テラーと称する奇術師の仮面との戦いにシロは敗北した。
薄れゆく意識の中、狂気に満ちた笑い声が響く。
「あはっあはははははは!!!」
「やめろ……」
「あはっあはははははは!!!」
「やめてくれ!!」
「あはっあはははははは!!!」
「やめろーー!!!!」
シロはバッと体を起こす。
「はぁはぁはぁ……ここは?」
汗が頬を伝い、自分がぐっしょりと汗をかいているのが分かる。
「ここはシロの部屋よ。もう……心配したわよ……」
「……アリス」
ベットの隣でアリスが青い瞳から溢れた涙を指で拭っていた。
「ああ、リリスなら布を冷やしに行ってるからすぐに……」
「シロさん……シロさぁぁん!」
部屋の入り口からシロが起きているのに気が付いたのだろう。
彼女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらシロの胸に飛び込む。
「よかった……よかったです……」
「リリス……」
シロは泣きじゃくる彼女の頭を右手で優しく撫でた。
そして、左手でアリスの頭を撫でる。
「!?いやっ私は……あれ?」
アリスは一瞬躊躇うが、ポロポロと大粒の涙が流れ出す。
きっと気を張り詰めていたのだろう。
掌から伝わる彼女達の熱は、シロに安心感を与えてくれていた。
「それで……僕達はどうして助かったの?」
アリスが少し落ち着いてきたのを感じ、ゆっくりとあの出来事を切り出す。
リリスはまだ泣き続けている。
シロはリリスの柔らかな金髪を撫でながらアリスに視線を送る。
「消えたわ」
「消えた!?」
「ええ……」
アリスはシロが気を失ってから起きた出来事を伝えた。
テラーとのこと。ルウムとケンプのことを。
「ケンプ……」
シロ達の目の前で人器が砕けたケンプもうこの世界にはいない。
あれだけパートナーを想っていた器の大きい男ともう2度と一緒に酒を酌み交わすことはできないのだ。
そう思うと胸が締め付けられる。
「それに、あの子……か」
シロにはその人物が誰なのか検討もつかない。
だが、あの笑い声……何かがひっかかる。
「ツッ!!」
シロの頭に鋭い痛みが走り、思わず顔を歪める。
「大丈夫?きっと疲れているのよ。あれから2日も目を覚さなかったんだから……」
アリスは心配そうに眉を寄せる。
「今日はもう夜だから一晩寝て、また明日話をしましょう。さぁ、リリス行くわよ」
アリスはリリスの背中を優しく摩る。しかし、リリスはシロの胸に顔を埋めたまま顔を上げない。
「リリス?ほら行くわよ!」
アリスはリリスを聞き剥がそうと、紺色の修道服の首元を引っ張る。
「……いや。私は離れない」
「え?」
アリスとシロは同時に声を上げる。
「今日はここで一緒に寝ます。お姉ちゃんは部屋に戻って寝ればいいでしょ」
「ちょ!?なんてこと言ってるのよ!そんなこと駄目なんだから……」
そう言いながらアリスはリリスの服を思いっきり引っ張るが、リリスは離さない。
腰に回されたリリスの腕が離されまいと懸命に力を入れる。
腰がギリギリと締め付けられる。
彼女、そんなに力が強かったのだろうか。
しばらく引っ張り合いが続いたら結果、アリスは観念したかのように手を離す。
「はぁはぁはぁ……じゃあ私も一緒に寝るわ!」
「え?」
シロは目を見開く。
恥ずかしがり屋の彼女がそんなことをするとは思いもよらず、声が裏返ってしまう。
「……でも、このベット狭いよ」
なんでこんなことになったのか。
事態を飲み込めないシロは困惑しながら2人に尋ねる。
「詰めれば大丈夫よ」
「はい!大丈夫です」
胸に顔を埋めていたリリスはいつの間にか顔を上げ、子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。
◆◆◆◆◆◆
もうすっかり日は暮れ、あたりは静寂に包まれていている。
窓から差し込む月明かりが僅かに部屋の中を照らす。
やはり1人用のベッドで3人寝るのは無理があった。
両隣のアリスとリリスはベットから落ちまいとシロに体を密着させている。
シロはあれから身動き一つ取れていないのだ。
「ねぇ、アリス……リリス……起きてる?」
シロはいつもと変わらない天井の模様を見ながら静かに呟いた。
「……起きてるわよ」
「……はい」
2人の声が耳元で響く。
「……テラー怖かったね」
「……うん」
「……はい」
「これから、2人に沢山怖い思いをさせてしまうかもしれない……」
声が震える。
でも、ここで正直な気持ちを伝えないと先には進めない。シロはそう感じていた。
「僕……もっと強くなるから……守れるように。だから一緒に来てもらえ……」
「当たり前でしょ」
「もちろんです!」
言葉を遮るように2人が体を起こし、覆いかぶさるようにシロの顔を見つめる。
薄明かりに照らされた2人の美しい髪がシロの頬に触れる。
「私達はアンタが答えを見つけるまで一緒にいてあげるわ」
「そうです、私はシロさんが答えを見つけた後も一緒にいます」
「ぐっ……リリス……」
アリスはリリスに鋭い視線を向けるが、リリスは全く意に介していない。
「ありがとう……」
シロは2人を優しく抱き寄せる。
「ちょっ!?何して……もう今日だけなんだから……」
アリスは一種引き剥がそうと腕に力を込めるが、すぐにそれを受け入れる。
いつの間にか、シロの目から溢れる涙に気がついたからだろう。
人器を持たない僕が存在している理由は分からない。
だけど、アリスとリリスからかけがえのないものをもらっていた。
シロはもう何も持たない、何者でもない人間ではないのだ。
今夜の双子姉妹との思い出は、きっと一生忘れることはないだろう。
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