私は、与えられた役割を果たすためだけの何者かとしてこの世に生を受けました。
――アンスール、そう呼ばれる者たちの前身ともいえる存在です。
秩序のために戦い、進化と変化のために戦い、生き残り続けたものが、役割を与えられてアンスールと呼ばれる存在になるのです。
私にも、その時が来ました。
――融和。
それが、数いるアンスールの中で私が与えられた冠です。そして私は、歌という力を与えられました。
永い生の時間をかけて個の完成へと至る――私たちが創造した者たちに共通する特徴です。
融和とは、気持ちを通じ合わせること。つまり一つの解釈として、他者と交わることを意味するのです。それは私たちの理念からすれば、現れるはずのないアンスールの冠なのでした。
――異端の冠を抱きし者。
私はそう呼ばれましたが、その役割を果たすために働き続けました。私たちはシステムのようなものであり、世界にその概念を拡げる者でもあるからです。
各種族の中の異端者と呼ばれる者たち。それを一つの進化と変化の可能性として私は集める場所を作りました。
のちに融和の地と呼ばれる場所のことです。
元々外に興味がある者たちではありましたが、一つの世界に多くの時間を縛られ、永きに渡り身に染みついた文化や伝統、慣習は対立を生み、諍いが絶えることはありませんでした。
私が歌えば彼らは落ち着きを取り戻し、相互の理解へと少しだけ、ほんの少しだけ歩み寄るのです。
そして長い、長い時間をかけて融和の地はその本懐を遂げることになりました。
他種族同士の交配を行えるように彼らは変化をし、進化を経て、混ぜ合わせることでより良き種を生み出すという文化を得るに至ったのです。
アンスールにはなかった概念の誕生に、私の同胞たちはようやく興味を示しました。
全てが回り始めたのです。おそらくは良き方向へ。
――しかしそれは、唐突に終わりを迎えました。
人間という、異界より現れた侵略者によって。
最初は、彼らも馴染もうとしたのです。しかし、この世界がそれを許さなかった。
彼らは自分たちが獲得した寿命を、ここでは全うできなかったのです。それは彼らに未曾有の危機感を与えたのでしょう。
ようやく歩み寄れたところだった関係は、人間たちの暴走によって崩れ去りました。
融和を抱く私は、自らの意志で争ってはいけないという制約を課されていたのです。ですから、指導者であった私が彼らに捕縛されることで民を助けようとしたのです。
――それが、それこそが地獄の始まりでした。
融和の地に住む者たちは他種族同士の子を容易に成すことできます。それはつまり、彼ら人間の子も成せてしまうということ。
人間たちは自らの種を残すために手段を選びませんでした。
男からは種を奪い、女には種を植え付け、この世界に順応した子を産み、産ませました。
――私はそれまで、力持つものとして、融和の地であっても子を持つことはしませんでした。
けれども、人間は捕らえた私を容赦なく犯し、種を植え付けようとしたのです。
いくら融和を訴えても、歌を聴かせても彼らは聞く耳を持たず、幾たびも幾たびも私と――私が愛した者たちを蹂躙し続けたのです。
やがて私は幾人もの子を産みました。
私の子たちは、私の力を継承したが故に力を奪い合うために殺し合い、力あるものが王として君臨するという運命を背負わされました。しかし、死せずして力を差し出した女子たちもいたのです。
けれども彼女たちは以後子を産む道具とされ、さらには子の世話をする者として生きながらえる道を歩むことになりました。
その辺りからでしょうか。
私にも『情』というものが刻まれ始めたのです。
幾たびも劣情をぶつけられ、子を産む痛みとともに湧き上がる形容し難い心の動きに晒され続け、そして我が子が命を落とし続けるという現象を眺め続け――やがて私は、いつしか彼ら人間と同じものを獲得していたのでした。
情を獲得してから、我が子をよく観察するようになりました。
そして気付いたのです。
私が産む子と、私でない女が産む子。
違いは火を見るよりも明らかでした。
――私が産む子は、皆片目の色が違うのです。
疎まれ、忌まれ、継承争いとやらが始まると真っ先に命を落とす。おそらくはそうなるように仕向けられているのでしょう。もしくは、私が融和を捨てぬよう運命に仕組まれていたのかもしれません。
しかしある時、初めてのことが起こったのです。
今まで誰も辿り着くことのできなかった私の元へ、私の子供が現れたのでした。
もちろん、名前は知っています。どんな生を生き、どんな辛い目に遭ってきたのかも。そしてどれだけ、その前髪の裏に隠した双眸に絶望が刻まれているのかも。
あなたには苦難を強いるでしょう。他の誰もが辿り着けなかった、その先を生きることになるのですから。
――ああ、私の可愛いセナ。
あなたがもし、私が一方的にした約束を思い出す時が来て、私を知りたいと願い、私を知った時。
私に会いたいと思ってくれるのなら。
どうか、どうかこの地獄から私を連れ出してください。
そしてもう一度、あなたを抱きしめさせてください。
もしあなたがそれを望まなくて、私の願いが叶わなくとも、私はあなたが生きていてさえくれればそれだけで――
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