「ヤシロ、これ! これ、すっごく美味しいよ!」
エステラがうるさい。
ジネットに教えつつ、出汁巻き卵を焼いて、その場にいた連中に食べさせたら好評で、んじゃあって感じでタマゴの握りを作ったら、エステラが物凄く食いついた。
やっぱりか、お子様舌め。
なんとなく、「あぁ、今日はこのまま平穏に過ぎて、すぐ明日になるんだろうな~」とか思ったのだが……甘かった。
現在、まだ夕方と呼ぶには全然早い時間。
『今日』ってヤツは、まだまだ続きそうだ。
「握りにするタマゴは、先ほどの出汁巻き卵と味付けが違うんですね」
「まぁ、若干な」
握りのタマゴは出汁巻き卵より甘くしてある。
お子様向けの寿司だからな。
「……きっと、デリアが好き」
「あぁ、デリアさん、いっぱい食べそうですよね。甘エビは『甘いけど違う』って言ってましたし」
その基準で行くなら、タマゴも違うジャンルのはずなんだがなぁ。デリアの求めてる甘さって、お菓子やスイーツの甘さだろうし。
「ヤシロ、断言するよ。明日、絶対タマゴが足りなくなるから、いっぱい用意した方がいい!」
「お前の反応見てりゃ、それくらい察しが付くよ」
エステラが喜ぶものは、ガキが喜ぶものだ。
ガキは際限なく同じものばっかり食いやがる。
……朝のうちに腐るほどタマゴを焼いておく必要があるだろう。
「ヤシロ~、練習しに来たよ~!」
「おじゃましま~す」
フロアから、パウラとネフェリーの声が聞こえる。
夕方からスフレホットケーキの練習に来るって言ってたけど、結構早いな。
ちなみに、本日のカンタルチカは通常営業だが、明日のイベントに向けて体力と酒を温存する方向らしい。
大工連中も、今日は徹夜で作業だろうから、酒を飲んでる暇もないだろう。
明日が本番。本領発揮ってところか。……恐ろしいことになりそうだ。
ってわけで、本日のカンタルチカはパウラが抜けても回る程度の営業らしい。
「ねぇねぇ! フロアのアレなに? 明日の新メニュー?」
「はい。みなさんは明日ゆっくり召し上がっている暇はないでしょうから、今日一足先にお味を見てみますか?」
「やったぁ!」
「食べる食べる! あ、ノーマは外で一服してから来るって」
ネフェリーが外を指さす。
なんでも、ミリィと二人で遅れてやって来るらしい。
こいつらは、みんなでノーマの工房に入り浸り、スフレホットケーキの型を作っていたのだ。
マグダは軍艦巻きの練習があるからと、ネコ型を最優先で完成させて戻ってきていた。
残りの魚とヒヨコはうまくいったのだろうか。
パウラとミリィは関係ないのだが、ネフェリーに付き合う形で参加していた。
というか、自分の意見が取り入れられるのが嬉しいようだ。
その場で、ハンドクリームの香りについて、みんなで話し合っていたらしい。
「邪魔するさね~」
「こんにちゎ~!」
噂をすれば、ノーマとミリィがやって来た。
「ヤシロ、フロアにあるのは明日の新メニューかいね?」
「パウラと同じこと聞いてる」
ネフェリーがくすくすと肩を揺らす。
みんな興味津々だな。
「明日手伝ってくれるみんなには、ジネットがこの後ご馳走してくれるってよ」
「やったさね!」
「みりぃも、がんばってぉ手伝いする、ね」
ぱぁあっと、表情を輝かせる二人。いや、四人。……いや五人か。お前、なんで混ざってんの、エステラ? さっき食ったじゃん。
「で、それはなんさね?」
「出汁巻き卵です」
「あぁ、出汁巻き卵かぃね」
自分でも作れるノーマは余裕たっぷりに頷いている。
出汁はこうすると美味しい~とか、頭の中で考えているのだろう。
……が。
「いつもとは違う魚介の出汁を使った、新しい出汁巻き卵なんですよ」
「それどういうことさね!? 詳しく聞かせておくれでないかぃ!?」
お寿司屋さんの出汁巻き卵は、そこらの出汁巻き卵とは出汁が違う!
ほのかに漂うカニの風味、複数の魚のアラから取った複雑で濃厚な、それでいてすっきりとシンプルに磨き上げられた魚介の出汁。
「こ、これは……っ、美味しいさね!」
料理上手なノーマをして、初めて出会う衝撃だったようだ。
「あぁ、初めてついでに、ジネットとノーマ。あとでちょっと手伝ってくれないか?」
「なんでしょうか?」
「何か作るんかぃね?」
「あぁ。とりあえずお前らが寿司を食った後でもいいんだが――」
「ううん、ヤシロ! そこは先に作るべきだと思う!」
「私も! お腹いっぱいになった後で新しい料理が出てくるとか、寂しいもん!」
パウラとネフェリーの圧がすごい。
……どうしよう。四十二区民がみんな、ベルティーナに感染していく。
「じゃあ、ちゃちゃ~っと作るか」
「何を作るんですか?」
ジネットがうっきうき顔だ。
寿司を覚えたばかりなのに、もう新しいメニューに意識が向かっている。
意外と浮気性なのかもしれないなぁ、こいつは。
とはいえ、過去に覚えた料理を疎かにしている素振りもないし……
ま、まさか、ジネット、お前!? 全員とうまく付き合っていけるハーレム主人公の能力が!?
異世界美味いものハーレム!?
あ、そのタイトルだと、主人公はベルティーナだな。
「茶碗蒸しを作ろうかと思ってな」
「ちゃわんむし、ですか?」
「寿司に合うんだよ。魚介を入れても美味いしな」
俺は、寿司屋に行くと必ず茶碗蒸しを頼む!
その店の味が分かるとか、大将のレベルが分かるとか、そんな理由じゃない。
単純に好きだからだ!
美味いよね、茶碗蒸し!
口の中を火傷して「こんちきしょう!」ってなるところまでを含めて美味い!
「いくつかの具材を入れて、溶き卵とだし汁で作った卵液を注いで、器ごと蒸しあげるんだ。簡単だが美味い。好きなヤツはとことん好きな料理だぞ」
まぁ、コツがいる部分は多いのだが、ジネットとノーマなら大丈夫だろう。
「具材は何を入れますか?」
「そうだな。エビとシイタケ……ギンナンがあればいいんだが」
「ぎんなん、ですか?」
「ないよな、やっぱ。ミリィ、イチョウって木を知らないか?」
「いちょう? ……ぅう、ごめん、ね。今度大きいお姉さんたちに聞いてみるね」
ミリィが知らないなら、この街にはないのかもな、イチョウ。
まぁ、なんでもかんでもあるわけじゃないか。
「いや、ないならいいんだ。あとはカマボコと、タケノコがあると美味いんだよなぁ」
「タケノコなら、みりぃ持ってこられる、よ」
「いいえ、それには及びませんよ、ミリィさん!」
ばばーんっと、呼んでもいないアッスントが勝手口から現れる。
「呼んでもいないのに」
「勝手に来たです」
「……追い出す?」
「待ってください、みなさん。私はジネットさんに呼ばれてお伺いしたんですよ。……いささか、テンションが上がってらしくもない賑やかな登場をしてしまったことはお詫びいたしますけれども」
「練習をしてみて、明日のイベントに必要なものが足りているか、アッスントさんにご相談しようと思っていたんです。あの……ヤシロさんは裁判でお忙しいと思っていましたので」
俺が不在となるだろうから、その道のプロと不足がないかを確認しようとしていたわけか。
「けど、俺がいるからアッスントいらないな」
「いいえ! 意地でも食い込みますよ! 私にも一枚噛ませてください!」
新たな港。そして盛大なイベント。
どちらも、アッスントにとっては利益を生むありがたいものだ。
しっかりと食い込んで利益を得たいのだろう。
「いやらしいブタだよ」
「……エロブタ」
「うわ、アッスントさん最低です!」
「すみません、あの、この三人をばらけさせていただくことは可能でしょうか? 揃っていると、どんどんと面白い方向へ爆走されてしまいますので」
俺から、マグダとロレッタを引き離すアッスント。
手口がいやらしい貴族のソレと同じだな! まぁ、いやだわ!
「あ、こちら、あく抜きが終わっているタケノコです。いやぁ運がよかった。料理嫌いなタケノコ好きの方がいらして、この後お届けに上がるところだったんです」
いいのかよ、それをここで使って。
あく抜き、結構時間かかるんだぞ。
そんな下処理の苦労を知ってか知らずか――
「さぁ、新しい料理を見せてください。何が必要なのか、しっかりとメモを取らせていただきますので」
のんきににっこりと微笑むブタフェイスが、俺を見ていた。
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