「ふっ!!」
光り輝く突剣を手にしたエヴィエスは前方の魔物に向かって数度突きを放つ。
その剣捌きは光の如く、魔物の急所を的確に捉え次々と敵を駆逐していく。
(エヴィ様っ!!!)
同調しているナイの声が脳裏に響く。
エヴィエスの右側の死角から今にも牙を突き立てようとしている魔物への警告を発しているのだろう。
(いや……その魔物の未来は見えてる)
そう心の中で呟いた瞬間、エヴィエスの後方から放たれた水弾が魔物の頭部を貫いた。
エヴィエスが同調で手にした力。
それは身体能力の超強化だ。
それ自体はそう珍しくない能力なのだが、本質は別のところにあった。
これまでエヴィエスは幾度となく自分より強い魔物と戦ってきた。
それでもエヴィエスが生きながらえてきたのは幼い頃からナイの両親に叩き込まれた技と集中力による賜物だった。
それが同調による超強化を得た事によって、エヴィエスは戦闘中、相手の動きの先が見える未来予知にも似た力を得ていたのだ。
(もうっエヴィ様!!)
この未来予知はエヴィエスの集中力による賜物なのでナイには見えない。
その為、本当に危険を感じていたナイは不満の声を上げる。
(ああ……ごめんごめん。それにしても流石シロだな)
後方からエヴィエスの動きに合わせながら、動きやすいようにサポートしてくれている。
好き勝手に動く前衛の動きを先読みするようにサポート出来るのはシロしかいない。そうエヴィエスは確信していた。
シロがミズラフに来て既に9日が経過していた。
連日の押し寄せる魔物達との戦いは激化の一途を辿っているが、シロ達のパーティーは極めて安定していた。
前衛はミズラフでもトップクラスの人器使いであるローレンとリディス。そして同調を手にしたエヴィエスとナイ。
中衛には能力の汎用性が高い影使いカリンとヴァルツ。
後衛には遠距離の超火力を持ち、回復もこなすことができるシロ、アリス、リリスが控えている。
前衛、中衛、後衛のバランスが取れており、時間を重ねる毎に安定感が増していくのを感じていた。
「さぁ!まだまだ行くぞ」
エヴィエスは再び迫りくる魔物向かって再び突きを放つ。
今のエヴィエスは誰にも負ける気はしなかった。
◆◆◆◆◆◆
その後もシロ達のパーティーは安定した戦で敵を倒し続けた。
「ふぅ……もうそろそろ終わりかな」
無限かと思えるほど押し寄せて来ていた魔物は徐々に数を減らし、今では数える程度しか残っていない。
その魔物もエヴィエスとローレンが難なく打ち倒していた。
「よし!今日は終わりだ!みんな街に戻ろう!」
最後の一体がエヴィエスに倒されたのを確認するとローレンが皆に声を掛けた。
「ひー今日も疲れたね……シロ君お疲れ様!」
疲れながらも満足げな笑を浮かべたカリンがシロの肩を軽く叩く。
「はい……それにしても魔物多くなってませんか?」
シロがミズラフに来て9日。
初日の戦いより魔物が増えているような気がしていた。
そのため、連日ルーがアローレインで魔物を全滅させていたのだが、ここ数日姿が見えない。
「うん。確実に多くなってるね。でも、その分人器使いを増やしているから大丈夫だよ」
魔物が増えていることに加え、ヘリオスとルーの不在。
そのため、ラウドは同調が可能な人器使いをほぼ全てミズラフに集中させていた。
同調を会得したばかりのエヴィエスがミズラフに派遣されたのもそれが理由とのことだった。
魔物は東からやってくる。
東には何があり、何故魔物達は向かってくるのだろうか。
シロは地平線の先を見つめるが、見えるのは見渡す限り砂で覆われた大地だけだ。
「おーい!シロ!帰ろうぜ」
振り返るとエヴィエスがこちらに手を振っている。
「うん!ごめん」
エヴィエスに短く答えるとシロは仲間達と共に街へ戻るのだった。
◆◆◆◆◆◆
街へ戻ったシロ達は一度宿に戻り、服を着替えてから街の中央部に食事を摂りに来ていた。
女性陣は準備に時間が掛かるということで、今はシロ、ローレン、ヴァルツ、エヴィエス4人の男性陣でテーブルを囲んでいる。
早々に出て来た料理は相変わらず美味しいのだが、シロの気分は晴れない。
シロは街へ戻った時に見かけた女性の顔が忘れられなかったのだ。
安全圏であるウォールの内部に戻った直後、街の中は野戦病院さながらの状態であった。
至る所で怪我をした人器使い達が治療を受けているなか、ある女性がパートナーであろう男性の亡骸を抱きしめながら涙を流していた。
ミズラフで戦っているのは同調を会得した人器使いしかいない。
泣いている彼女は同調が可能なほど心を通わせたパートナーを失ったのだ。
もしこれが、アリスやリリスだったら?
そして、もし僕が死んだらアリスとリリスはどうなってしまうのか?
そう考えると胸が張り裂けそうになり、せっかくの食事も味を感じなかった。
「シロ君……呑まれるなよ」
シロがパートナーを失った女性に自分を重ねていることを察したヴァルツが静かに語りかける。
「気にしないようにとは思っています。でも……」
ミズラフに来てから何度かパートナーを失った人器使いを見てきた。
それが層のように積み重なりシロの心をより一層重くしていた。
「慣れろとは言わない。だがそれで精彩を欠けば次に死ぬのはお前だぞ」
ヴァルツは手に持ったグラスに静かに口を付ける。
言い方は厳しいが、自分の身を案じてくれていることが伝わってくる。
「……ヴァルツさんは怖くないんですか?」
「……怖いさ。だが、俺達が負ければ人間は魔物に蹂躙されるんだ。罪もない子供達が親を失い……殺される。その方がよっぽど怖いよ」
静かに語るヴァルツの瞳には揺るぎない意志が感じられた。
「まあ、そんなに難しいこと考えんなよ。もっと楽に行こうぜ楽に」
「ローレン。お前は楽観的だな」
「お前こそ悲観的すぎるんだよ。なぁ、エヴィ君?」
やや酔いが回っているのかローレンは力の入らない笑みを浮かべ、エヴィエスに話題を振る。
「おっ俺ですか?そうですね……こんな時代ですし、いつ死ぬかは分からないです。でも、後悔だけはしたくない。俺はそう思います」
「そう!エヴィ君の言う通り!いつ死ぬか分からない。だから後悔しないように生きて行こうぜ!」
「後悔……か」
シロは誰もにも聞こえないように小さく呟いた。
「みんなお待たせ」
すると準備を終えた女性陣がシロ達が座るテーブルに近づいて来る。
「ローレン。なんだか楽しそうだったけど何話してたの?」
「ああ、聞きたい?俺達のパーティー可愛い子が多いだろ?みんなで誰が好きかって話をしてたんだよ。まっ、俺は当然リディスだけどなっぐふぅ!!」
その話を聞いた途端、顔色を変えたリディスは無言でローレンの腹に拳をめり込ませた。
「……本当馬鹿ねアンタは」
リディスは乱れた髪を大きくかき上げながら、地面に転がるローレンに吐き捨てるように言い放った。
ーーその後もシロ達は賑やか食卓を囲んだ。
こんなに多くの仲間達に囲まれて笑える日が来るなんて思っていなかった。
シロはこの仲間達との出会いに感謝していた。
しかし、この時は誰も気が付いていない。
刻一刻と別れの日が近付いていることを……
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