異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

286話 決断の時 -1-

公開日時: 2021年8月1日(日) 20:01
文字数:4,078

 港の工事が始まって数日が経った。

 暗い話もいくつかしたが、陰鬱な雰囲気は長続きせず、俺たちはまた賑やかながらも騒がしい日常へと帰ってきていた。

 

「いやぁ、四十二区は楽しいなぁ」

 

 昼下がりの午後、ハビエルが陽だまり亭で締まりのない顔を晒している。

 

「働け」

「働くために四十二区に来てるんだよ、ワシは!」

 

 港の建設に全面協力することになっているハビエルは、ここ最近ずっとイメルダの館に泊まっているらしい。

 

「毎日愛おしい我が娘に会えるし、大衆浴場はあるし、お手伝いに来てくれている妹ちゃんに『おかえり』と『お疲れ様』を毎日言ってもらえるし! ん~……もう! ワシ、四十二区の子になる!」

「では、遺言を聞いて差し上げますわ」

「イメルダぁ!?」

 

 背後に迫るデビルアックス。

 突然首筋に宛がわれた刃に悲鳴を上げるハビエル。

 

「大袈裟だな、刃物くらいで」

「イヤ、死ぬから! ワシでも首をさっくりやられたら死ぬからな!?」

「まさかぁ。そんなわけないって。ちょっと試しに――」

「死ぬから!」

 

 デビルアックスを没収し、イメルダを隣の席へと座らせるハビエル。

 飯なら自宅で食えばいいのに。

 イメルダんとこの料理長は以前ジネットに料理を習いに来ていたことがあった。

 イメルダが家で飯を食ってくれないからと。

 料理長、ちょっとヘコんでたぞ。

 

 まぁその甲斐あってか、最近イメルダが陽だまり亭へ来る回数は減っている。

 料理長、頑張ってんだな。

 

「家で食えよ。味はよくなったんだろ?」

「確かにイメルダのところの料理は美味いな」

「当然ですわ。我が家の料理長ですもの」

「だが、今日はちょっとお前に用があったんだよ」

 

 ハビエルが俺を指差す。

 真剣な表情で。

 

「門のそばに、見ねぇ顔がうろついてやがるから気を付けておけよ。特にヤシロ、お前はな」

 

 ハビエル曰く、門の近くにゴロツキらしき男たちが数名うろついているらしい。

 特に何をするわけでもないが、そんな連中がウロウロしているだけで十分に気味が悪い。

 監視でもしているのか、はたまた折を見て何か仕出かすつもりなのか。

 

「これから一度四十一区に行って、メドラに増援を頼んできてやるよ。ウチの若い連中と狩猟ギルドの何人かでこの付近を警邏させる。睨みを利かせるだけでも十分牽制になるだろうしよ」

 

 想像していたことではあるが、工事が本格的に始まるとやっぱりキナ臭い連中が増えるんだな。

 安心安全、お花畑でいられるのは影響が四十二区内だけに収まる間だけだ。

 外に向かって広がっていけば、当然そういった妨害も発生する。

 

 ……まったく、面倒くさい。

 

 自分の利益と、相手の足を引っ張ることにばかり心血を注ぐしょーもないクズが絶対出てくるんだよなぁ。

 面子にばかりこだわり、他人に嫌がらせするのが生き甲斐っていうクズがなぁ。

 

「じゃあ、エステラに言っておいてくれ」

「もちろん、領主の了承は取り付けてある。朝一で話をしに行った」

 

 さすがというか、ハビエルの行動には無駄がない。

 だが、そういうことじゃないんだ、俺が伝えたいのは。

 

「近いうちに、ウィシャートから難癖が飛んでくるから覚悟しとけって言っといてくれ」

「それはどういうことだい?」

 

 ハビエルの背後からひょっこりとエステラが顔を覗かせる。

 ……お前はハビエルの背中から生えてるのか?

 

「ハビエル。肩にぺったん娘がついてるぞ」

「失敬な。ボクは普通に入り口から歩いてきただけだよ」

 

 どうやら、ハビエルの巨体が向かいに座って視界のすべてを塞いでいるせいで見えなかっただけのようだ。

 嵩張るなぁ、このオッサン。

 

「それより、何か情報を得たのかい?」

 

 言いながら俺の隣へ腰を下ろすエステラ。

 向かいにはハビエルとイメルダが座ってるから隣しか空いてないんだよな。

 いつものこの奥の席にいる時、エステラが隣に来るのは珍しい。

 こいつは大抵向かいに座るからな。

 

「情報を得たわけじゃないが、波状攻撃は相手を疲弊させるのに効果的だからな」

「波状攻撃?」

 

 あくまで双方に関係性はないという建前を崩さず、連携して攻勢を仕掛けてくるのは悪党の常套手段だ。

 貴族と一般市民がそれぞれ『正統な理由』によって抗議の声を上げる。

 それにより、いかにもこちらが不当で無配慮で間違っていると声高に非難してくるのだ。

 

 反発する一部の者だけをピックアップし、支持の得られていない利己的な行動だと糾弾してくる。

 無関係なオーディエンスがそれで騙されて同調してくれればラッキー。

 そうでなくとも、「抗議をした」という事実を残し、積み上げていくことでテメェに有利な状況を構築しようと画策しやがる。

 

「これほど言ってもヤツは聞く耳すら持たないのだ」と。

 

「門のところに『ごく普通な一般市民』がウロウロしているだろ?」

「『ごく普通』……?」

 

 エステラは反論したげに眉を曲げるが、見るからにゴロツキだと分かる風体の胡散臭い連中がうろついているという事実がそこにはある。

 それが『ごく普通の一般市民ではない』と証明する術はない。

 誰かに指示されてそこにいるのだとしても、『精霊の審判』でも使わない限りその嘘を暴けない。

 領主が『門のそばをうろついているから』なんて理由だけで手当たり次第に『精霊の審判』をかけて回れば、それこそ悪評が広がってしまう。

 

 何かを仕出かさない限り、連中は『ごく普通の一般市民』であると扱う他にしようがないのだ。

 

「そこへ、どこぞの領主が貴族ルートから抗議を入れてくる。難癖レベルであろうと構わない。これで港の建設は『市民からも貴族からも不安視されている事業』だということになる…………あっ」

 

 そこまで言って、嫌なことに思い至ってしまった。

 ……あぁ、そうか。もっと早く『あそこ』を抑えておくべきだった。

 三十区なら、きっと悪用してくるだろうな。

 

「え……な、なに? 物凄く嫌そうな顔してるけど、何を思いついちゃったの?」

 

 エステラが聞きたくなさそうな顔で聞いてくる。

 聞きたい?

 本当に?

 

 じゃあ、一緒にイヤ~な気分に浸ろうぜ。

 

「『住民が不安に怯える中強行される港の建設。憂慮した貴族が苦言を呈したとの情報もあるが、四十二区領主は聞く耳を持たず住民の間には不安が広がっていく一方である。四十二区領主の目が、目先の利益から住民の安全に向く日は果たしてくるのであろうか――』」

「なんだい、その腸がねじくれそうな不愉快な論説は?」

「こんな記事が『情報紙』に載ったら、『BU』の若者は港の建設が拝金主義な領主によって強行されている事業で、住民の安全が犠牲にされているなんて勘違いしちまうかもな」

「はぁあぁあああ!?」

 

 歌舞伎の大見得よりもど迫力に、エステラが厳めしい顔で分かりやすく憤慨する。

 

「そんな事実無根な記事を載せたら、即抗議だよ」

「でもな、『住民』だから嘘じゃないだろ? 領民とは言ってないんだし」

 

 四十二区でなくとも、どこかに住んでいれば『住民』だ。

 誰でも名乗れる上に関係性が深いと錯覚させられ、おまけに弱い立場だということまでアピール出来てしまう一度で二度も三度もおいしい表現だ。

 乱用すれば胡散臭くなるが、ここぞという時に使用すればその効力は絶大だ。

 

 かつてとある国で麻薬の密売組織同士の抗争があり、一人の構成員が射殺された。その時、新聞社はこんな見出しを掲げて一方の麻薬組織だけを非難したのだ。

『麻薬組織構成員が、留学生を射殺』ってな。

 

 その『留学生』が麻薬の密売組織の構成員で、かなりの権力を持っているなんて、新聞を読んだだけの者には分かりようがないからな。

 立場が弱そうに見えて、且つ善人に見えてしまう属性を騙るのは情報操作の初歩中の初歩だ。

 

「ハビエル。『情報紙』への寄付って頼まれたことあるか?」

「ん? あぁ、随分昔にな。だが、ワシは『BU』の若者連中の流行になんぞ興味がなかったから断ったぞ」

「ワタクシは寄付しておりますわ。最新号を届けさせていますの」

「ハビエルに話が行くくらいだから、きっとウィシャートにも話は行っている」

「もし、ウィシャートが『情報紙』に多額の寄付をしていたら……そういう工作をしてくるかもね」

 

 いや~な想像に、エステラの表情が分かりやすく沈む。

 

「……聞きたくなかったなぁ」

「聞いておかなければ、後手後手に回るところでしたのよ? さっさと対策なさいまし」

 

 寄付者の一人であるイメルダが、エステラに釘を刺している。

 いざとなれば、イメルダも一緒に抗議してくれるだろう。

 寄付している者からの抗議なら、多少は届きやすいかもしれない。

 

「……まだ工事の妨害をすれば利益にありつけるなんて考えてるのかな、ウィシャートは……」

「いや、そいつはどうかなぁ」

 

 エステラの呟きに異を唱えたのはハビエルだった。

 木こりギルドのギルド長として、何度もウィシャートと会ったことがあるというハビエルは、いつも浮かべている豪快な笑みを曇らせ、眉間にシワを寄せて小声で言う。

 

「ヤツの性根はもっとえげつなく腐りきっているんだ。おそらく、利益云々は――まぁあいつが完全に諦めるなんて考えられんが――今は度外視してんだろうよ」

「でしたら、ヤシロさんに対する嫌がらせですわね」

 

 エステラたちの視線が俺を見る。

 

「酷い目に遭わせてやろうとして失敗したのですから、今度は手を変え品を変え嫌がらせをしてくるでしょうね。理由は単純にして明快、『気に入らないから』ですわ」

 

「貴族とは、そういうものですわよ」と、涼しげな顔で言うイメルダ。

 成り上がり貴族の娘として、貴族連中から様々な嫌がらせを受けてきたのだとはっきり分かる表情だった。

 こいつも苦労してたんだな。

 

「嫌がらせの原因をヤシロさんだと匂わせつつエステラさんを攻撃して、お二人が仲違いするのを狙っているのかもしれませんわね」

「うへぁ……陰湿ぅ」

「あなたがまっすぐ過ぎるだけですわ。性根も、胸も」

「一言多いよ、イメルダ」

「おっぱいも!」

「なぁ、イメルダ。顔見知りとはいえ異性もいる前で『おっぱいも!』って叫ぶ娘を見て、ワシはなんて言えばいいんだ?」

 

 諦めろハビエル。

 お前の娘は、もう手遅れだ。

 

 だが、そうだな……

 

「なんか手を打たないとな」

 

 陰鬱な気分をため息に載せて吐き出した。

 

 

 

 

 

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