異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

305話 優れた調査員たち -2-

公開日時: 2021年10月16日(土) 20:01
文字数:3,267

「ほら、カンパニュラ。お客さんのお水が減っているだろう? こういう時は『お水いかがですか』って聞いてあげるんだよ」

「なるほど。さすがエステラ姉様です。その思いやりの心が、広く領民から愛される所以なのですね。尊敬します!」

「あはぁ! カンパニュラは可愛いなぁ! おいで、ケーキをご馳走してあげる!」

「いや、微笑みの領主様、お水は!?」

 

 カンパニュラが笑っている。

 ……まぁ、それ以上にエステラがはしゃぎ過ぎているが。

 

 カンパニュラは知らない。

 自分が暗殺されかけていたということを。

 自身の体調不良が、その後遺症だということを。

 

 出来るなら、知らせずに完治させてやりたいところだ。

 これから成長していく中で、一人での外出が出来なくなってしまわないように。

 

 路上で襲われた者は、一人で出歩くことに恐怖を抱くことがある。

 見ず知らずの大人八人に取り囲まれて、あることないこと吹き込まれたってのも、相当な事案だが……やっぱり命にかかわる脅威は桁違いに恐ろしいものだろう。

 

 さて、どのタイミングで、どこまでのヤツに知らせるべきかな。

 

「失礼いたします」

 

 凛とした声が陽だまり亭に響く。

 待ちわびた人物の登場だ。

 

「ご依頼のもの、お持ちしましたよ、コメツキ様」

「早かったな、イネス」

「……待ちわびたというお顔に見えますが?」

 

 まぁ、ぶっちゃけると待ちわびたけどな。

 でも、今朝急に頼んだことをこの短時間で調べてくれたのだ、それは十分に早いと言える。

 

「いらっしゃいませ、ようこそ陽だまり亭へ」

 

 入口に立つイネスに、カンパニュラがよく通る声であいさつをする。

 見たことのない小さな少女がエプロンをつけている様を、イネスはじっと見つめる。

 

 そして――

 

「コメツキ様のストライクゾーンはガバガバですね」

「勝手なことを抜かすな」

 

 俺のストライクゾーンは外角高めだよ!

 D~K! 低めは狙わない主義だ!

 

 ……とはいえ、打てそうなら積極的にバットを振っていく所存ではあるが。

 

 

 ……ん? 何の話って、ストライクゾーンだが?

 年齢? 俺はそんな小さなくくりで物事を語るつもりはないんでな。

 

「BからOKになったのですか?」

「待ってくれるかい、イネス。ストライクゾーンの話じゃなかったっけ?」

「えぇ、ストライクゾーンのお話ですが……何か?」

「え、なに、その『何言ってんのお前?』みたいな顔? 確実にボクの言ってることの方が正しいからね?」

 

 エステラにはまだ分からんのだ。

 恋愛において、年齢なんてもんはさほど関係ないのだということをな。

 

 ……まぁ、ドニスやオルキオやフィルマンは危険人物として引き続き厳重な警戒が必要だろうが。

 ん? ハビエル? アレはもう一発アウトだ。警戒なんてレベルはとうに過ぎている。

 

「こちらが、調査結果をまとめた資料になります」

 

 そう言って、俺が待ちわびていた物を差し出してくる。

 受け取り、ざっと資料に目を通す。

 

 ……ふむ。

 まぁ、思った通りの結果だ。

 

「イネス、ちょっと俺の部屋へ来てくれるか?」

「大丈夫です。市場調査の依頼の際、きちんとナタリアさんに忠告いただいておりましたので」

「忠告? 何の話だ?」

「勝負下着をつけてくるようにと」

「部屋に連れて行きにくくなる情報を寄越すな!」

 

 そして、何の忠告をしているんだ、ナタリア!?

 つか、そんなつもりねぇわ! 何が「大丈夫です」だ!?

 

「人に聞かれるとまずいから内緒話をしに行くだけだ」

「そうなのですか? では、なぜ勝負下着が必要に?」

「こっちが聞きたいわ!」

 

 お前、しばらくナタリアに接触するな。アレは感染する。

 

「お待たせしました、コメツキ様。おや、イネスさん、さすがお早いですね」

 

 少し遅れて二十三区領主付き給仕長デボラが陽だまり亭へやって来る。

 手には、俺が依頼しておいた調査の資料を持って。

 さすが優秀だな、お前らは。

 

「おや、私が最後でしたか」

 

 そして程なくナタリアがやって来る。

 同じように、資料の束を持って。

 

「同区の私が最後とは……もう一度、気を引き締め直す必要がありますね」

「そんなもん、いちいち気にすんなよ」

「勝負下着を選ぶのに迷ってしまいまして、遅くなりました」

「気ぃ引き締め直せ! 今ここで! 緩み過ぎだから、お前は!?」

「はっ!? 調査に意識を取られてすっかり失念していました! 替えてきます!」

「行かなくていいから、デボラ!」

「エステラ姉様。今は、何のお話をされているのでしょうか?」

「あぁ、あの人たちの話は聞かなくていいよ。っていうか、むしろ聞かないで」

 

 エステラが物凄く怖い目で俺を睨んでくる。

 っていうか、お前んとこの給仕長発信だからな、この一連? 責任を取るべきはお前だからな!?

 

「ナタリアさんは、複数お持ちなのですか、勝負下着」

「そうですね。気候やその日の気分、二人の仲の進展具合に合わせてセレクト出来るよう常時二十点は用意してあります」

「二十点もですか……私はまだまだですね」

「ちょっと黙って、ナタリア、イネス! 今このフロア男性だらけだし、小さな子供もいるから!」

 

 ナタリアとイネスの会話に、大工のオッサンどもが聞き耳をそばだてている。

「オレ、別に興味ねぇから」風を装っても、意識は完全にナタリアたちに向いている。

 お前ら、会話一切しなくなったな。聞くのに必死か、エロ大工ども。

 

「こんにちはみなさん。今日はどうされたんですか、お揃いで」

 

 ご祝儀懐石がなぜか流行り、今日は厨房にこもりっぱなしのジネット。

 ひょっこりと覗いてみれば、フロアに給仕長が集まっているので出てきたようだ。

 

「何か難しいお話ですか?」

「いえ、勝負下着に関して少々」

「まだまだ研鑽が必要だと思い知らされていたところです」

「参考までに、店長さんの勝負下着に関してお話を聞かせていただけますか?」

「えっ? えっ!?」

「ジネットちゃんから離れて、ナタリア、イネス、デボラ!」

 

 圧のすごい給仕長ズの輪の中から、ジネットを引っ張り出して背にかばうエステラ。

 俺に視線で「さっさと奥に連れて行け」と合図を寄越す。

 ……お前、面倒くさいことを俺に押しつけるなよ。

 

「じゃあ、ちょっと俺の部屋で話をしてくる。悪いがフロアを頼むな」

「あ、あのっ、ヤシロさん!」

 

 給仕長ズを連れて部屋に戻ろうとすると、ジネットが慌てた様子で俺を呼び止めた。

 

「その……お部屋で勝負下着のお話を?」

「違うわ!」

「「「違うのですか!?」」」

「今度お前らの主全員ここに集合させろ! 説教してやる!」

 

 領主だろうが関係ねぇ!

 床に正座で小一時間叱りつけてやるからな!

 

「あ、ヤシロ。ボクその日はしょーもない用事があるからパス」

「せめて大事な用があるって言え、パスしたいなら」

「それに、ナタリアがそうなったのは君のせいだし」

「責任転嫁も甚だしいな」

 

 お前がちゃんとしつけておかないからだ。

 あと本人の資質だな。……とんでもない資質を持って生まれてきたもんだ。気の毒に。

 

「ちょっと、カンパニュラの体調のことで話をしてくる。あまり聞かれていいものじゃないから」

 

 不安げな顔をしていたジネットに耳打ちをしておく。

 ふざけた空気になっているが、こっちはすぐにでも情報共有が必要な案件だ。さっさと話を聞きたい。……のに、ナタリアたちがふざけるから。

 

「そうなんですか」

 

 ちらりとカンパニュラを見て、ジネットは神妙な面持ちで俺に言う。

 

「あとで、わたしにも聞かせてくださいね。……わたしも、心配ですから」

「あぁ。じゃ、夜にでもな」

「はい。お部屋に伺います」

 

 ……ん?

 

「では、マグダさんを呼んできますね。フロアをお願いしないと」

 

 言って、ジネットが厨房へ駆けていく。

 

 いやいや。

 別に俺の部屋じゃなくても……

 …………え、今晩ジネットが俺の部屋に来るの?

 内緒の話をしに?

 

 えぇ……

 

 

「さ、行こうか、諸君」

「明らかに緊張されてますね」

「まぁ、『夜』ですからね」

「店長さんのように無防備な雰囲気は破壊力が大きいのですね」

 

 こっちの内緒話をしっかりと盗み聞いていた給仕長ズが口々に好き勝手言っているが、ここは敢えて聞こえないふり!

 ……あぁもう。勝負下着の話ばっかりするから、脳内にパンツがチラつく。

 

 これから真面目な話するのにさぁ。もぅ……

 

 

 

 

 

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