異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

353話 手紙 -1-

公開日時: 2022年4月25日(月) 20:01
文字数:3,329

「マグダさん。落ち着いてください」

「……ふぅーっ」

 

 デリアの腕の中でもがくマグダを、ジネットが抱きしめる。

 ジネットの胸に顔を埋め、深く呼吸を繰り返すマグダ。

 その腕は、いまだレジーナへと向かって伸ばされている。

 

「レジーナ。お前、心当たりあるか?」

「心当たりっちゅうか……もしかしたら、これのことやろか?」

 

 このマグダの様子からして、レジーナはバオクリエアでマグダの母親に接触したのだろう。

 レジーナ自身はそのような認識はない様子だが、心当たりはあるようで、懐から一枚の封筒を取り出す。

 封筒が出てくると、マグダの尻尾と耳がピンっと立った。

 

「……ママっ!」

 

 どうやらアタリのようだ。

 今日のマグダは声が大きい。

 こんな反応、初めて見るかもしれないな。

 

「バオクリエアで会ぅた人に渡された……っちゅうか、強引に持たされてな。書いたぁる字ぃも読まれへんし、言葉も通じひんし、とりあえず家に帰ってから読もう思ぅててんや。オールブルームに着けば『強制翻訳魔法』があるさかいに、どこの文字でも読める思ぅてな」

 

 そんな説明をしながら、封筒に書かれた宛名へと目を向ける。

 

 

『四十二区 狩猟ギルド支部 マグダ』

 

 

 封筒にはそう書かれていた。

 それを確認して、レジーナは手紙をマグダへと渡す。

 

「ほな、確かに届けたで」

「……ママ」

 

 レジーナの声には反応を見せず、封筒に書かれた文字をじっと見つめる。

 鼻を近付けて匂いを嗅ぎ、ぎゅっと胸に抱いた。

 

「……ママっ」

 

 マグダの瞳から、大粒の涙が零れ落ちていく。

 

「……生きてた。ちゃんと、生きててくれた」

 

 そうか。

 きっと生きているだろうと、強く信じていても、どんなに信じ込もうとしても、やっぱり不安はなくならないよな。

 希望が確信に変わる。

 それは、どんなに安心することだろうか。

 

「マグダさん。読んでみなくていいんですか?」

 

 いまだジネットの腕の中にいるマグダ。

 ジネットの顔を見て、耳を寝かせる。ちょっと恥ずかしいのだろう。甘えん坊全開の姿を見られたから。

 もしくは、母親代わりのように慕っているジネットの前で、実の母親に甘えることが。

 

「マグダさんのお母さんも、きっと早く読んでほしいと思っていますよ」

「……うん。読む」

 

 封筒に手をかけ、丁寧に封を切る。

 折り目に爪を当てすっと引けば、鋭利な刃物で切ったように封が開いた。

 ……マグダ、そんなことも出来たのか。

 

 封筒をそっと開いて中を確認するマグダ。

 この位置からでも、中に手紙が入っているのが見える。

 分厚い。結構な量だ。

 

 手紙をつまみ、引き出す――前に、マグダはジネットの顔を覗き込んだ。

 

「……あの」

「なんですか?」

「……マグダが読み終わるまで、そばにいて……くれる?」

 

 いつものマグダなら「そばにいてほしい」と自分の望みを口にしただろう。

 だが、今は「いてくれる?」とジネットの意思を確認した。

 本物の母親に甘えたい思いが膨らんだせいか、ジネットに対して少し距離を感じたのかもしれない。

「本当のお母さんがいるんだから、わたしは必要ないですよね」なんて、ジネットが言うはずないと分かっているのに。

 

 そして、そんな不安を一つずつ、丁寧に取り去ってやるのがジネットというヤツだ。

 

「はい、もちろんです。ちゃんとそばにいますから、読んであげてください」

「……ん。読む」

 

 向かい合うようにしがみついていた体勢を反転させ、ジネットと同じ方向を向く。背を預けるような格好で座り、ジネットの胸にもたれ掛かるようにして身を預ける。

 そうしたら、ジネットの腕を掴んで自分を抱きかかえさせるように胸の前へと腕を回させる。シートベルトを締めるような動きで。

 おねだりに気付いたジネットは、マグダの胸に回った腕でぎゅっと抱きしめる。

 マグダとジネットの距離が一層詰まって、むぎゅっと押しつぶされる。

 押しつぶされてもなおその存在感は消えず、むしろ形を変えることで一層その柔らかさを訴えかけてくる。

「やわらかいよ! むっぎゅむっぎゅだよ!」と、俺に向かって訴えかけてくる!

 マグダの頭が半分くらい埋まるほどの収納力!

 懐が深いって、まさにこーゆーことだよね☆

 

「ヤシロ、黙って」

 

 エステラに叱られる。

 しゃべってないやい。

 まぁ、確かに、途中から視線がジネットの『むぎゅ乳』にロックオンされてしまったけれども。

 

 俺がジネットのあふれ出るむぎゅ乳に意識を奪われている間に、マグダは母親からの手紙を読み始めていた。

 時折、マグダの尻尾や耳がぴくぴくと反応を見せる。

 その度に、ジネットが優しくマグダの髪を撫でてやっている。

 

 大勢の人間が、その光景を見つめていた。静かに口を閉じて。

 日が落ち、光るレンガが夜の世界を白く照らし出す。

 先日までの肌寒さが嘘のように温かく、吹く風も心地よかった。

 

 甘えるマグダと、微笑むジネット。どちらもすごく幸せそうで、こんな光景なら、いつまでも見つめていられそうだ。

 木の枝が揺れる音と、微かな虫の声が聞こえる。

 そんな中に、マグダの「……すん」という洟を啜る音がたまに混ざる。

 

 そして、しばらくの後、マグダが手紙を折りたたんだ。

 

「……店長」

「なんですか、マグダさん」

「……ヤシロ」

「どうした?」

「……今夜はちょっと、一人では眠れないかもしれない」

「ふぇっ!?」

 

 マグダの発言に、ジネットがばっとこちらを見る。

 じ~んわりと顔が赤く染まっていき、大きな瞳が緊張と呼吸困難から潤み出す。

 池の鯉かというくらいに口をパクパクして、何かを言いたいのに言えないでいる。

 

 ふむ。

 つまり、これはあれか……

 

 ついに、川の字でご就寝が実行に移されるのか!

 

 きっと今日はマグダがずっとジネットにくっついていることだろう。

 つまり!

 一晩中むぎゅ乳独占! 見放題!

 こりゃ~、俺も今夜は眠れないかもしれねぇなぁ~!

 

「ほな、今日はウチが一緒に寝たるわ」

「あ、それがいいですね! 今日はレジーナさんがお泊まりですから、みんなで仲良く寝ようです!」

 

 すっと割り込んできたレジーナが余計なことを言う。

 おのれ、俺のむぎゅ乳を邪魔する気か!?

 

「そうだね。こんな、顔に『むぎゅ乳』って書かれているような危険人物と同じ部屋でジネットちゃんやマグダを寝かせられないからね」

「エステラっ、なぜそのワードを!?」

「だから、顔に書かれてるんだって」

 

 これまで一度も使ったことのない、本邦初公開のワードが伝わるくらいにはっきり書かれてるのか、俺の顔!?

 もしかして精霊神、俺の顔に電子書籍リーダーの機能とか、勝手に追加してんじゃねぇだろうな?

 それか、俺だけ『会話記録カンバセーション・レコード』が常時透けて見えてるか。

 やめろよな、マジで。

 

「……ふむ、むぎゅ乳は、ヤシロにはまだ早い」

 

 年下に上から物を言われたな、今。

 じゃあ、いつ解禁されるのか、事前に告知しといてくれよぉ。

 その日を希望にして生きていくからぁ。

 

「……それはそうと…………レジーナ?」

「ん? せやで。な~んや、気付いてへんかったんかいな。まぁ、それどころやなかったようやし、しゃーないか」

 

 けらけら笑うレジーナを見上げて、「……そう」と呟いたマグダ。

 一度視線を外し、すぐさまレジーナへ顔を向け直す。

 

「……レジーナ?」

「せやから、そうやって……」

 

 二度見だ。

 マグダの二度見ってのも珍しい。

 基本的に、あんまり慌てないヤツだからな。

 

「ちゃ~んと帰ってきたで」

 

 ジネットにしがみついて、陽だまり亭の庭先に座り込んでいるマグダに目線を合わせ、レジーナは小さく頭を下げる。

 

「えらい心配させたみたいやね。ごめんな。ほんで、ありがとな」

 

 言われて、マグダの尻尾がぴんっと立った。

 嬉しかったようだ。

 だが、すぐに耳が寝てしまう。

 恥ずかしがっている時の反応だ。嬉しいんだけれど、素直に嬉しいというのは恥ずかしい。

 そういう時、マグダが取る行動は――

 

「……マグダは別に、エロい心配はしていない」

「あれ~、聞きづらかったかぃなぁ? 『えらい』言ぅたんやけどなぁ。けどまぁエロいんも間違いやないさかい、しゃーないかー」

 

 照れ隠しの冗談を口にする。

 

「いや……エロいレジーナは全力で心配しなきゃいけない案件だよね。本人にとっても、周りに与える影響に関しても」

 

 エステラがマジで受け取り冷や汗を流す。

 

 そこはもう諦めろ。

 レジーナのエロスは教会の枢機卿でも教皇でも浄化できないレベルなんだからな。

 

 

 

 

 

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