ジジイどもが運動場へ向かい、これでようやく静かになると思ったら、今度は領主がやって来た。
「オオバ君! 味噌ラーメンの改良版が完成したよ!」
「知らん」
「そう言わずに、試食しておくれよ」
どこで作って持ってきたのか知らんが、完全に伸び切ったラーメンを持ってデミリーが陽だまり亭に駆け込んできた。
いや、出来立てを食わせろや。
「伸びてんじゃねぇか、そのラーメン」
「ラーメンが、伸びる?」
くぁっ!
そうか、こいつら、ラーメンが伸びるって知識がないのか!
「ラーメンはすぐに食べないと麺が伸びて味が落ちるんだよ」
「そうなんですか?」
お茶を持ってきたジネットが目を丸くする。
今までは、作ったそばから完食されて、麺が伸びる暇もなかったからな。
「だから、配膳直前に麺を茹でてるんだよ」
「なるほど。そうだったんですね」
言って、デミリーに勧められたラーメンを一口すするジネット。
「……あっ、確かに、歯ごたえが弱く、のど越しもなんだかぼやけている感じがします。コシがなくなったと言いましょうか……これでは、折角のラーメンの美味しさが半減ですね」
「スープも、冷めると味がボケるしな」
「そうかぁ。四十区から大急ぎで持ってきたのに、それでもダメだったか」
どんだけ離れてると思ってんだよ。
「エステラに言って、運動場の屋台を一個借りるか? ラーメンが作れる設備なら整ってるぞ」
「あぁ、たしか今、アトラクションの体験イベントをやっているんだったね。そこにお店を出させてくれるのかい?」
「エステラの許可が下りればな」
「なら大丈夫だね。エステラは、オジ思いのいい娘だから」
実際、デミリーに頼まれれば、エステラは断らないだろう。
一店舗空けるために誰かを退かせる――なんてことはしないから、もう一つ屋台を用意するに違いない。
すなわち、大工を酷使する。
わぁ、鬼のような領主だな。
「では、さっそくエステラと、ウチの料理人に話をしてくるよ」
「あ、デミリーさん。もし、もう少しコクを出すのであればバターを一欠けら入れてみてはどうかと、料理人の方にお伝えください。もちろん、ただの思いつきですので、無視していただいても一向に構いません」
「いやいや。折角の店長さんからのアドバイスだ。きちんと料理人にも伝えておくよ。講習会でも、君の腕前に感動していたからね。いい刺激になったようだよ」
「お役に立てたのでしたら、わたしも嬉しいです」
さすがというか、やっぱりというか、ジネットは料理人から見てもすごい料理人なんだな。
そりゃそうだよな。出来ないもん、あんな効率のいい料理。
やっぱり、チートだったか。
「さて、何組増えると思う?」
「え? 一店舗だけじゃないんですか?」
甘い!
甘いよ、ジネット!
「デミリーにOKを出して、他の連中が黙ってると思うか?」
どこもかしこも、新しい料理を覚えて披露したい料理人だらけなんだ。
もし仮に、明日四十区のラーメン屋がオープンすれば、どーせ暇でぷらぷら遊びに来ているリカルドあたりの目に留まり、「俺んとこも出させろや、ごるぁ!?」と難癖付けられ、四十一区の店も出さざるを得なくなる。
「というか、ルシアあたりが耳ざとく聞きつけ、明日には店を構えてると思うぞ」
「みなさん、そこまでお暇ではないと思うのですが」
暇だよ?
領主なんか、「あ、あっちで面白そうなことしてる~! 区の税収で遊びに行こ~っと」ってのを仕事だと言い張ってる道楽者ばっかりなんだから。
で、「いいないいな、ウチにも欲しいな」って他所の区に集って、自分の区に導入できたら「どうよ? オレっち、いい領主じゃね?」って威張り散らすだけの簡単なお仕事だ。
「この国の領主を複数見て、傾向を分析した結果たどり着いた俺なりの解釈だ」
「それは、おそらくかなり偏った分析だと思いますよ。みなさん、お仕事をとても頑張ってらっしゃいますし」
ジネットフィルターを通せば、領主は真面目に働いているように見えるそうだ。
大丈夫かな? そのフィルターで一般的労働者たる俺を見たら、奴隷ばりに酷使されてるように見えてないか?
げっそりやつれて映ってない?
平気?
「でも、少しだけ賑やかになりそうですね」
「何を嬉しそうに。その賑やかな連中は、もれなく俺たちに絡んでくる面倒くさい連中だろうが……」
「ヤシロさんは、お友達が多いですからね」
「いや、俺的には『エステラの友達』以上の付き合いは拒否してるつもりなんだが?」
そいつらはみんな、一人の例外もなく、『エステラの友達』枠だ。
いわば、『知り合いの知り合い』レベルの顔見知りだ。
決して友達などではない。
「運動場が賑やかになると、陽だまり亭は静かになるかもしれませんね。みんな、楽しい場所へ行きたいでしょうから」
そんなジネットの予測が甘過ぎると発覚するのは、悲しいかな、ほんの数時間後のことだった。
「ダ~リンちゃ~ん☆ 店長ちゃ~ん☆」
イベントの影響で客の少ない陽だまり亭に、突如オシナが現れた。
「オシナのお店も、明日からイベントに参加するのネェ☆」
「な? 四十一区が便乗しただろ?」
つか、リカルド、今日も来てるのかよ。
どーせ、デミリーがエステラに話に行った時に居合わせて、強引に話に割り込んできたんだろうよ。
「四十区、四十一区、四十二区はもはや同盟だろが!」とかなんとか言って。
どーでもいいけど、リカルドのヤツ、絶対「四十区から四十二区」って言い方しないんだよな。四十一区が省かれてるみたいだからなんだろうけど。……小さい男だよなぁ。こだわるところも小さい。
「領主ちゃんがネェ、『四十区、四十一区、四十二区はもはや同盟だから、我が区からも店を出すぞ』って☆」
……な?
予想を裏切らない小さい男だ。
「それでネェ。オシナのお店からは紅茶のシフォンケーキを出すんだけどネェ、なんとか飲み物を提供できないかと思ってるのネェ」
「紅茶を出されるんですか?」
「そーしたいんだけどネェ、イベント会場で紅茶って、優雅じゃないし、飲みにくいのネェ」
この街の紅茶と言えば、ホットが普通だ。
ティーポットで茶葉をくゆらせ、空気をふんだんに含むようにカップに注いで、優雅にすする。
イベント会場で楽しむものではない。
「じゃあ、アイスティーにでもしろよ」
「どうやるのネェ!?」
「どうも何も、紅茶を作り置きしといて、氷の入ったカップに注いでかき混ぜるだけだよ」
アイスティーは、飲む前に必ずかき混ぜるのがポイントだ。
そうすることで、紅茶が氷に触れて冷えてくれる。
安い喫茶店では、パックから注いでそのまま出してくるところが多いからな。冷蔵庫で冷やされた状態よりも、さらにもう一段階氷で冷やした方がアイスティーは美味くなる!
……ま、好みだけどな。
「氷……ネェ……用意するのは難しいのネェ」
「アッスントに言ってみろよ。あいつ、氷が金になるって気付いてから、めっちゃストックしてるから」
「氷が売り物になるなんて、完全に見落としていました……あぁ、二年前の私を叱りつけたいです!」とかなんとか、地団駄踏んでたしな。
「でも、いいのネェ? 他所の区の人なのに」
「あいつは最下層三区の担当だから、四十一区も範囲内だよ」
「なら、相談してみるのネェ!」
にぱっと笑って、オシナが陽だまり亭を出て行く。
ドアを閉める間際、こちらを振り返り「ありがとなのネェ、ダ~リンちゃん☆」と投げキッスを寄越してきた。
……ジネットがいなきゃ、キャッチしてゲッチュしていたところだが……「なにやってんだか」ってスルーしたよ! もったいねぇ!
「陽だまり亭に氷室が出来ると、もっと簡単にお出しできるようになりますね。アイスティーもアイスコーヒーも」
「アッスントの好意で氷室も出来る予定だしな」
「ふふ。楽しみですね、氷室」
アッスントはプレゼントしてくれると言ったのだが、ジネットが「お気持ちだけでも」とちょっと金を出したんだよなぁ。
もらっときゃいいのに。
予想通り他の区も割り込んできたわけだが、これでしばらくは静かになるだろう……
「我が騎士よ! 改良した塩麴ラーメンをイベントで食べられるようになったのじゃ! 明日からオープンじゃから、絶対に食べに来るのじゃ! 約束じゃ!」
「ふふん! ウチも一口噛むことにしたぞ、カタクチイワシよ! 海鮮ラーメンのリベンジだ! 楽しみにしておれ!」
「おい、オオバヤシロ! 二十九区の領主である私自らが綿菓子の店を出店してやろうと言ったのに断られたのだ! どう思う!? 其方からもミズ・クレアモナに一言物申してやるのだ!」
……期待も虚しく、ぜ~んぜん静かにならなかった。
つか、ゲラーシー。綿菓子は、もう古い。
今回は『新しい料理』のお披露目だっつってんだろ。綿菓子を売りたきゃ自分の区で祭りでも開催するんだな。
俺が一切関与しないところでな!
「本当に、賑やかですね」
楽しそうにくすくす笑うジネットの隣で、俺は盛大にため息を吐いた。
賑やかを通り越して、騒がしいっつの。
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