異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

369話 発言は自己紹介 -1-

公開日時: 2022年6月30日(木) 20:01
文字数:5,394

 まぁ、とりあえずこれからよろしくってことで、話はまとまった。

 

 エステラたちがマイラーに反論できなかったのは、三十一区から三十四区を省いた八つの区で連携を取ってしまったからだった。

 仕方がない状況だったとはいえ、それでは外周区連合に入れられなかった四つの区が面白くないのは、まぁ理解できる。

 向こうも子供ではないので、筋を通して話をすれば分かってくれるだろうし、そもそも交流が少ないのは双方の責任だ。

 こちらから働きかけなかったことは事実だが、向こうからも友好関係を結ぼうという動きはなかった。

 

 事が大きくなり、自分たち以外の区が連携してうまくやっている――言い換えれば、自分たちが除け者にされていると知って慌てて接触を図ってきたのだろう。

 

 そう思われないように、判決が出る前にわざわざ招待状を送ったのによぉ。

 四十二区の港の完成記念イベントだから、四十二区と協力者の三十五区だけで祝えばいいはずなのに、全外周区に招待状を出したのだ。

 状況説明をする場を、あえてこちらから提供したと言える。

 

 三十二区や三十四区は、その場で詳しい説明を聞こうというスタンスだったようだが、三十一区が噛みついた。

 他の領主は眉を潜めつつも割って入ることが出来なかった。

 

 ここで下手にエステラに味方をすれば、エステラが「除け者にしようなんて思ってませんよ」と言ったところで無意味になるからだ。

 自然と連携を取れるくらいにまとまっている様を見せつけておいて「みんな平等ですよ」もないもんだ。

 

 何より、三十一区を黙らせようとすれば、敵対行動を取っていない三十二区や三十四区の領主の不興を買う恐れもある。

 

 たとえば、「そうやって噛みついてきて面倒くさいから省いたんだよ」とでも言おうものなら「ほほぅ、では我が区も面倒くさいと思われて省かれたのですかな?」と飛び火してしまう。

 

 同じ立場で不満を持つ人物が複数いる時は、特に発言には気を付けなければいけない。

 

 三十四区と親しいルシアも、三十二区と親しいドニスも、二区間の関係からエステラへの擁護が難しかったようだ。

 それぞれ、親しい方の領主を宥めてくれていただけでもありがたいが。

 

 で、あの中で最もエステラを庇っているのは、家族のような付き合いのデミリーと幼馴染みのリカルドを除けば、ルシアとドニスとマーゥルだ。

 その三人が口を挟まないとなれば、他の領主は口を挟みにくかっただろう。

 マーゥルは領主ではないので一歩退いていたのだろうと思うし、トレーシーは…………

 

「……エステラ様に無礼な物言い…………そうだ、あいつ消そう」

 

 本性がバレないようにそっと隔離されていた。

 ……何を京都行くみたいなノリで物騒なことほざいてやがんだ。

 

 あいつのエステラ好きはライクをとうに通り越してラブも行き過ぎてディペンデントあたりをうろうろしているからな。

 エステラと手を繋いで素敵やんアベニューデートをチラつかせれば、二十七区の半分くらい譲渡してくれそうな気がして怖い。

 

 ……いや、さすがにないと思うけど。思うけど……思…………

 

 

「とりあえず、顔合わせは済んだんだから、エステラとルシアは寿司を食ってこいよ」

 

 今もジネットが心配して待っているはずだ。

 こいつらをカウンターの方へ向かわせれば、マイラーたちと一時的に距離が取れるだろう。

 気疲れが顔に出ているエステラは、少し休ませた方がいい。

 

 だというのに……

 

「おやぁ? ミズ・クレアモナたちはこちらで食事をされるわけではないのですかな?」

 

 マイラーが動くエステラに反応した。

 お前は感度がよすぎる玄関ライトか。

 普通に道歩いてるだけで「ぴかっ!」っと点きやがって。「お前ん家に訪問してねぇよ!」ってビックリするんだっつの!

 

「はい。実は料理を担当してくれているのがボクの親友でして。彼女たちを労おうかと」

「貴族が料理を? はて? どういう意味ですかな?」

 

 マイラーが眉間にシワを寄せ、針のようなヒゲを摘まんで引っ張る。

 

「彼女は貴族ではありません。陽だまり亭という食堂の店長なのです」

「貴族ではない、食堂の店主が……親友ですと?」

 

 あ……

 こいつ、地雷踏んだな。

 この場所にはジネット贔屓な連中が多いってのに。

 

「そうですけれど、それが何か?」

 

 あ~ぁ、エステラが一番怒ってら。

 ジネットを侮辱されたらキレるよなぁ、エステラだもんなぁ。

 

「いやいや。これだけ多くの領主と懇意にしておられて、女性領主とも関わりの深い四十二区領主のそなたが、平民を親友だなどと申されるので、いささか驚いただけですよ。誰も悪いとは申していない。そう怖い顔をされるな」

 

 手を振ってマイラーは誤解を解くように口を開閉する。

 ただそれは、自販機のコイン投入口に電子マネーを押しつけるくらいに意味をなさない行動だったけれど。

 

「貴族と平民では何かと違うでしょう。出来ることであれば、ここにおられる貴族の女性ともっと親睦を深めることをお勧めしたい。貴族の世界で様々な苦労を強いられてきた先輩貴族からの老婆心といったところです。お気を悪くなさいませんように、……ね?」

 

 どんなに言い繕おうと、エステラの瞳は冷ややかさを消さない。

 今の発言は「平民なんかと付き合ってないで貴族と付き合え」という、ジネットを見下す発言に他ならないからだ。

 だが、その発言に異を唱えたのはエステラではなく、ルシアとトレーシーだった。

 

「今のそなたの言い草は、私やトレーシーがエステラに軽んじられているという侮辱に聞こえるのだが?」

「私にもそのように聞こえましたね」

「まさかっ! いやいや、それは考え過ぎというものです」

 

 それでもマイラーは悪びれることなく、ルシアとトレーシーの反論を一笑に付す。

 

「女性は言葉の奥を深読みするのがお好きなようだから。我々男性は戸惑ってしまうこともしばしばだ。ねぇ?」

「そなたと同じに語らないでもらおう」

 

 舌禍の止まないマイラーに、ドニスが明確な不快感を示す。

 というか、マーゥルがはっきりと殺気を放っているので、ドニスのアレは自己弁護でもあるのだろう。

 

「エステラ。ルシアとトレーシーを連れて行ってこい。ジネットもきっと喜ぶ」

「……そうだね」

 

 これ以上ここにいては、この場で宣戦布告をしかねないエステラを離脱させる。

 エステラがいなくなったらこのバカを吊るし上げてやろうか……と思っていると。

 

「どれ。私もご一緒させてもらおう。なに、貴族と親友になれるという平民をこの目で見たくなったのでね。かまいませんよ、ねぇ?」

 

 ……おまっ、どこまで空気読めないの!?

 え、呼吸したことない人? 「あ、これ吸い込んじゃダメなヤツ」とか、危機感覚えない?

 

「ミスター・マイラー。一つ忠告が」

 

 爆発しそうなエステラを止めるために、俺が前もって釘を刺しておく。

 

「貴賓席の外は『平民』だらけです。どのような失礼が飛び出すか、俺らにも予測できませんが、それでも構いませんか?」

 

 どうせちょっとしたことでキレるんだから大人しくここに閉じこもっていろ。

 それを遠回しに言ったのだが――

 

「問題ない。私は寛大なのでな。平民や亜人と同席でも我慢は出来る」

 

 あぁ、ダメだ。

 

 

 こいつは、潰そう。

 

 

「……四十二区には亜人などと呼ばれる者は一人もいない」

 

 エステラが低い声で呟く。

 

「この街にいるのは、獣人族という、気心の知れた、とても頼りになる、ボクの大切な友人たちだ。二度と、そのような蔑称を口にされませんよう、くれぐれもお気を付けを」

 

「お願いします」ではなく「気を付けろ」か。

 エステラも少し変わったか。むやみに謙るクセは抜けた様子だ。

 

 おそらく、挨拶が遅れたという難癖に対し、エステラが「ご理解いただけて、嬉しいです」と言ったことで、マイラーは「勝った」と感じたのだろう。

 自分の意見を押し通し、相手を屈服させたと。

 

 要するに、マイラーはマウントが取りたいのだ。

 新人領主のクセにウィシャートを倒し、新しい事業を次々に成功させ、多くの領主に賛同を得ているエステラに。

 

 やたらと「先輩貴族」なんてしょーもない言葉を使っているのがその証拠だろう。

 

 今、「亜人とは言わないでください、お願いします」なんて言ってたら、こいつはますます増長していただろうな。

 ただ、「気を付けろ」と言ったことで、おそらくちょっと意地になったはずだ。

 

 ……こいつはいらないなぁ。

 

 気心の知れた人間が増えるのはエステラにとってプラスになる。

 だが、誰でも彼でも増えればそれでいいというわけではない。

 存在するだけでマイナスに作用するようなヤツは排除しなければいけない。

 

 そんなヤツに配慮することは、それ自体が他の真っ当な人間に対する失礼に当たるからだ。

 

「ナタリア、ジネットに言って、特上寿司を七人前もらってきてくれ」

「畏まりました」

 

 ナタリアが小さく頷き、貴賓席を出て行く。

 ギルベルタとネネがその後を追い、エステラのそばにはルシアとトレーシーが寄り添うように立つ。

 

「おや? 給仕長が平民の男に従うのか? あぁ、そうか。君が次期領主なのか」

「そんな予定はない」

「いや、それは通用しないだろう。事実、今君は領主付きの給仕長に指示を出したではないか」

「イネス、デボラ、七人分の座席を用意してくれるか?」

「畏まりました」

「すぐに整えます」

「…………」

 

 俺の指示で動くイネスとデボラに、マイラーは口を閉じる。

 

「イベール様、俺と結婚してくださる?」

「冗談でも聞きたくない言葉だったよ、オオバ君」

「ゲラー――」

「こっちを向くな、オオバヤシロ」

 

 給仕長に指示を出したくらいで、そこの領主と結婚することなどない。

 それが証明できただろう。

 

 俺の盛大なイヤミを受け、マイラーは視線を鋭くする。

 

「少々非常識な平民のようだな。なぜそなたのような者がこの場にいるのか理解に苦しむ。身の程を弁えて降りたらどうだ?」

「それは、狩猟ギルドギルド長のアタシにも言ってるのかい、三十一区領主様?」

 

 貴賓席にいる平民と言えば、メドラも対象になる。

 ついでに言えばリベカもそうだ。

 

「どうするのがいいかは、個人の判断に任せる他あるまい? ここは四十二区、私の区ではないのだから」

 

 つまり、ここが三十一区だったらメドラを摘まみ出してるってことか?

 面白いな、やってみろよ。

 

「ここが他区だという自覚があるのなら、少しは口を慎んだらどうだ? 悪目立ちしているのが分からないのか?」

 

 リカルドが地中海のマフィアみたいな顔でマイラーを睨み付ける。

 その視線を、マイラーは「ふん」っと鼻で笑って受け流す。

 

「若い者は礼儀を知らなくて困る。耳に痛い指摘を封殺するだけでは領主として成長は出来ぬぞ。そもそも、このような場を設けて招待したのはミズ・クレアモナだ。それとも何かな? この場では一切の否定は許されぬと言うのかな? 少々の指摘も難癖と決めつけて糾弾される場なのであろうか? ん? どうなのだ? この場では、ミズ・クレアモナを褒め称える言葉以外は発言禁止だというのか?」

「……テメェ」

「リカルド。落ち着きなさい」

 

 拳を握ったリカルドをデミリーが止める。

 そして、マイラーに向かっていつもよりも若干厳しい視線を向ける。

 

「そなたも、自己の言動を今一度顧みよ。批判をするなとは言わぬが、このような晴れがましい場で相手を侮辱するような言動は見るに堪えぬ。若い者は礼儀を知らなくて困るというのであれば、年長者の言うことには耳を傾けるのだ」

 

 年齢を盾にリカルドの言葉を遮ったマイラーに対し、さらに年上のデミリーが同じ言葉で追求する。

 だが。

 

「侮辱するつもりなどないのだが、一体ミスター・デミリーは何に腹を立てておいでなのか」

 

 肩をすくめて鼻で笑う。

 デミリーを馬鹿にされて、エステラがマイラーへと詰め寄る。

 ルシアがすぐに止めるが、それでも他の者よりも一歩前に出てしまっている。

 マイラーの前に立ち、口を引き結んで睨み付ける。

 

「……なんだ、その顔は?」

 

 明らかな敵意に、マイラーが青筋を立てる。

 

「批判されるのが嫌ならこのような催しに人を呼ぶな! いいや、領主になどなろうとせず大人しく嫁にでも行っておればよかったのだ!」

 

 

 

 

 ……あ。

 

 

 

 

 ごめん。

 ムリ。

 

 

 

「だいだい、街門だ港だと浮かれおって。よいか? そもそも街門というのは街を象徴する顔のようなものなのだ! それなのになんだ、その由緒ある街門を勝手に増やしたかと思えばその前にこのようなチャラチャラした軽率な広場を作りおって。オールブルームが長年かけて築き上げてきた威厳というものをどのように考えておるのだ! 威厳が損なわれるのが分からぬのか!? 遊びでやっていいことではないのだよ! 街の運営も、人との繋がりも、時間をかけて積み上げていくものなのだ! 一足飛びで事を早急に進めれば見る者は驚き成果があったように見えるだろう! だが、そんなものは一過性のものに過ぎない。あとになって泣くのは事を急いたそなたではなく巻き込まれた領民なのだ! そうならぬよう、人が親切でアドバイスをし、間違いを正してやろうと言っているのに、なんだその態度は!? 貴様が失敗して迷惑を被るのは貴様だけではないのだぞ! みんなが迷惑するのだ! この街全体が! その責任が貴様に取れるのか!? 私が間違っているか!? 間違っていないだろう! 親切心から生まれる正しい意見を素直に聞き入れることも出来ぬ者に領主の資格などない! 即刻辞めてしまえ!」

 

 ツバをまき散らして怒鳴りつけるマイラーを――

 

 

「ん……ごっ!?」

 

 

 

 ――気付いたら、全力でぶん殴ってた。

 

 

 

 

 

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