「味噌汁、うまぁ……」
夕飯時の陽だまり亭。
ジネットの予想はズバリ的中して、仕事終わりのトルベック工務店の大工たちは「今日はがっつり肉を食うって決めてたんだ!」と意気揚々とやって来ては次々に重めのメニューを選んで注文を告げていた。
ウーマロの「マグダたん、それは何を食べてるんッスか?」という言葉を聞くまでは。
「……これは、餡かけカニチャーハン」
「オイラそれにするッス!」
「って! ヤシロさんそれなんですか!? めっちゃいい匂いするんですけど! その七輪で焼いてるヤツ!」
「ただのカニだ。気にするな」
「気になるー! それ食べたい!」
そんな流れで、ウーマロとグーズーヤがカニに食いついて、それからは来る客来る客「え、なに食べてるの!? なにそれ、美味しそう!」とカニへの注文が殺到した。
材料が滅多に手に入らないことを説明し、カニ尽くしは今日だけだと説明したら、肉や鮭を注文してた連中もキャンセルしてカニを注文していた。
鮭をキャンセルしたヤツがめっちゃデリアに睨まれていたけれど、まぁ、些細なことだ。
「ヤシロさぁ~ん。カニの炊き込みご飯が出来ました~」
「じゃあ、殻を取り出して身をほぐしてくれ」
「はぁ~い。……すっごくいい匂いですよ」
土鍋に顔を近付けて「ほわぁ……」っとした笑みを浮かべるジネット。
「「「「それ、追加で!」」」」
大工が揃って追加注文を寄越してきた。
「がぁあああ! うめぇぇえ!」
ったーん!
と、杯をテーブルに叩き付けたのはハビエルだった。
カニの提供者であるマーシャが欲しがったので、パウラからちょっと酒を分けてもらって、今日だけ特別に店内での飲酒を許可している。
「すんすん…………ぐっ!? くぅわぁ……すっごい匂い……っ!」
甲羅みそ焼きの匂いを嗅いで、パウラが鼻を押さえる。
馴染みがないパウラには磯臭く感じたようだ。物凄いしかめっ面になっている。
「カンタルチカのお嬢ちゃんには分かんないかなぁ。おう、ヤシロ! この甲羅みそ焼き、すっげぇ美味いぞ!」
「でしょでしょ~☆ カニは、味噌が一番美味しいんだよねぇ☆」
「確かに、これはお酒が進むさねぇ」
なんだか、奥の方の一角が高級スナックのようになっている。あんな美人のホステスを両手に侍らして、何様だあの筋肉ヒゲだるま。
「今晩、窓からお母様に覗かれればよろしいのですわ」
焼きガニの身をもっしゃもっしゃ頬張るイメルダが汚物を見るような目で実父を睨んでいる。
しかしまぁ、あんな美女に囲まれていても、ハビエルが楽しんでいるのは酒とカニだけだ。きっとさほど興味ないんだろうぜ、成人女性には。……とんでもない変質者だな、あいつ。
「ジネット。『スナックひだまり』に焼きガニ持ってってやってくれ」
「うふふ。いつの間にか姉妹店が出来ちゃってますね」
俺のテーブルにカニの炊き込みご飯を置いて、その足で焼きガニをスナックひだまりへと持っていくジネット。
「店長さんも一緒にどうだ?」という酔っぱらいハビエルの誘いをやんわりと断り、再び厨房へと向かう。
「きっと心の中では『気安く声かけてんじゃねぇよ、くたばれこのヒゲだるま』と思っていることだろう」
「こらヤシロ! そりゃあ、お前の勝手な妄想だろうが! 店長さんがそんなこと思うもんか!」
「さぁ、それは分かりませんわよ、どこぞのオジサマ?」
「どうしてだ、イメルダ!? ワシはただ、楽しく酒を飲んでいるだけなのに!」
「イメルダちゃんは、パパが取られて拗ねてるのかなぁ~☆」
「くふふ……意外と甘えん坊なんさねぇ、イメルダ」
「なっ!? 名誉棄損もいいところですわ! 誰がこんなヒゲだるまに!」
「そうなのかイメルダ!? やっぱり世界一可愛い! ワシの娘!」
「違うと言っているではありませんか! ……もう!」
ハビエルに拘束され、強引に隣の席へと座らせられるイメルダ。
きゃんきゃん吠えながらハビエルを睨んでいるが、耳が真っ赤だ。図星か?
「はぁ~……。いい気分さね」
酔いで少し肌を上気させたノーマがふらりと俺の隣へとやって来る。
「ヤシロはフロアで七輪係なんかぃ? 厨房には行かないんさね?」
「一通り作り方を教えたら、仕事を全部奪われてなぁ」
「くふっ。店長さん、相当溜まってたようさねぇ。料理欲求」
「あぁ。……あっちもな」
俺が視線を向けた先では、この世の春を謳歌しているようなご満悦フェイスでベルティーナがカニ尽くしに舌鼓を打っていた。
「とろり……でも、ぱらり。餡かけカニチャーハン、美味しいです」
今日は昼間にドーナツパーティーがあったので、教会での夕飯は少々控えめになる予定なのだそうだ。
……故に、ここでたらふく食って行こうって魂胆らしい。さっさと帰って飯食えよ、教会で。
「えーゆーしゃ!」
「おぉ、テレサ。バルバラを迎えに来たのか?」
飛び込んできたテレサの向こう。ドアのところにヤップロック一家が勢ぞろいしている。
体操教室から陽だまり亭に直行して、デリアと並んで飯を食っているバルバラを迎えに来たのだろう。
「あいつに、報連相の重要性と、目先のことだけじゃなくてその後のことを考えて行動しろってことを叩き込んどけよ」
「いやはや、教えているつもりなのですが」
「甘いんだよ! 全っ然出来てないから」
「いやぁ、あはは……」
頭をかくヤップロック。
こいつ、厳しく躾するとか、この先一生無理なんだろうな。
「ウエラー、飯の準備してたんじゃないのか?」
「いいえ。テレサちゃんが『おねーしゃ、きっとぉそとで、ごぁん、たべてくゅ』って」
おぉう。テレサの方が先が見えている。
え、もしかしてバルバラをしつけるよりも、周りが対応する方が手っ取り早いって判断したの?
「それで、私たちも陽だまり亭さんでお食事をいただこうと。……それはなんですか? 美味しそうな香りですね」
「カニだ。テレサ、カニクリームコロッケ食うか?」
「たべぅー!」
さすがテレサだ。
「食うか?」と聞かれて「食べる」と答えた。
バルバラなら絶対「食う!」って返事したはずだ。
「シェリルもカニクリームコロッケ食うか? トットはチャーハンとかどうだ?」
「たべるー!」
「じゃあ、それをお願いします」
トットがすごくしっかりして見える!
なんならヤップロックより頼りがいある!
「バルバラ、カニクリームコロッケ食うかー?」
「おう! 食う!」
うん。想像どおりだ。
あいつはバカだ。
デリアと並んでカニクリームコロッケを「甘い! 美味い!」と大はしゃぎで掻っ喰らっていたバルバラ。
他のカニ料理もいくつか勧めたが、ずっとカニクリームコロッケばっかり食っている。
「美味いですね、姐さん!」
「あぁ! 鮭クリームコロッケがあったらもっと美味いかもな!」
鮭クリームか……まぁ、美味いだろうな。
で、そんな二人の向かいにちょこんと座って黙々とナイフとフォークを動かしているのは、モリーだ。
「こんなに美味しい料理が食べられるなんて……私、本当に陽だまり亭さんの子になりたいです」
ちょっと泣いてる。
そしてあの娘はたぶん、ダイエットしていることを忘れている。
「あぁ……ご飯とお味噌汁が、こんなにも美味しく変わるなんて」
「私たちの知っているものとは随分違いますね」
カニの炊き込みご飯とカニの味噌汁を食べて、ヤップロックとウエラーがほっこりと微笑む。
俺も、ジネットに用意してもらった炊き込みご飯と味噌汁をいただく。
美味い。
しみじみ美味い。
毎日だと重たくなりそうだが、たまに食うとたまらなく美味い。
「お父さん。チャーハンがすごく美味しい! なんかもう、すごいよ!」
いつもいいお兄ちゃんであろうとしているトットが興奮気味に目を輝かせる。
子供っぽいその表情にヤップロックとウエラーが顔を見合わせて笑う。
幸せそうだな、お前ら一家は。
「本当に……ここで英雄様に出会えなければ、今のこの幸せはなかった……」
「そうね、あなた。これは、英雄様が与えてくださった幸福なのですね」
「私たちの生涯を」
「えぇ。英雄様に捧げましょう」
「「祈りましょう」」
「祈りはいいからさっさと食ってやれよ、カニチャーハン」
食って一緒に共感して欲しんだよ、トットは。
妙な宗教作りやがったら、即刻叩き出すからな。
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