異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

376話 お夜食作り -1-

公開日時: 2022年7月28日(木) 20:01
文字数:4,061

「手伝おか?」

 

 ジネットがレシピを書きながらいろいろ質問してくるので、材料だけを準備してフロアでタコスを作っていると、レジーナがそんなことを言ってきた。

 

「おい、変な薬入れられないように見張っといてくれよ」

「入れるかいな、そんなもん!」

「『精霊の――』」

「ムラムラトキシン飲ませたろか、ホンマに」

 

 なんだその聞くからにいかがわしい薬は。

 破棄しろ、レシピごと、歴史上から。

 

「お料理しているのを見ると、一緒にやりたくなりますよね」

 

 と、ジネットがうずうずしている。

 若干、筆が遅くなってんだよな。

 レシピ、俺が書いた方がいいかもしれんな。

 

「代わるか?」

「いえ。一度引き受けたお仕事ですから」

 

 レシピを書くのは割と好きなようで、時折ジネットから鼻歌が聞こえてくる。

 

「……え、なに? 店長はん、どっかの部族の戦士の霊でも慰めようとしてはんの?」

「おそらく、ベルティーナがよく歌っていた子守歌かなんかだ」

 

 ジネットは他所の部族の鎮魂歌なんか知らないと思うし。

 まぁ、聞こえてくるメロディーだけを聞いていれば鎮魂歌にも豊作を願う歌にも聞こえるけども。

 

 レジーナの覚束ない手つきにあれこれアドバイスを出し、タコスを量産していると、ノーマが一人で帰ってきた。

 

「よぉ、おかえり」

「あぁ、ヤシロたち帰ってたんかぃね」

「カンパニュラは?」

「テレサの家にお泊まりさね」

 

 なんでも、ヤップロックが「いつもテレサがお世話になってばかりで申し訳ない。今日は是非ウチでおもてなしをさせてほしい」と言い出し、テレサがそれを聞いて瞳をキッラキラさせて「おとまぃ! してって!」とカンパニュラに甘えたらしい。

 俺やジネットの許可を得てからと、カンパニュラは一度断ったが、それをノーマが強引に却下したようだ。

 

「アタシがヤシロたちに言っといてやるから、カンパニュラは泊まっておいきなってね。だから、カンパニュラを叱らないでやっておくれな。悪いのはアタシだからね」

「悪くなんてないですよ。カンパニュラさんも、きっと素敵な夜を体験されると思います」

「バルバラはどんな様子だった?」

「たぶん想像通りさね。テレサの親友だからって、全力で可愛がるって言ってたさよ」

 

 まぁ、確かに想像通りだな。

 可愛がりが行き過ぎなきゃいいけどな。

 

「とはいえ、きっとカンパニュラはずっと気にしちまうだろうから、あとで顔を見せてくるよ。そうだな、明日の朝に食えるスイカでも持って」

「そうですね。明日はゆっくりとして、午後からの出勤ということにしてもらいましょうか」

 

 そう決めると、夜食を急ピッチで作っていった。

 

「ヤシロさん。カンパニュラさんがお風呂に入られる前に行ってあげてくれますか?」

「そうだな。これを作ったら行ってくる」

「わたしの分も、おやすみなさいと言っておいてください。いい夢を見られますようにと」

「おう。伝えとく」

 

 おにぎりをマグダとロレッタに任せ、ヤップロックの家へと向かう。

 日が落ちると、少し肌寒くなる。

 こりゃ、スープにとろみをつけて熱々にしてやった方がいいな。

 

「ヤップロック、いるか~」

「おぉ、これはこれは、英雄様」

 

 ヤップロックの家は相変わらずの平屋で、簡素な作りだった。

 ただ、しっかりと建て直されて、台風が来てもなんの心配もないくらい丈夫になっている。

 

「カンパニュラが世話になるな」

「いいえ。とてもいい子で、なんの手もかかりません。むしろ、テレサとシェリルが迷惑をかけているくらいで」

 

 ヤップロックの口調を聞けば、テレサが本当に家族として受け入れられていることが分かる。

 妙な遠慮がなくなり、言葉の中にしっかりとした愛情を感じられる。

 

「これ、ジネットから。冷やして食ってくれ」

「おぉ、スイカですね。トットが大好きなんです。ヒューイットさんのところの弟さんと仲良くしていただきまして。え~っとたしか名前が……え~っと……」

「いや、いいや。あの弟妹に関しては名前を覚えるとか不毛だから」

 

 トットは、年齢の近いハムっ子とよく遊ぶようになり、ハムっ子農場で野菜をもらうこともあるのだそうだ。

 

「カンパニュラは?」

「今は庭で湯浴みをしていると思います」

「あぁ、タイミングが悪かったな」

「上がって行かれますか?」

「いや、まだ仕事があるからな」

 

 でも、カンパニュラの顔くらいは見て帰りたいな。

 

「おそらく、もうすぐ上がってくると思います。我が家もいつかはお風呂を、と思っているのですが、なかなか……」

「いや、お前らなら余裕だろう」

 

 どんだけ貯金する気だよ。風呂くらいすぐ作れるだろうに。

 

「ウチには可愛い娘が三人もいますから、結婚資金をしっかりと貯めてやらないと」

 

 と、嬉しそうに笑うヤップロック。

 マジで大事にしてんだな、全員のことを。

 

「特に、バルバラはもう少しかなと、そんな気がしているんですよ」

 

 小さな手で頭をかくヤップロック。

 バルバラの結婚式で号泣するヤップロックの姿が容易に想像できる。

 もうさん付けもなくなり、きちんと父娘の関係を築けているのだろう。

 

 間違った時に真剣に叱ってくれる父親だもんな。

 普段は頼りなく見えるが、こいつは意外と頑固だからな。

 

「ゴロッツが婿に来てくれれば、ウチは安泰ですね」

「バルバラの相手はゴロッツがいいのか?」

「いえ。バルバラが選んだ相手が一番いいです」

 

 けれど、端から見ていると二人はいい雰囲気らしい。

 へ~、そ~。

 

「おや?」

 

 ふいに裏庭の方が騒がしくなり、ヤップロックが裏庭の方へ視線を向ける。

 俺もつられて視線を向けると――

 

「ま~て、テレサ! ちゃんと拭いてからじゃなきゃダメだろ!」

「おねーしゃ、こっち~!」

「よぉ~し、捕まえるぞ~!」

 

 ――テレサとバルバラが追いかけっこをしていた。

 

 体にバスタオルを巻いただけのバルバラとテレサが視界に飛び込んでくる。

 ので、すぐに視線を逸らした。

 

 ……めっちゃ肌色だった!?

 

「うひゃぁああ!? 英雄!?」

「えーゆーしゃ!」

「え、ヤーくんが来られてるのですか?」

 

 裏庭から賑やかな声が聞こえてくる。

 

「えーゆーしゃ!」

「待てテレサ! 服着てから! ふく……ふきゅぅううううぁぁああああ!?」

「あ、あの、バルバラ姉様。バスタオルを巻いていたので大丈夫ですよ。ね、落ち着きましょう。大丈夫ですから」

「だっ……ぃ……じょうぶ、じゃ……にゃぁぁあぃ…………っ!」

 

 声だけで、バルバラが真っ赤になっているのが分かる。

 くぅ……っ!

 出会った頃は「おっぱいくらい見せたって平気だろ?」とか言ってたのに。

 

 成長したんだなぁ、バルバラも。

 

「……ヤップロック」

「あ~……はは。結婚は、まだまだ先かもしれませんね」

 

 困った子だと、ヤップロックは頭をかく。

 ちゃんと躾けろ。マジで、ちゃんと躾けろ! な!?

 

 

 それから、家から離れて畑で待つ。

 

「ヤーくん」

 

 寝間着に着替えたカンパニュラが駆けてくる。

 

「申し訳ありません。ご足労をおかけして」

「いや。カンパニュラの顔を見て安心したかっただけだから」

「ふふ。私も、ヤーくんのお顔を拝見できて安心しました。お揃いですね」

 

 こんなもん、同年代の女子に言われたら、一瞬で勘違いしちまうっつーの。

 

「こっちのことは気にしなくていいから、ゆっくりしていけ」

「はい。お言葉に甘えさせてもらいます」

「陽だまり亭以外の仕事も経験するといい。明日は夜までに帰ってくればいいから」

 

 ジネットは昼までにって言ってたが、まぁ好きな時に帰ってくればいい。

 

「おそらく、それでは私が寂しくて我慢できなくなると思いますので、夕方までには戻りますね」

 

 少し畑のお手伝いをして、バルバラと少し遊ぶらしい。

 テレサと血を分けた唯一の家族。

 テレサを受け入れ育てる、今の家族。

 それを、カンパニュラは感じてみたいのだという。

 

「バルバラが変なこと言ったら殴っていいからな」

「とても素敵な方ですよ、バルバラ姉様は」

 

 カンパニュラに言わせれば、誰だっていいヤツになっちまう。

 本当に、ジネット二世みたいだな。

 

 なら、こいつの瞳には、なるべく綺麗な世界を映し続けてやりたい。

 

「カンパニュラ」

 

 厳しい現実を見るのは、もっと大人になってからでいい。

 

「三十一区でデカい事業を始める。それが成功すれば、外周区と『BU』が三十区の味方になる。四十二区だけじゃなく、お前の周りは味方だらけになる」

 

 お前が自由にのびのびと、お前の望む世界を作れるように。

 

「どんな未来も思いのままになるから、今から楽しみにしとけ」

 

 ぽんっと、頭に手を乗せようとしたら、それより先にカンパニュラが俺の胸に飛び込んできた。

 

「ありがとうございます。こんなに大切に守られていると、実感できる――それが、何より心強いです」

 

 ウィシャートに与えられた恐怖や苦痛を抱え、一人で懸命に生きようとしていたカンパニュラ。

 今度からは、もっと素直に甘えられるようになればいい。

 

 そして、可能性をどこまでも伸ばせばいい。

 

「デッカくなれよ、カンパニュラ。世界中の誰一人、お前の自由を侵害できる者はいない」

 

 まっすぐ過ぎるカンパニュラには、これくらいダイレクトな言葉の方が響くだろう。

 ――と、思ったのだが。

 

「それは、お胸の話ですか?」

 

 なんて、どこで覚えたのかそんな冗談をいたずらっ子な顔で言い返された。

 

「そうなってくれると、個人的には大歓迎だけどな」

「ふふ……では、誠心誠意努力します」

 

 言って、俺から離れる。

 まだ濡れている髪を手で二度梳き、ぺこりと俺に頭を下げる。

 

「おやすみなさい、ヤーくん」

「あぁ、おやすみ。それから、ジネットも『おやすみ』ってさ。それと、『いい夢を見ろよ』って」

 

 するとカンパニュラは嬉しそうに微笑んで、大きく頷く。

 

「では、今夜はヤーくんとジネット姉様に存分に甘える夢を見ますね」

 

 そんなことを言って、家の中へと入っていった。

 ドアが閉まる間際、小さい手をばいばいと振って。

 

 無邪気なことで。

 

 いつか、カンパニュラが大人になって、俺がウィシャートやゴッフレードにしたことを知り、理解した時、あいつはどんな顔をするだろうか。

 

 やっぱ俺は親にはなれないな。

 後ろめたいことが多過ぎだ。

 

 いい子にしろなんて、口が裂けても言えねぇもんなぁ。

 

 

 

 

 

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