異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

358話 なに握りやしょう! -1-

公開日時: 2022年5月15日(日) 20:01
文字数:3,511

「おかえりなさい、ヤシロさん!」

「おかえりなさい、ヤシロさん!」

 

 二人分の物凄くキラキラした瞳に迎えられた。

 言うまでもなく、ジネットと――ベルティーナだ。

 マーシャ?

 マーシャは落ち着いたもんだよ。「あ~、おかえり~☆」だって。

 海魚の新しい料理と言えど、こっちの二人ほどの食いつきは発揮していない。

 

「え~っと、魚は――」

「三枚におろして柵にしてあります」

 

 わぁ、用意がいいこと。

 そういや、手巻き寿司の時に柵にしてから細く切ってたから、それを覚えていたのだろう。

 ジネット、料理には貪欲な女である。

 

「種類は――」

「手巻き寿司の時に、いろいろな具があった方が楽しかったのでたくさん用意しましたよ」

 

 と、手巻き寿司の時に使った魚がズラリと並ぶ。

 いや、持ってくんな持ってくんな。

 厨房でやるから。客前で握ったりしないから。……いや、もういっそ、客前で握るか?

 

「あぁ、そうそう。ワサビが――」

「すりおろしてあります! ついでにガリも準備しておきました!」

 

 え~ん、ジネットの勢いがちょっと怖いよぅ……

 

「……ヤシロ」

 

 ぐいぐい迫るジネットに気圧されていると、マグダが俺の背後に来てぽそりと呟く。

 

「……店長は扱い方を誤ると暴走するので要注意」

「うん、ごめん。まだ匙加減がよく分かってねぇんだ」

 

 俺はちょいちょいジネットを暴走させちまってるからなぁ。

 

「ナタリアは?」

「仕事があるとかで、荷物を置いたらすぐどこかへ行っちゃったですよ」


 ナタリアが見当たらなかったので尋ねたら、ロレッタが教えてくれた。

 あいつも、明日に備えて東奔西走するんだろうなぁ、今日一日。

 ウィシャート家の秘密通路に行く時、ナタリアに護衛してほしかったんだが、難しいかもしれない。

 となれば、頼れるのはこいつくらいか。


「なぁ、マグダ。あとでちょっと付き合ってほしいんだが」

「……店長が許可すれば可」

「少し危険なミッションなんだが」

「……なら、なにはなくともマグダがついて行くべき。ヤシロは、マグダが守る」

「助かるよ。まぁ、危険にならないように、マグダに付いてきてほしいんだけどな」

 

 ウィシャートの館に通じる隠し通路や抜け道の鍵取り換えミッション。

 人がいそうな場所は避ける。いないところはこっそり鍵を付け替える。

 そのために、マグダには索敵能力を遺憾なく発揮して、敵を避けに避けまくってもらいたい。

 

「……そういうことなら任せて。マグダの耳と鼻と可愛いエンジェルスマイルで敵を発見してあげる」

「頼りにしてるぞ。エンジェルスマイルでどうやって敵を発見するのかは知らんけどな」

「……こうする。…………にこっ」

「ぐはぁぁあ! エンジェルスマイルのマグダたん、マジ天使ッス!」

「……このように」

「そいつ、敵だったのか」

 

 マグダが口角を微かに持ち上げた瞬間、ウーマロが倒れながら陽だまり亭に入ってきた。

 なんつー絶妙なタイミングだ。

 つか、お前は港の工事に全力じゃなかったのかよ。さぼってんじゃねぇよ。

 

「あぁ、そうだヤシロさん。これ、ウィシャートの館の見取り図最新版ッス」

 

 床に倒れ伏すウーマロが懐から一枚の紙を取り出し手渡してくる。

 

「見取り図最新版って……どうしたんだよ、これ?」

「さっき、リベカちゃんがオイラのとこに来て、情報をくれたんッス。あれから、ウィシャート家の周りをうろうろして、人の足音が聞こえる『おかしな場所』を調べてくれたみたいッス」

「リベカ、そんなことまでしてくれたのか?」

「嬉しかったみたいッスよ。ヤシロさんに頼られて。それで、『ウィシャートの館を丸裸に出来るのはわしだけなのじゃ』って、張り切ったみたいッス」

 

 そうか。

 確かに、リベカの耳なら地下を歩く足音くらいは聞き取れるだろう。

 けど、危ないことをしたもんだ。不審がられたら、兵でも差し向けられかねないというのに。

 

「それで、いくつか判明した抜け道を見て、『だったらここにも抜け道がないと不自然ッスよね』ってところに予測の抜け道を追加したのがこの見取り図なんッス」

 

 リベカの調査と、ウーマロの知識から、ウィシャートの館の抜け道がほぼ網羅された。

 館から四方八方、十六方に延びる通路。

 ウーマロの予測は、おそらくいい線を行っているだろう。見取り図を見れば、まさに完璧と言わんばかりに均整の取れた設計であることが分かる。

 要塞の設計図を見せられているような気分だ。

 

 だからこそ、少々胡散臭い。

 これで完璧だ、という思い込みのその裏を突いてくるのがウィシャートという男だ。

 これにプラスもう一本、誰も知らないような抜け道を持っているような気がしてならない。

 そして、その一本が最も重要な通路になっている。そんな気がする。

 

 根拠もある。

 この見取り図の抜け道は、どれも館の外に繋がっているものばかりだ。

『BU』の監視を潜り抜け、十一区と繋がる抜け道がない。

 ウィシャートほど用心深い男が、館以外の、『自分の目が届かない場所』に、そんな重要な通路を設置するだろうか。

 

 言い方を変えるなら。

 そんな重要な通路から離れた場所で、あの臆病者のウィシャートが安心して暮らせるだろうか。

 

 見つかれば破滅するかもしれない重要な抜け道だ。

 絶対に館の中に出入り口が隠されている。

 

 そう思えてならない。

 

「まぁ、参考にさせてもらうよ」

「はいッス。でも、予測のところは話半分くらいで思っておいてくれればありがたいッス」

「半分ってことはないだろう? 出口になりそうな場所の当たりを付けるために、お前も館の周りを探ってくれたんだろ?」

 

 館の外。ウィシャートが抜け道の出口にしていそうな建物がきっちりと調べ上げられている。

 ウーマロたちもリベカとは別に調査をしていたという証拠だ。

 

「もともとは、オイラたちがウィシャートの誘いを蹴ったことで組合をけしかけられたッスからね。これくらいはやらないと……」

「ま、ウィシャートのねちっこい性格は今に始まったことじゃない。あんま気にするな。貴族の顔色を窺って、お前らが自由に仕事できなくなる方がこっちにとっては痛手だ」

「やはは……。ヤシロさんにそう言ってもらえると、安心するッス」

 

 トルベック工務店とのことがなくても、ウィシャートとはぶつかっていただろう。

 あいつの考え方は、基本的に侵略ありきだからな。

 

「それじゃあ、オイラの話はもういいッスから――」

 

 ウーマロが立ち上がり、苦笑いで俺の後方を指さす。

 

「――店長さんとシスターが待ちきれないようッスから、そっちの対応をしてあげてッス」

 

 うん。

 なんか途中から物凄い圧は感じてたんだ。

 話の腰を折るようなことはしないからなぁ、二人とも。

 でも、我慢にも、限度ってもんがあるよねぇ。

 

「じゃあ、やってみるか、にぎり寿司」

「はい!」

「ぜひ!」

 

「やりたい」と「食いたい」が同時に飛んできた。

 似た者母娘め。

 

「ロレッタ、カンパニュラ、テレサ。手伝ってくれるか?」

「もちろんです!」

「何をすればよいでしょうか?」

「おてちゅらいー!」

「ロレッタはフロアのレイアウト変更を頼む。カンパニュラとテレサは接客だ。これから来る客に事情を説明してやってくれ」

「事情を説明、ですか?」

「あぁ。いつもの陽だまり亭とは雰囲気が変わっちまうから、その説明と――」

 

 そして最も重要なのが。

 

「まだにぎり寿司を店で出すわけにはいかないから、うまく従来のメニューを注文するように誘導してくれ。にぎり寿司は港の工事完成イベントで食わせてやるからと気を持たせ――本番当日はじゃんじゃん食ってじゃらじゃら金を落とすように誘導……いや、宣伝しておいてくれ」

「なるほど、責任重大ですね。善処してみます」

「がんばぅ!」

「デリア」

 

 そして、陽だまり亭を頼むと言ったらちゃんとここに残ってくれていたデリアにも仕事を振る。

 

「ある程度寿司が出揃うまでベルティーナを抑えててくれ」

「えぇ……荷が重いなぁ」

 

 頼れるデリアが見せた、非常に珍しい業務への不服である。

 重労働だもんな、これ。

 

「大丈夫ですよ、デリアさん」

 

 言って、ジネットがベルティーナに告げる。

 

「いい子にしてないと、お寿司抜きですからね」

「はい。いい子にしています」

 

 にこにこと微笑み合う母娘。

 ……いや、お前らは好きなことになると結構暴走するからな? 自覚ないのかもしれないけれども。

 

「ヤシロぉ。なるべく急いでくれよな?」

 

 デリアがベルティーナの真後ろに立って不安げに言う。

 デリアも、この似た者母娘の暴走癖は理解しているようだ。

 ベルティーナは言わずもがな、ジネットも足つぼとかビーフカツレツとかいろいろやらかしてるからなぁ。

 

「じゃあ、『鮨処・陽だまり亭』臨時オープンと行くか」

 

 テーブルを横に並べてくっつけた長めのカウンター席の前で宣言する。

 まぁ、カウンターと呼ぶには低いけどな。

 

 

 

 

 

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