シロがケンプと飲みに出かけた直後、アリス、リリス、ルウムの3人も食事に出かけていた。
彼女達が向かうのはシロと初めて食事をした感じのいい夫婦が切り盛りしている店だ。
中に入ると店はいつも通り活気に満ちている。
3人は空いている席に座り、それぞれ注文をする。
「さぁ飲むわよ!」
ルウムは生き生きとした表情でエールを注文するが、アリスとリリスはジュースを注文する。
「あまり飲みすぎないでよ。前も大変だったんだから……」
アリスが怪訝な表情でルウムを見つめる。
ケンプがシロを誘った時、暇になったルウムが必ず2人を付き合わせているだ。
前回はルウムが店で散々暴れた結果、酩酊状態で動けなくなり、2人で家まで連れて帰ったのだ。
「まあ、良いじゃない良いじゃない。たまにはね……ぷはぁ!おかわり!」
ルウムはエールが運ばれてくるやいなや一気に飲み干し、次のエールを注文した。
「……たまにじゃないでしょ……それ」
アリスの知る限り、ルウムは毎日飲み歩いている程の酒好きなのだ。
「いやいや、たまになのよ。こんな可愛い美少女2人を肴に飲めるのはね」
ルウムはアリスとリリスを嫌らしい目付きで見つめる。
「はぁ……もう酔ってんの?」
「何言ってるの?まだまだこれからよ……おかわり!」
ルウムは空になったグラスを高らかに掲げる。
「んで、少年とはどう?」
ドンと空になったグラスをテーブルに置き、アリスとリリス交互に目を視線を送る。
「え?……まあ頑張ってるんじゃない?ねえ、リリス」
「はい……とても一生懸命だと……思います」
「そういうことじゃないのよ?」
ルウムはずいっとテーブルに身を乗り出すし、彼女の黒髪がさらりと揺れる。
「少年との仲は進展したのかって聞いてるの?」
「え!?何でそんなこと聞くのよ!?」
「だって好きなんでしょ?少年のこと」
「!!」
アリスは頬を赤らめながら俯く。
「はぁ……アンタ分かりやすすぎなのよね。リリスはどうなの?」
「好きかどうかは……分からないです….でも……素敵だなとは……思い……ます」
リリスは姉に気を遣いながら少し申し訳なさそうに答える。
「いい?少年は誰とでも同調できる。それってあなた達が思っている以上に凄いことなの。これから沢山の女が言い寄ってくると思うわ。それを繋ぎ止めておくのは……アンタ達の魅力よ!!」
ダンッと空になったグラスを叩きつけるようにテーブルに置く。
テーブルに置かれたジュースがぐらぐらと揺れる。
「でも……そんなことどうしていいか分からないし……」
「そんなの簡単よ!……押し倒すのよ」
ルウムはニヤリと笑う。
「いやいやいやいや!!無理よ無理!!」
アリスは耳まで真っ赤になり、両手を大きく振る。
「じゃあ、リリス!アンタが押し倒しなさい!アンタの胸なら少年はイチコロよ!」
ルウムはリリスの豊満な胸に視線を向ける。
「え……私……ですか?」
リリスはルウムのいやらしい胸への視線を感じ、困ったように腕で隠す。
「駄目よ駄目よ!リリスは駄目!」
アリスはテーブルに手を叩き思わず立ち上がる。
「あら?リリスに取られたくないの?でも……あなたの胸じゃ難しいかもね」
ルウムは口元を隠しながらからかうような視線をアリスの胸に送る。
「ぐっ……」
「双子なのなのに……何でそこは全然違うのかしら……?」
「……」
アリスはわなわなと肩を震わせる。
大きな瞳には涙が浮かんでいる。
「でも……でも……絶対駄目なんだからーー!!」
そう叫ぶとアリスはそのまま店から走り去ってしまった。
ルウムとリリスはその背中を見送る。
「あー楽しかった。あの子分かりやすすぎなのよね」
「言い過ぎです……ルウム……さん」
リリスはルウムにやや語気を強める。
大好きな姉があそこまで弄ばれたのだ。流石のリリスも少し怒っていた。
「あー、ごめんごめん。明日謝っておくよ。でも、想いは伝えておいた方が良いのよ。私達いつ死んでもおかしくないんだから」
ルウムはエールを軽く口に含む。その表情はさっきまでの表情とは打って変わって真剣だ。
いつもその表情をしていればとても美しい大人の女性なのに……とリリスは思う。
「あの……ルウムさんと……ケンプさんはどうやって……パートナーになったんですか?」
「ああ、ケンプ?最初はなんとなくかな。獣人の独立戦争の時でパートナーなんて選んでる余裕もなかったしね」
ルウムはグラスの淵を指で撫でる。
「でも、一緒に戦っていた仲間が死んでいったの。1人、また1人ってね……私はそれが辛くて毎日泣いていたわ。その時にケンプがわたしを抱きしめて俺は居なくならない!って言ってくれたの。あの時は嬉しかったな……」
優しい表情で遠くを見つめる。
その表情は女性のリリスが見てもドキッとするほど魅力的だった。
「それから私はずっとケンプ一筋なのよ」
「凄いですね……私も……そんなパートナーに……出会いたい……です」
「あら?別にリリスが少年をとってもいいのよ?」
「いえ……私には無理……です」
リリスはそう呟くと視線を伏せた。
◆◆◆◆◆◆
案の定酔い潰れたルウムを店に置いてリリスは家路へついていた。
今夜は雲もなく美しい満月が路地を照らしている。
普段の賑やかな街はとはうってかわって街は静寂に包まれている。
歩き慣れた道でも時間が変わることによって全く違う表情を見せる。
ルウムは店主が家まで送ってくれることになった。
店主は彼女は様々な店で酔い潰れるから、家まで送り届けるのはいつものことだと笑っていた。
その好意に甘え、リリスはやっと解放されることになったのだ。
人器使いとしても酒乱としても知られるルウムだが、その明るい性格が人を惹きつけるのだと感じる。
月明かりに輝くリリスの長い髪を夜風が揺らす。
夜風に揺られる髪を手で触り、静かに歩みを止める。
彼女は悩んでいた。
姉はシロのことが好き。
それは良く分かる。
廃墟でのシロとのやり取りを語るアリスは恋する乙女そのものだったからだ。
リリスは姉に何度もその話を聞かされていた。
それは、今まで姉と一緒に居て初めて見せる表情だった。
確かに廃墟の戦いの最中、同調で姉が感じたシロの守りたいという強い意志は、とても素敵だった。
姉が好きになるのも分かる。
(でも……)
考えないようにしていた思考が過ぎる。
(私は、必要ないよね……?)
もし、アリスがシロと共に歩んでいきたいのであれば、リリスは必要ない。
そして、リリスの人器では戦うことはできない。
つまり、リリスは個としても人器としてもアリスとシロに必要ないのだ。
ずっと考えないようにしていた。
しかし、それは揺るぎようのない事実なのだ。
だとしたら私はどうしたらいいのか?
リリスはずっと姉に守られてきた。
姉に手を引かれてきた。
自分で何かを決めたことなんて一度もない。
もし姉がいなくなったら、リリスは何をすれば良いのか分からないのだ。
(もし、姉さんが私を要らないって言ったら……)
震える程の不安がリリスを襲う。
その震えを止めるように両肩に手を回す。
(姉さん……)
息を飲むほどに美しい満月は何も語らず、彼女をただ照らしていた。
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