異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

264話 労いのお味 -2-

公開日時: 2021年5月19日(水) 20:01
文字数:4,162

「あらあら、随分と楽しそうだこと」

 

 ふらりと、マーゥルが陽だまり亭へ入ってきた。

 楽しそうと言われ、視線を落とすと……ジネットと手を繋いでいた。

 

 んばっ! ――と、どちらからともなく手を離して体ごと視線を逸らす。

 ちらりと見やればばっちり視線が合って慌てて逸らす。

 ……何やってんだ、俺は。

 

「あらあら。そういう意味じゃなかったのよ? お外がね、賑やかだったから」

 

 うふふと、訳知り顔でたおやかに微笑むオバサン。

 こんな寒い時期でもおっとりと気品たっぷりに笑っていられるこいつは二十九区領主の姉にして『BU』屈指の曲者、恐ろしい裏の顔を隠し持った貴族のマーゥルだ。

 

「お貴族様が豪雪期に他所の区に遊びに来るなよ。非常識な」

「あら。非常識なのが四十二区の日常なんでしょう?」

 

 とんでもない悪口だな。

 エステラに言いつけてやろう。外交的非礼を働かれたぞって。

 

「マーゥルさん、いらっしゃいませ。今、お茶をお出ししますね」

「あらあら、ごめんなさいね。休憩中に」

「いいえ」

 

 マーゥルに席を勧め、厨房へと駆けていくジネット。

 耳がほんのりと赤く染まっているので、厨房で気持ちを落ち着けてくるのだろう。

 

「ほんと、羨ましいわぁ」

「雪遊びがか?」

「うふふ……」

 

 ……なんか言えよ!

 なんかじっとこっちを見られている気がするので、視線はそっちに向けないけども。

 目が合ったら石にされるか若さを吸い取られそうだからな。

 

「表のあれはな~に?」

「雪像か? かまくらか? それとも通りの向こうの雪のプレイランドか?」

「全部よ。まったくもぅ、見る物み~んな目新しいんだもの。どれに驚けばいいのか分からないわ」

 

 好きなもんに好きなだけ驚けばいい。

 見るだけはタダ。

 驚くのもタダだ。

 

 ちなみに、雪のプレイランドも今年はタダだ。

 

「どれの話から聞きたい?」

「そうねぇ。じゃあ、まずニュータウンにたくさんあった、丸い雪の小屋のお話から聞かせてもらおうかしら?」

「それはかまくらって言ってな……」

 

 俺はここに至るまでのあらましを簡単に説明して聞かせた。

 思えば、随分発展したものだ。

 元は、寒さに震えていたマグダを温めるために作ったのが始まりだったんだがな。

 

 それから、雪合戦をして、雪像を作って、かまくらカフェが始まって……今年になって雪のプレイランドが出来て。

 

「その原因のすべてがジネットにある」

「わたしじゃありません」

 

 ガシャッとお盆がテーブルに置かれる。

 なんて乱暴な。貴族相手の接客は若干荒れるって、アッスントが伝染したのか? 手洗いうがいをしっかりしろよ。

 

「けれど、トルベック工務店のみなさんが元気そうで安心したわ」

 

 温かい茶を飲んで、ホッと一息吐くマーゥル。

 吐き出した息と一緒に零れ落ちた一言が気になった。

 

「安心したって、なんでだ?」

 

 ウーマロたちはいつも元気だぞ。

 バカみたいに張り切って、陽だまり亭の風呂場や森の中の水道、それに雪のプレイランドなんかを作っている。

 あいつらの元気を疑う余地なんてそうそうないだろう。

 

「以前、ニューロードの建設に合わせて館を移動させてもらったでしょう?」

 

 ニューロードの出口がマーゥルの館の敷地内にあったため、不特定多数の者が貴族の敷地に出入りするのは困るということで館を含め敷地を少しズラしたことがあった。

『曳き家』という工法を使用して、館をそのまま移動させたのだ。

 館を持ち上げて、その下に丸太を噛ませて、コロを使ってゆっくりと館を移動させるのだ。

 トルベック工務店総出で行った館の大移動は、領主であるゲラーシーも見学に来て大はしゃぎするほど迫力のある見世物だった。

 

 それでマーゥルもゲラーシーもトルベック工務店を気に入って、「何かあったらトルベック工務店にお願いする」と言っていたのだ。

 

「それで、後回しにしていた氷室の移動をトルベック工務店にお願いしようとしたのね。そしたら、組合から別の工務店を勧められたのよ」

 

 その情報は、意図してもたらされたもののように聞こえた。

 マーゥルが、俺の耳に入れておいた方がいいと感じたと、そう思えた。

 

 生花ギルドが最近作った各区を跨ぐ組合を、大工をはじめとした各区の土木ギルドも作っている。

 相互扶助を目的とし、人手が足りない時の補助や共同作業への働きかけなどを行っている。

 四十一区の改革の際には組合が多くの大工たちを派遣してくれていた。

 

 その組合が、マーゥルに別の大工を紹介したという。

 

「ノートン工務店っていうところを紹介されたの」

「聞いたことがないな」

「四十区にある工務店でね、木の加工に定評があるところらしいわ」

 

 木工に自信のある大工か。

 

「でも、それならウーマロさんたちも」

 

 ジネットの言うとおり、木の加工ならトルベック工務店の十八番だ。

 あいつらは、木の特徴を熟知し、それをうまく活かした加工をしている。

 イメルダが「まぁまぁですわね!」と大絶賛するほどだ。

 

 イメルダの「まぁまぁ」は絶賛だ。否定できなかったんだからな。

 

「トルベック工務店ばかりが知名度を上げているから、貴族に他の工務店を売り込みたいだけなのかもしれないのだけれどね」

 

 それは理解できる。

 一つの工務店だけが力と人気を得過ぎると、組合として困ることも出てくるのだろう。

 ウーマロに限って、権力を振りかざして他の工務店や組合に不当な態度を取ることはないだろうが……他の工務店から見れば「そうならない」という確証がない分、気に入らないこともあるのかもしれない。

 

「聞けば、トルベック工務店のみなさんは、年明けから港の工事に取りかかるのよね?」

「代表者は三十五区の大工だけどな」

 

 四十二区に港を作る際の条件の一つに、三十五区の大工を使うというものがあった。

 多少なりとも利益が減るのだからと、自区の大工に他区での仕事を斡旋したのだ。

 トルベック工務店の連中はその手伝いをすることになっている。

 

 ウーマロたちも、港の建設は初めてなので勉強させてもらうと言っていた。

 灯台も作るらしいし、長期的な工事になるだろうな。

 

「それじゃあ、少し手が空いたら直接お願いしてみるわ。二十九区のギルドを通すと、見ず知らずの人を紹介されるのよ。私、人見知りの気があるから困っちゃうわ」

 

 人見知りって……

 要するに「自分が認めた相手以外信用できない」ってことだろ?

 こいつはこだわりがあるからなぁ。

 レンガ一つとっても、自分が認めた相手の物しか使わないという徹底ぶりだ。

 氷室の移設工事なんて、何十年先まで影響を及ぼしそうなこと、他人に言われた相手をほいほい雇うとは考えられない。

 

「つまり、ウーマロに脅しをかけとけって言ってんのか?」

「あら。やだわ、ヤシぴっぴったら。私、そんなに怖いオバサンじゃないのよ?」

「怖いオネーサンなのかな?」

「まぁ、お上手ね」

 

 褒めてねぇから。

 どう転んでもお前は怖いって言ってんだよ。

『オネーサン』はイヤミだ。

 

 ……全部分かった上で笑ってんだろうな、この女狐め。

 

「氷室の移設が無事に終わったら、私、のんびり出来そうだわ」

「ジネット~。このオバサンが『さっさと解決しろ』って命令してくる~」

「うふふ。マーゥルさんはそんな方ではありませんよ」

「そうよねぇ。イヤだわ、ヤシぴっぴったら」

 

 何が『イヤだわ』だ。

 ウーマロたちの手が空き次第氷室の移設が出来るように手配しとけって命令じゃねぇか。

 その見返りは『暇になったから方々に口利きが出来るわよ』ってところか?

 

 三十区が港の建設にちょっかいかけてくるってところまで見越して言ってんだろうな。

 いくら税収の多い力のある三十区といえど、自分たちよりも身分が上とされている四等級貴族からの意見は蔑ろには出来まい。

 まして、現領主の姉にして、影の実力者たるマーゥルだからな。

 背後から睨まれるのはおっかないだろうな。

 

「でも、『BU』での領主会談の時――」

 

 その領主会談ってのは、不当な圧力を掛けてきた『BU』の連中をぶっ潰すため、俺らが乗り込んで多数決を無効化したアレのことか?

 どこが会談だ。そんなぬるいもんじゃなかったろうが。

 

「エステラさんは『年内には着工できる』って言ってたのよねぇ、港の件」

「横やり……っつうか、言いがかりをつけてごねた領主がいてな」

「ミスター・ウィシャートかしら?」

「当たりだ」

 

 三十区領主が条件面でごねてごねて、工期がずれ込んでしまったのだ。

 ……ったく、豪雪期があるからさっさと始めたかったってのに。

 

「気を付けなさいね、ヤシぴっぴ。彼……曲者よ」

「お前が言うかよ」

「あら。こんなか弱い女なんか、どこの区も相手にしないでしょう?」

 

 敵対したくないから目を逸らしてるだけなんじゃねぇのか、それ?

 

「何かとキナ臭いのよね。そのくせ、尻尾を掴ませないようにうまく立ち回っているわ」

「……って、お前に尻尾掴まれてないか、三十区?」

「掴んでないわよ。チラッと視界の端に見えただけ」

 

 確証はない、ということか。

 

 オールブルームの正門といっても過言ではない、三十区。

 外周区の領主が該当する五等級貴族でありながら、その発言力は強いのだろう。

 なにせ、三十区が門を閉ざせば流通は完全に死に絶えるのだから。

 

 四等級は当然ながら、三等級相当の発言力は持っているかもしれない。

 表だってふんぞり返るようなことをしなくとも、裏でこそこそ上位の貴族と繋がっている……くらいはありそうだ。

 入出門時は、『なにかと』便宜を図ってもらいたい貴族もいるだろうからな。

 

 はたして、どこまで根を伸ばしているんだろうな、三十区領主ウィシャートは。

 

「何事もないのが一番よね。けれど、困ったことがあったらお手紙を頂戴ね。愚痴くらいなら、聞いてあげられると思うわ」

 

 愚痴を聞くってことは、その後にちゃんと励ましてくれるのだろう。

 打開策とかを交えつつ。

 

「見返りが恐ろしいわ」

「あら? じゃあ先払いにしておく?」

 

 にこにこと微笑んで、両手を揃えて差し出してくるマーゥル。

「ちょーだい」のポーズをして、嬉しそうな声で言う。

 

「あのもふもふの耳当て、私、欲しいわ」

 

 平民に平気でねだる貴族って、どうなのよ?

 

「試作の時に作ったヤツ、まだ残ってたよな?」

「はい。お持ちしますね」

 

 席を立ち、厨房へと駆けていくジネット。

 

「ほ~んと、いい娘ねぇ」

 

 ジネットの背中を見つめ、マーゥルが呟く。

 

「泣かしちゃダメよ」

 

 訳知り顔で。

 ……うっせぇつの。

 

 俺は何も答えず、ちょっと冷めたお茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

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