「ベッコさん。実はわたしたち、モコカさんにお話を伺って見学に来たんです」
「ほぅ、モコカ氏に?」
「はい。ベッコさんがすごく頑張って綺麗な飾りを彫っているから是非見てほしいとおっしゃっていましたよ」
「いやぁ、弟子に言われると照れるでござるなぁ~」
とか言いながら、あれやこれやと説明したいって顔を隠そうともしない。
照れるなら「人目、恥じゅかちぃ!」って穴蔵にでも閉じこもっていればいいのに。
「実は今回、階段と壁に文様を彫っておるのでござるが、ちょっとした試みをしているのでござるよ」
「へぇ~そーなのか。でさ、ジネットって、こういう時にモノマネ挟まないよな」
「拙者の話、流さないでくださらんか!?」
「でも、確かにジネットちゃんってモノマネしないよね? ノーマとかデリアはすぐモノマネ挟み込んでくるのに」
「似てないけどな」
「確かに、似てないよね。ふふっ」
「もう、酷いですよ、お二人とも」
「あぁ……完全に話が掻っ攫われていってしまったでござる……」
ベッコが階段に腰掛けていじいじし始めた。
いい歳した男がいじいじしても可愛くねぇっつの。
「ジネット。いじけてしまったベッコを励ますモノマネを披露してやれ」
「えっ!? モノマネですか?」
「あ、ボクも見たい」
「ぅぇえ!? エステラさんまで!?」
かくして、階段に腰掛けて丸くなるベッコに向かって、ジネットが初披露のモノマネをするという、よく分からない状況が出来上がった。
いやが上にも期待が高まる。
うんうんと頭をひねった後、ジネットが意を決したように口を開く。
「あ、あのっ、げ、元気出して……だよ!」
…………ん?
「…………」(エステラを、じぃ~)
「…………」(首を、ふるふる)
「…………」(小首を傾げる俺とエステラを交互に見て伝わってない感をひしひし感じ取って、はわわ……)
「みっ、みりぃ、だよっ!」
うわっ、名前言っちゃった!
モノマネで一番やっちゃいけないヤツやっちゃったよ。
「どうも、○○です」って、モノマネで一番アウトなヤツなのに。
しかし、驚くほどに似ていない。
というか、特徴すら捉えられていない。
いや、そもそも――
「なんでミリィ?」
「うん、ボクもびっくりしたよ。てっきり、イメルダかノーマでくるかと思ったんだけど」
「だよな? ベッコならそのどっちかだよな。イメルダで罵るか、ノーマで罵るか」
「どっちも罵るんだね……まぁ、分かるけど」
「なぁ、ジネット。なんでミリィなんだ?」
「あの……その…………仲良し、ですので」
「え? ベッコとミリィって仲良かったか?」
「さぁ? あまりそんな印象はないけどなぁ」
「い、いえ…………わたしが」
「お前がかーい!?」
「ひゅむっ! ご、ごめんなさい!」
思わず突っ込んでしまった。
それもコッテコテのツッコミで。
「すみません……才能がなくて……しゅん」
ジネットが壁際で蹲ってしまった。
しなくていい反省をし始めている。そんなに落ち込まなくてもいいのに。
しょーがない。
「ベッコ。お前のせいでジネットがヘコんでしまったぞ」
「拙者、何もしてないでござるよ!?」
「だから、ジネットが喜びそうな建設の裏話を聞かせてやってくれ。こだわりの意匠の話でもいい」
「ヤシロ氏っ! 聞いてくれるでござるか!?」
「ジネットが、な」
「うむ! 心得たでござる! しからば、お聞きいただくでござるよ!」
ピンと背筋を伸ばして、分厚い丸メガネをくいっと持ち上げる。
ベッコの変わりように、ジネットも興味を惹かれて顔を上げている。
俺たちの注目が集まる中、ベッコが咳払いをする。
「壁に刻まれた文様は、大地から伸びる大木をイメージしているでござる」
「イメージで掘れるようになったのか?」
「デザインはイメルダ氏でござるよ。拙者は、それを見たまま立体的に掘っているだけでござる」
イメルダは育ちがいいせいか、芸術的なセンスがずば抜けている。
それを見て彫刻に変換できるってのは、随分とすごい能力のような気がするんだが、なんとも簡単にやってのけやがるもんだ。
「そして、空に向かって伸びる大木は、やがて空へと達するでござる。あの辺りから空になる予定でござるよ」
「四十二区と二十九区を繋ぐニューロードに大木の模様……とどけ~る1号をイメージしたのかな、イメルダは」
「どうかな。でも、材料にすげぇこだわっていたし、あり得るかもな」
「トンネルへ入ると、空は夜空へと変わるでござる」
「それは素敵ですね」
「完成した暁には、是非とも散歩がてら見学してくだされ」
「はい。是非」
とにかくこだわっているらしい壁画と、階段への意匠。
物の数分で食品サンプルを生み出すベッコにしては、時間をかけている。
それだけこだわりが強いということか。
「しかも、この壁画の中には、こっそりとヤシロ氏の顔の彫刻を隠しているでござる!」
「何やってんの!?」
「隠れヤシロ氏でござる!」
「ミッ○ーか!? 誰が夢の王国の住人だ!?」
「ちなみに、一つはここにあるでござる!」
「わぁ! 本当です! ヤシロさん、ここにヤシロさんがいますよ! 見てくださいヤシロさん! ヤシロさんですよ、ヤシロさん!」
「何回『ヤシロさん』言うんだ、ジネット!?」
「へぇ~……あっ、本当だ。よく見ないと見落としそうだけれど、言われるとはっきりいるね」
「人を擬態する虫みたいに言うんじゃねぇよ」
ベッコ曰く、このだだっ広いニューロードの至る所に隠れミッ○ーならぬ、隠れヤシロを紛れ込ませたのだという。
……何してくれてんだよ。
「全部見つけたいです! これは、通わなければいけませんねっ」
「無駄な労力使うなよ。教えてもらえばいいだろう」
「自分の力で見つけてみたいんです!」
……隠れミッ○ーでも、頑なにガイドブックとかを見ないで自力発見にこだわっていたヤツがいたなぁ。
「ちなみに、今造っているこの段は、踏み板の部分に『踏まれてちょっと嬉しいヤシロ氏』の顔を……」
「なぁ、ベッコ。お前って『見た物を見たまま』形に出来るんだよな? 俺、こんな顔したことあったか?」
「はっはっはっ! そこはそれ、様々な表情を掛け合わせて思い描く表情を生み出してみたでござる!」
「その努力、もっとマシな方向に発揮できなかったかなぁ!?」
「ヤシロ氏のみ、なんか新しい物が生み出せるようになったでござる!」
「うっわ、まったく嬉しくない特別扱い!」
とりあえず、ベッコの足下に巨大なノミが転がっていたので、階段の踏み板部分に彫られていた俺そっくりな――しかし決して俺がしたことのない表情をした――忌まわしい顔をそぎ落としておいた。
「ほぉゎおうっ!? なにするでござるか!?」
「ヘコんだとこ、ちゃんと埋めとけよ。危ないから」
「うむむ……まだまだヤシロ氏に気に入っていただける作品は作れていないということでござるな。精進するでござる」
俺そっくりな物を作ってるうちは、気に入られないと心しておけ。
で、精進の方向を間違うんじゃねぇぞ、くれぐれも。
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