「なんとか着けたわね」
シロ達の視線の先に薄らウェステの街が見えてきたところで、アリスはほっとため息を漏らす。
集落の近くの森からウェステの街に向かって半日が経過していた。
綺麗な夕陽が辺りを包み、遠くの街を見つめる6人に長い影を落とす。
一際高い外壁に周りを囲う農園地帯。
いつ戻るか分からない覚悟で旅に出てまだ1日しか経っていないのに、ずいぶん久しぶりのように感じる。
「魔物に襲われなくてよかったよね」
「ああ、本当によかった。フィオ……あれがウェステの街だよ」
「あれが……人間の街……」
エヴィエスに背負われていたフィオは背中から降り、眉を下げながら不安そうな声をあげる。
獣人が人間の街に行くのだ。
不安にならない方がおかしいだろう。
しかし、シロ達はウェステに連れてくる以外の選択肢が無いのも事実なのだ。
「まあ、フィオちゃん。大丈夫大丈夫!なんとかなるって!」
「おいおい、ナイ!待てって」
「ぐふぅ」
勢いよく街に駆け出そうとするナイの襟元をエヴィエスが掴む。
「エヴィエスの言う通りよ。リリス。確か前に帽子買ってたわよね?」
「うん、そう言うと思って出しておいたよ。さあ、フィオちゃん……」
そう言うとリリスは手に持った黒の手編みの帽子をフィオの頭に被せた。
「これでよしっと」
耳を隠してしまうとフィオは人間の少女にしか見えない。
耳が隠れていれば街の人は大きい茶色の瞳が印象的な美少女にしか見えないだろう。
「じゃあ次は尻尾ね」
5人はフィオの白いフワフワとした尻尾に目を向ける。
「うーん、これはローブで隠すしかないわね。誰かローブ持っていない?」
「はいはーい!私持ってまーす!」
ナイが右手を高らかに上げて、自分の鞄から濃紺のローブを出す。
「フィオちゃんにはちょっと大きいけど、これで上手いこと隠れるんじゃないかな?」
「ナイは勢いよくフィオの頭からローブを被せる」
「リリス姉ちゃん。ナイ姉ちゃん。ありがとう」
「どういたしまして」
「任せて!」
控えめな口調のフィオにリリスは優しく、ナイは親指を上に立てながら元気良く微笑んだ。
「とりあえずこれでバレることはないかしら。シロ、とりあえず夕方だし教会に行く?教会ならまだ私達の部屋あると思うんだけど……」
「んー、行きたいところがあるんだけどいいかな?」
「ええ、いいけどどこに行くの?」
「ルウムさんのとこ」
「「え!?」」
アリスとリリスは双子らしく見事にシンクロした声をあげた。
◆◆◆◆◆◆
「ルウムさーん、ルウムさーん」
街外れにある一軒家。
3日前に訪れたばかりのルウムの家の扉の前でシロはルウムを呼びかけていた。
「シロさん……やっぱりやめたほうが……」
リリスが不安げに囁く。
「いや、聞いてみないと分からないさ。それに他に頼る人もいないしね」
「それはそうですけど……」
「はいはい、なんだい全く……って少年!?」
頭を掻きながら扉を開けたルウムは、目の前にシロがいたことに目を丸くして驚いていた。
美しい光沢の黒い髪はボサボサに乱れ、頬も痩けている。
明らかに不健康そうなのが見て取れる。
「アンタ……昨日旅立ったんじゃなかったのか?」
「いやぁ、ちょっと事情がありまして……」
ルウムはシロの後ろにいるエヴィエス、ナイ、そして手編みの帽子を被った少女に目を向けると、顎をクイっと動かし中に入るように促す。
「まあ、詳しい話は中で聞かせてもらうよ」
部屋の中に入ったルウムは居間のソファにどかっと腰掛けるとシロに向かって厳しい視線を向ける。
「んで、どんな面倒を持ち込んできたんだい?少年」
「それは……」
「いや、それは俺から話をさせてください」
エヴィエスはルウムに事情を説明した。
旅の途中、偶然獣人の集落に立ち寄ったこと。
そこでの出会いと魔物の襲撃。
そして、シロ達に助けられたことをゆっくりと説明した。
ルウムはその説明を腕を組み、目を閉じながら静かに聞いていた。
説明が終わる頃には窓から微かに注いでいた光がさらに弱まり、ルウムの表情が確認できないほど暗闇包まれていた。
「……アリス、リリス。悪いんだけどランプ付けてもらっていい?」
「「はっはい!」」
2人はいそいそと部屋のランプを点けて回っているとルウムはゆっくりと口を開いた。
「……大体の事情は分かったわ。じゃあ、そこにいる子は獣人?」
ルウムはナイの後ろに隠れていたフィオに視線を向ける。
「フィオ。帽子を取ってもらっていいかな?」
「はい……」
フィオはエヴィエスに促されると恐る恐る帽子を取る。
そこには獣人の証でもある耳がピョコンと付いている。
「フィオ……と言います……」
「はぁ……アンタ達は全く……旅立って1日でなんてトラブル抱えてんのよ……」
「すいません」
額を抑えながら深いため息を吐くルウムに3人は同時に頭を下げる。
「んで、少年。この子を私のところに連れてきてどうしたいの?」
「……彼女を引き取ってもらえないでしょうか?」
「!?」
シロの発言に一同皆が驚愕する。
「何言ってんだい!?そんなん無理に決まってるだろう!」
「でも、彼女をこのままにしていたら僕は絶対後悔します。それに……困ったときは来いって言ったのはルウムさんじゃないですか」
「うーん、確かにそれは言った。だけど……そんなことをお願いされるとは思わないじゃない?」
想像していた困りごととかけ離れていたのだろう、ルウムは俯きながら頭をがりがりと掻く。
シロにも当然ルウムが戸惑っているのは分かる。しかし、他に頼れる人が見当たらないのも事実なのだ。
「でも、ルウムさんしかお願いできる人がいないんです!お願いします!」
「私からもお願いします。それに前、私達に教えてくれましたよね?女に二言はないって……」
「……まあ、それはそうだけど……」
「あの時、私カッコいいって思ったんです。いつかルウムさんみたいな女性になりたいって……」
金髪の双子に責め立てられルウムはほとほと困り果てた顔をしている。
いつも自信満々のルウムがここまて困り果てた顔をさせているのにシロは胸が痛む。
しかし、シロも藁をも掴む気持ちでここに来ている。引くわけにはいかない。
「でも、私家事出来ないし……」
「フィオちゃん家事得意だからお姉さん助かると思うよ!」
ナイが素早く逃げ道を塞ぐ。
(ナイさん!助かります!)
シロは心の中でナイに感謝しながら視線を向けるが彼女はキョトンとした顔をしている。
恐らく無意識なのだろう。
「あーー、分かったわよ!じゃあ、獣人のお嬢ちゃん……フィオだっけ?アンタに聞きたいんだけど」
「はっはい!」
ルウムは背筋と耳をピンと尖らせたフィオに鋭い眼差しを向ける。
「シロ達もエヴィエス達もアンタと一緒に暮らすことは出来ないわ。だから、私と2人で暮らしていくことになる。それでもいい?」
「はい!私何でもやります!」
フィオ自身もここで断られたら何処にも行き場がないことを理解しているのだろう。元気のいい返事を返した。
「いい返事ね。でも、私は……戦争で獣人を数え切れないくらい殺したわ。そして、私の仲間も沢山殺された。だから……獣人は嫌い……見たら殺してやりたいくらいに……」
獣人への恨みや憎しみ、それを全てぶつけるかのような殺気をフィオに放つ。
シロにすら見せたことのない眼光。
これが激戦を潜り抜けてきた本物が放つオーラ。
隣に立っているだけのシロですら気圧されそうなプレッシャーだ。
「ちょっ!ルウムさん」
「アリス!アンタは黙ってなさい!これは私とフィオの問題よ!!!」
フィオを庇おうとしたアリスはビクッとその場で静止する。
「さあ、どうする?なんならこの場でアンタを殺してもいいのよ……」
全身を突き刺すような殺気に襲われたフィオは全身を震わせ、顔からは血の気が引いてしまっている。
このままではフィオが持たないとシロが思った瞬間、彼女はゆっくりと口を開く。
「私……おじいちゃんから……人間も獣人も関係ないって教わりました……大切なのは目の前にいる人が信頼できるかどうかだって……私はルウムさんが……悪い人には……見えません!」
殺気に気圧されることなく、フィオは真っ直ぐにルウムを見つめ返す。
交差する2人の視線
すると、ルウムがふっと殺気を緩める。
「……そっか、いいじいさんを持ったんだね。気に入った!」
さっきまで猛烈な殺気を放っていたことが信じられないほどルウムは無邪気な笑みを見せる。
「ルウムさん……じゃあ」
「ああ、私が預かってやる」
「やったー!!」
女性陣の歓声が部屋に響き渡るなか、シロは優しくフィオの頭に手を添える。
「フィオちゃん……よかったね」
「ありがとう!シロ兄ちゃん!」
フィオがシロに初めて見せた笑顔。
それはシロに種族の垣根なんて超えられると信じさせるに十分な力を持っていた。
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