女は、か弱くただただ守ってやりたいと思う存在だった。
「大丈夫……アリス。僕達はこんな所では死なない。必ずリリスの元に戻ろう」
シロはアリスの震える肩を強く抱きしめた。
絶対に帰る。彼女を絶対に帰すんだ。僕を認めてくれた彼女をこんな所で死なす訳にはいかない!
ーー半日前ーー
「結構……集まりました……ね」
「そうね。こんなもんかしら」
アリスは一息つきながら額の汗を拭う。
ウェステの街で依頼を受注した3人は森を超えた小高い丘の上にで薬草を摘んでいた。
丘は緑で覆われ、吹き抜ける風が心地よい。
丘からはウェステの街がよく見える。
ウェステは人間の街でもいくつかある大きな街なのだが、街の中央部を石造りの城壁が囲い、その外側にも木造の住居や畑などが放射状に広がっている。
「アリス。気になってたんだけどあの城壁って何?」
「ああ、あの城壁?あれは魔物に襲われていた当時、ああやって自分達の街を守る為に街を囲う城壁を作ったんだって。その名残よ」
革袋の水筒を飲みながら、アリスはシロの隣に並び街を見下ろす。
「当時は人器化も出来なかったから、みんな必死で壁を作ってその中で怯えて暮らしていたんだと思うわ」
後ろから吹く風でアリスの結んだ2つの金髪がなびく。
「当時は……あの城壁の中に街が……収まっていたみたい……です」
「だから、城壁の外は救済の光以降に建てられたんだと思うわ。まあ、この辺りは平和だから、城壁の外で暮らしていても心配はないわよ」
「何で平和って言えるの?」
シロは2人に疑問をぶつける。
「魔物は東から来たと……言われて……いるんです。この街は……一番西の街……ですから」
「まあ、東ではまだまだ魔物と戦っているみたいだけどね。それに、西の先には獣人の国があるけど独立戦争以降、音沙汰ないのよ」
眼下に広がるウェステの街、城壁の外にも広がる人々の息吹は、救済の光以降に人々がどれだけ発展したかという証みたいなものかもしれない。
「さあ、薬草もだいぶ集まったから帰りましょうか」
「そうだね」
「そう……しましょう」
3人は各々が集めた薬草を籠に詰めるのだった。
丘から街への帰り道は、ラグルの森と呼ばれる森を抜けた先にある。
アリスとリリスは何度かあの丘に来たことがあるようで、迷いなく街への道を進んでいく。
「これで1,000エラかー、あんまり稼げないわよね。しかもずっと中腰で疲れるのよね」
アリスは両腕を真上に上げて伸びをする。
「せっかくシロと組んだんだし戦ってお金を稼ぎたいわね」
「でも……お姉ちゃん……危ないのは……」
「リリスを危ない目に合わさないわよ。でも……ねぇ」
シロはその2人の会話を聞きながら周囲に気を配っていた。
2人は魔物は出ないと思っているが、シロは実際魔物と戦っている。それに、獣が現れる可能性だってあるのだ。
「ちょっと待って」
ラグルの森を抜け、草原の先に街が見えてきた所で、シロは2人を呼び止める。
「どうしたのよシロ?」
「この足跡……」
その足跡は人間の足よりも大きく鋭利な爪が大地をえぐっている。獣のものではない事が一目で分かる。
シロはその足跡の土を触り、湿り気を確かめる。
「えっ……これって……?」
「多分、魔物だと思う。それにあまり時間は経っていない……」
「えっ!?そんな事わかるの?」
「うん、ずっと山で暮らしていたからね」
「でも……こんな街の……近くなんて……」
リリスの声には恐怖と緊張が入り混じっている。
「リリス……アンタは街に戻ってなさい。私とシロは2人で少し調べてみるわ」
「え!?僕達だけで行くのは危ないよ」
「そう……だよ。お姉ちゃん……」
「いやいや、そんな無茶する気はないわよ。ちょっと様子を見るだけだから」
「でも……」
「大丈夫よ。シロと一緒に居れば戦えるしね」
「本当?本当に……大丈夫?」
「大丈夫よ!お姉ちゃんが今まで約束を破った事ないでしょ?」
リリスはゆっくりと頷く。
「じゃあ、リリスは街に戻ったらカーミラさんに伝えてこの場所を教えてあげて」
「分かっ……た……」
「よし!シロ行くわよ!」
「……分かった。でも、危なくなったら逃げるからね」
「当然よ!」
シロとアリスの2人はリリスを置いて足跡の追跡を始めるのであった。
アリスは浮かれていた。同調を可能とするパートナーと出会えたことに。
そして、シロは知らなかった。魔物と戦う事がどういうことか。
いずれにせよ、僕達は判断を誤ったのだ。
◆◆◆◆◆◆
「こっちだ」
シロとアリスは地面の足跡を辿りながら、足跡の主を追跡していた。
「それにしても、アンタ凄いわね」
かがみ込むシロの背後からアリスが感心した表情で足跡を覗き込む。
「じいさんに教わったんだ。1人で暮らしていけるようにって」
「そうなのね。アンタのじいさんって凄いのね」
「そうだね……」
シロは素っ気ない返事を返すが、内心動揺していた。
自分の好きな人を他人が褒めるという事がこんなにも嬉しいことなのかということに。だが、今はそんな事に一喜一憂している場合ではない。
「アリス……この辺りって来たことある?」
「いえ、こんな奥までは来た事ないわ」
「そうか……」
周囲を見渡すが、シロが見慣れた山の森と同じく、木々が生い茂り緑の匂いが鼻腔を刺激する。
木々の隙間から差し込む光は、徐々に弱くなってきている。恐らく、日が傾いてきているのだろう。
リリスと別れてから大分時間が経過した。そろそろ戻らなければ日没までに戻れない可能性がある。
「アリス……あと半刻だけ追跡してみよう。それでも見つけられなければ引き返そう」
「ええ、森の中で野宿はしたくないしね」
アリスは真剣な表情で頷く。日没になる事が危険だという事は理解しているようだ。
「じゃあ行こう」
シロとアリスは足跡の追跡を続けた。
程なくすると、木々の切間に差し掛かる。シロとアリスは切り立つ崖の上で再び足を止めた。
「道が途切れているわね。こっちで合ってる?」
アリスは崖の下を覗き込む。人が降りるには難しい高さだ。
「うん、多分合っているよ」
日がかなり傾いてきている。顔を照らす光を遮るようにシロは手で影を作り周囲を見回す。
「あれは……」
眼下には、夕陽に照らされた廃墟が見える。かなり前に廃棄されたのだろう。壁は蔦に覆われ、風化が進んでいる。
足元には広場があり、そして廃棄を取り囲むように城壁のような残骸が見える。
「昔の砦か何かかしら……」
「多分そうだろうね」
一見すると崖を背にして自然を味方に付けた砦だ。しかし、それは人が相手であればだ。魔物はこの程度の崖は平気で降りるだろう。
戦う相手が変われば、難攻不落の要塞も紙の城に成り下がるのだ。
「アリス….…もう帰ろう。これ以上は無理だよ」
「そうね。リリスも心配しているし….もう諦めましょう」
聞き分けが良くて良かった。
アリスが砦から背を向け、シロもアリスの背に視線を向けようとした視界の先に何かを捉えた。
「伏せろ!!!アリス!!!」
シロが叫んだ瞬間ーー轟音と共に猛烈な爆風が2人を襲った。
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