「ほい。頼まれとった食紅持ってきたで」
レジーナから、カラフルな粉の入った小瓶を数種類受け取る。
ジネットが大学芋やら鼈甲飴に着色したいと発注していたものだ。
あぁ、ちなみに。薬に関しては専門的な知識が必要なため、行商ギルドを介さずに薬剤師ギルドから直接購入することになっている。その流れで薬以外の商品も直接レジーナとやりとりしているのだ。
「あと、こんなもん作ってみてん」
そういって差し出されたのは、一枚のシート。
厚紙の上に何か薬品のようなものが塗布されており、その上に薄紙が被せられている。
……なんだこれ?
「この薄紙を『いや~ん』って捲って――」
「おい、捲る時の擬音、それじゃないだろう」
「ほんで、ここについてる薬品を『いや~ん』って指で突っついて――」
「だから突っつく時の擬音!」
「その後、『いや~ん』って指をこすり合わせたら――」
「擬おぉぉーん!」
こいつの脳みそ、ホント腐り落ちてんじゃねぇの?
とか思っていると、薬品のついた人差し指と親指をコシコシこすっているレジーナの指先から、『もやぁ~』っと白っぽい煙が立ち上った。
「ふぉおおう!? マジか、お前!? 懐かしい!」
おばけケムリじゃねぇか!
ガキの頃、駄菓子屋でよく見かけたヤツだ。
指につけてこすると煙が出る――ただそれだけのしょーもないオモチャなのに、なぜか何度も何度も買ってしまった謎の中毒性があるオモチャ。
俺もしょっちゅう買ってたっけなぁ。懐かしい。
「これな、バオクリエアでは定番の、お子様向けのオモチャなんやけど……自分知っとったんかいな?」
「俺の故郷にも似たようなのがあってな」
「やっぱ自分すごいなぁ。子供のオモチャも大人のオモチャも、よぅ知っとるわ」
「大人のオモチャに関しては言及してねぇだろうが!」
やめて、詳しいとかレッテル張るの!
「ほなら、これも懐かしいんちゃうか? ほれ、あ~んして」
「ん? あ~ん」
「ほい」
口を開けると、ラムネ菓子のようなものを口の中へ放り込まれた。
なんだ? 味はさほど悪くないが……
「舌でも真っ青になってるのか?」
懐かしいといえば、舌が真っ青になるおばけアイスだが、アレみたいなものだろうか?
「なんや、自分。これは知らんのかいな? ほなら、口閉じて鼻から思いっきり息吸い込んでみ?」
言われたとおりに、鼻から息を吸い込む。
「ほんなら、吸い込んだ息を口から全部吐き出して」
「もはぁあ~…………って、なんじゃこりゃぁ!?」
息を吐き出すと、口から真紫のケムリが『もはぁぁああ!』っと吐き出された。
なんだこれ!?
びっくりしたぁ!
「あひゃひゃひゃ! ひぃ~! い、今の、自分の顔…………っ! ぷくく……けたけたけたっ、かいかいかいかい!」
「奇妙な笑い声をもらすな!」
俺を指差して「かいかい」笑うレジーナに怒鳴ると、口から残った煙がぽふぉっと出てくる。
どうやら、一回使いきりの煙を吐くオモチャのようだ。……体に害、ないだろうな?
えぇい、かいかい笑うな!
「これな、バオクリエアでは定番の、子供らぁが大人を驚かせるイタズラグッズなんや」
「いきなりこんなケムリ吐き出されりゃ、親もびっくりするだろうよ」
「あとな、父親の酒に仕込んどくと、『ぷは~!』ってした時に紫のケムリ『もっはぁ~!』って出てきて『ぎゃー!』なるねん!」
腹を抱えて笑い転げるレジーナ。
バオクリエアではよくあるイタズラらしい。
日本で言うとブーブークッションみたいなもんかな?
ただなんだろう……すっげぇ悔しい。
……ブーブークッション作ろうかな。
「ほんで、今度はどんな卑猥な食べ物作っとったんや?」
「なんで卑猥限定だ」
「なんでて、ユレルスキー粒子が薄いところを見ると店長はんおらへんのやろ?」
「なんだよ、ユレルスキー粒子って!?」
「おっぱいが揺れることで空気が振動して自然発生される霧状の散布物や」
「あぁ、アレのことか」
「お兄ちゃん、知ってるです!? 流れ的に絶対存在しない物質だったはずですけど!?」
「……ヤシロは、たまにソッチに流れる時がある」
きっとあれだ、軍事用探査レーダーとかを無効化してくれる有能なヤツに違いない。なんか似たような名前のものをガキの頃アニメで見た気がするし。
「今はマシュマロを作ってたです」
「はむまろ?」
「違うですよ!? ウチの弟みたいなこと言わないでです、レジーナさん!」
確かに、ハム摩呂とかルシアが反応しそうな名前ではあるな……マシュマロ。
まさかレジーナが一番乗りするとは思わなかったけれども。
「ちょっと待ってろ」
レジーナたちを置いて中庭へと向かう。
井戸の底に沈んでいる『冷蔵庫』を引っ張り上げると、金属の箱はひんやりとした冷気を放っていた。
蓋を開けると、一段と冷たい空気が吐き出される。
コーンスターチの中に蹲るふわふわの球体を見つめる。
……うん。こんなもんだろう。
持っていく前に一つ摘まんで味を見る。
…………うん。普通。
しかし、触感も食感もしっかりとマシュマロだ。
とりあえず成功だな。
厨房でマシュマロを小鉢に移して、フロアへと戻る。
期待に満ちた瞳たちに出迎えられる。
「これがマシュマロだ。食ってみるか? まだ試作品だからあんま美味くないかもしれんが」
こっちのゼラチンの具合を調べて、うまくいくようなら中にチョコを入れたり、果汁を入れてギモーブを作ったりしてもいいかと思っている。
だが、今回は基本のプレーンマシュマロだ。
「お兄ちゃん、あたしも食べたいです!」
「……マグダが最優先」
「あの…………出来れば、私も……」
陽だまり亭ウェイトレスの目が爛々と輝く。
モリーもすっかり馴染んでしまっている。
「モリーは、食った分だけデリアの特訓が厳しさを増すが?」
「た、耐えます!」
食った分はしっかりとカロリーを消費するべし。
モリーとジネットは、ハロウィンまでスパルタダイエットなのだ。
……まぁ、食事制限がゆるっゆるなんで、スパルタもなにもないんだが。
「じゃあ食っていいぞ」
「わはは~い!」
「……もぐもぐ」
「マグダちゃん、早っ!?」
ウェイトレス三人娘がマシュマロに飛びつく。
「うはぁ!? なんですかこれは!? 初めて出会う歯応えです! もちもちともふわふわとも違うです……違うですけど、違わないとも言えるです! とろけるような柔らかさでありながらしっかりとした弾力を持ち合わせ、それでいて決して硬くはなく、とはいえ頼りなく形が崩れることもない……まさに、新食感です! これは、新時代のお菓子です!」
「……甘さはやや控えめ……しかし、無限の可能性を感じる味わい」
「不思議だなぁ……ヤシロさんが作るものって、なんかみんな夢の中から出てきたみたいに不思議なものばっかりだ……」
もっきゅもっきゅとマシュマロを頬張っている娘たち。
意見はいろいろだが、総じて楽しそうだ。
ただ……「美味しい」って言葉が出てこないのは、食感が新鮮過ぎてそっちにばっかり意識がいっちゃってるから、か? だよな? 不味くはないよな?
「ほんなら、ウチも一つよばれよかな」
「ほらよ」
腕を伸ばすレジーナの前に小鉢を持っていってやる。
まぁ、こいつの反応は見なくても分かるけどな。
どーせまた、マシュマロをもにゅもにゅ弄くり倒して「おっぱいの感触や!」とか「食べられるおっぱいや!」とか言い出すのだろう。
遅かれ早かれ、絶対誰かが言い出すことだ。
真っ先にレジーナに言われておけば、それ以降は「はいはい、レジーナと同レベルだな」で流せるか。
日の光の中に滅多に出てこない真っ白な指先がマシュマロを摘まんで口へと運ぶ。
よくしゃべるクセに小さい印象を与える口が開かれて、やや大きめなマシュマロが口の中へと消える。
「もくもく……」
静かに咀嚼されるマシュマロ。
「……ぁ、美味しい…………」
そして、静かに漏れ出すレジーナの囁き。
レジーナの唇に細くて白い指が触れ、綻ぶように緩やかに弧を描く。
「ウチ、これ好きやなぁ……」
そんな素直な言葉は、いつもの捻くれ者のイメージを根底から覆すような、なんとも無防備な笑顔からもたらされた。
うっかりと、見惚れてしまうくらいに無邪気な笑みだった。
「ん? …………はっ!?」
じ~っと見つめていると、レジーナがこちらを向いて、はっとして、ぎょっとして、「くゎっ」っと眉根を寄せた。
「み、見事なまでにおっぱいの感触やな! これは、あの、アレや! 食べられるおっぱいや! いや~、さすがおっぱい魔神はんやなぁ、ついにおっぱいを主食にしてまおうっちゅうわけやな、おみそれしたわぁ~、わはは」
などと、嘘くさいおちゃらけを喚き散らして空回りし続けるレジーナ。
予想通りのセリフなのに……まさか、こんな感想を抱くとは予想外だった。
レジーナ……見てるこっちが恥ずかしい。
「照れてるですね?」
「……素の感情をぽろりしたのが恥ずかしかった模様」
「そうなんですか? さっきの笑顔、すごく無防備で素敵でしたよ?」
「レジーナさん、自分の中の『女の子』を見られるのが恥ずかしいですよ」
「……レジーナは、卑猥なくらいがちょうどいい」
「そうなんですか……なんというか……………………」
「ちょっ、なんなん!? 『なんというか』の続き! 『なんというか』言ぅたんやったら、なんか言ぅてんか!? そんな残念そうな目で見んといて!」
モリーの優しさ、「皆まで言うまい」――今のレジーナにとっては生き地獄だろうな。
照れた時は弄ってギャグにしてもらいたい。レジーナはそういうタイプだ。
たとえば、こんな風に。
「レジーナ。俺はこのマシュマロを使って……おっぱいマシュマロを作ろうと考えている!」
「やっぱり考えてたですか……」
「……ヤシロだから仕方ない」
「ヤシロさん…………」
「ほなら、薄ピンクの食紅が必要やね」
「のっかってきたですよ、さっきまで照れてた薬剤師!?」
「……レジーナだから仕方ない」
「レジーナさん…………」
「ただし、少量でいい」
「少量…………なるほど、付加価値、やね!?」
「あぁ、そうだ!」
「つまり、自分が作ろうとしとるんは――」
「「数量限定おっぱいマシュマロ(Dカップ)!」」
「なんで(Dカップ)まで揃えられるです!?」
「……この二人だから仕方ない」
「お二人とも…………」
こうして、四十二区に新しいお菓子が誕生し――同時に大人のためのお菓子作り計画も密かに動き出した。
……とまぁ、こんな感じでな。
やっぱレジーナとは、こういう空気の方が落ち着く。
照レジーナは、見てるこっちの方が恥ずかしくなるから、たまにで十分だ。
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