「ヤシロ~」
ナタリアと一緒にエステラが調理場へとやって来る。
設営をしていた者たちとミーティングをしていたようだが、終わったらしい。
「なんか、すごく甘い香りが……わっ!? なにこれ、かわいい!」
「んじゃあ、優勝賞品にするか」
「いいね。これならみんな欲しがるんじゃないかな」
「味は、チョコのかかった焼きリンゴだけどな」
「あはは。まぁ、そこはいいんじゃないかな、普通で」
これまでの陽だまり亭の新メニューは、見てびっくり、食べて感動というものが多かったが、今回のお菓子は普通の味だ。想像の範疇を超えない。
それ故に、各ご家庭で好きなように作ってくれればいい。
「あ、そうだ。イベントなんだけどさ、最初にお菓子のデモンストレーションをやって、そのあとでオバケコンペってことになったから」
「商品を先に見せておいて、参加者のやる気を煽ろうって魂胆だな」
「へへ、正解」
その方が盛り上がるだろう。
無難な選択だ。
お菓子につられて飛び入り参加してくれてもいいしな。
「それじゃあ、ジネット、マグダ、ロレッタ、パウラ、しっかり頼むぞ」
陽だまり亭三人娘と、約束通りパウラがあんドーナツの作り方を実践する。
ジャムやクリーム、ピーナッツバターは行商ギルドから購入してもらうことにして、今回教えるのはあんドーナツとカレードーナツだ。
俺とモリーはその間にべっこう飴とカルメ焼き、大学芋の準備をしておく。
芋を素揚げして、「揚げたサツマイモがこちらです」的な演出のための下準備だ。見せるって大変なんだぞ、結構。
ついでに、リンゴ飴の作り方も教えておくか、簡単だし。
そうして、準備を進めているところへ、方々へ散っていた顔見知りたちがぱらぱらと集まってきた。
デリアに水槽荷車を押されながら大漁をアピールしているマーシャがやって来て、ハビエルやウッセも一緒に会場入りした。
こいつらは朝から晩酌のためのカニを獲りに行っていたチームだな。おーおー、ハビエルの嬉しそうな顔。そんなに楽しみか、カニが。
「ヤシロ。あたい、なんか手伝うことあるか?」
「それじゃあ、マグダの助手として、悪魔のポップコーンを頼む」
「悪魔のポップコーン!?」
単に食紅で色を付けただけのキャラメル&ハニーポップコーンだけどな。
ちょっと試してみた結果、赤と青と紫、あと緑が綺麗な色に染まった。なかなかドギツイ色合いで見事に食欲をなくす、いい見栄えだ。
程なくして、少々顔色の悪いノーマと、すこぶる元気そうなルシアが一緒にやって来る。
ギルベルタは平常運転。
「……頭、痛いさね…………」
ノーマは二日酔いのようだ。
「大丈夫か、ノーマたん? 尻尾をもふもふしてやろうか?」
「それ、あんたにしかメリットないさね……」
二日酔いの影響か、一晩飲み明かしたせいか、ノーマのルシアに対する態度が随分とおざなりになっている。一晩一緒にいると分かるよな。ルシアに遠慮はいらないって。
「すぐ酔って、すぐ覚める、ルシア様のお酒は」
「いいことだな。……本人的には」
「その通り思う、私も。しかしながら、堪ったものではない、周りの人間は」
すぐに酔っぱらって、散々騒いで、翌日一人でケロッとしている。
俺だったら殴ってるかもしれないくらい、イラッてするだろうな。
「カタクチイワシ。何か手伝ってやろうか?」
「今すぐ三十五区へ帰ってくれるのが一番助かるよ」
「不可能だ!」
「不可能ではないはずだ!」
「実際不可能思う、連れて帰るのは、ルシア様を、こんな楽しそうなイベントを目の前にして」
ルシアの気持ち一つじゃねぇか。
「おぉ!? これはなんだ、カタクチイワシ!? 可愛いではないか! もらってやろうか?」
「お前はどこのジャ○アンだ?」
俺の物はお前の物じゃねぇんだよ。
「そいつは賞品だ。お前にはやらん。どうしても欲しければハロウィン当日まで待つか、コンペで優勝しろ」
「ふふん、面白い。では私も参加してやろうではないか、そのコンペとやらに!」
こいつ、ルールは把握してるんだろうな?
「三十五区には恐ろしい魔物の伝承があるからな……チビるなよ、カタクチイワシ」
「貴族の婦女子が『チビる』とか言うな」
「その昔、夕暮れ時に一人で遊んでいた虫人族の女の子が忽然と姿を消したのだ……」
「その犯人、お前じゃねぇの?」
「馬鹿者! 私の場合はきちんとご両親に許しを得てからさらうわ!」
「さらうんじゃねぇよ!」
「さらいたいです!」って言って「どうぞ」って許す親なんかいるかよ!
「少女をさらったのは『シャドー』という魔物だ。……小さな少女の足元に長く不気味に伸びた影の魔物が現れて、その暗い影の中に引きずり込んでしまうのだ」
なるほど。
夕暮れ時に影が伸びるところから発想を得たオバケ話か。
小さな子供でも、夕暮れ時の影は長く伸びる。時には本人の身長よりも。
そんな現象を不気味と捉え、なおかつ影が伸びるような時間まで外で遊んでいると危険だとガキどもに教えるための教訓話でもあるわけか。
よく出来ているじゃねぇか。
「どうだ、驚いたか? その可愛いお菓子を寄越せ」
「舞台の上でしゃべれ。今じゃない」
「なぜそれを先に言わぬ!? まったく! 無駄な労力をはたいてしまった! 賠償を請求するぞ! ミリィたんすりすり券を寄越せ!」
「ぇっ!? む、むり、です!」
ミリィが俺の裾をつかんで背後に隠れる。
やっぱ、虫人族さらった犯人、こいつじゃね?
「ルシアさん。ヤシロはともかく、他の領民には迷惑をかけないでくださいね」
「こら、エステラ。なぜ俺を除外した」
俺にこそ心を砕けよ。
「ふん。まぁいい。今の反応を見る限り、いい線は行くであろう。舞台という衆人環視の中で話すのは私の得意分野だ。少し盛って、四十二区の者たちを恐怖のどん底に突き落としてやるとしよう……ふふふ」
本気でオバケリンゴを狙うらしく、ルシアは「作戦会議をする」とギルベルタを連れて人気のない方へと歩いていった。
……大丈夫かなぁ? ギルベルタさらわれないかなぁ?
不安に駆られる俺とは対照的に、エステラは遠ざかるルシアを見送って笑みを漏らした。
「ふふ。今みたいな楽しい話がたくさん聞けるといいね」
「そうだな。被らなきゃいいけどな」
「あぁ……それは、なんとも言えないね」
必死に練習しても、話が被ると興覚めだ。
そこは精霊神にでも祈ってもらうしかないが。
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