砂時計に視線をやると、さらに十三分が経過していた。もうすぐ、砂がすべて落ちきる。
「おい、そこの大きいヤツ」
俺は、俺を睨む大男に声をかける。
「そろそろ二時間が経つけどさぁ……」
俺はアゴで砂時計を指して問う。
「お前今、どっちの連れだ?」
「…………はぁ?」
「いや、『はぁ?』じゃなくて。十七分『ごと』にどっちかの連れに変わってんだよな?」
大男が、分かりやすく狼狽する。怒りで熱せられた脳みそがパニックを起こしている様がありありと伝わってくる。
「いや……」
「ん? 違うのか? どっちの連れでもないってんならまったくの部外者だから、今すぐ出て行ってもらうぞ?」
大男は焦ってロン毛へと視線を向ける。
ロン毛に意見を仰ごうってのか。まぁいい。好きにやれよ。
「たしか最初は、そっちの大男の方の連れだったっけな? それでいいか?」
ロン毛が砂時計を見る。
そして盛大に顔を顰める。……あ、やっぱそうなんだな。
思わず、笑みが漏れる。
「よぉし。じゃあ、お前たちにヒントをやるよ」
そう言って、俺は砂時計の横に立つ。そして、中の砂が下から二つ目の線を越えたところで再度口を開く。
「あとちょうど一分で二時間マイナス一分……つまり、百二十マイナス一で百十九分だ」
数字の羅列に男たちはもちろん、ロン毛までもが狼狽の色を見せる。頭の中が相当こんがらがっているようだ。
「そして、百十九割る十七は、七だ」
単純な割り算なのだが……やはりこいつらには難しいみたいだな。顔面のしわが見る見る増えていく。
「従って、今は『七度目』の十七分間というわけだ」
『七度目』を強調して言ってやると、ロン毛はハッと顔を上げる。
「最初はお前からだったから……」
言いながら、ロン毛は大男を指さす。そして「一回」と自分に指を向け、「二回」とまた大男を指す。あとは自分と大男を交互に指さしていき、七回目に止まった先は自分自身――ロン毛だ。
「――っ!? オレだ! なぁ、お前ら、オレの連れだよな!?」
「え、あ……はい! そうっす!」
「オレもっす!」
「自分も!」
次々に大男が「自分はロン毛の連れだ」と、口にする。
そうこうしている間に、砂はサラサラと落ち最後の線を超える。五十九分だ。
「オレもです!」
「自分も!」
五十九分を越えたところでそう言ったのはわずか二人だけだった。
「あぁーっと、惜しいっ!」
俺は思わず指を鳴らした。
「くっ! ノロマが! どん臭いんだよ、テメェら!」
ロン毛が言い遅れた二人をなじる。
責められている二人は肩を落とし、俯いてしまった。
あぁ、なるほど。そういう勘違いね。
いやいや。逆だから。
んじゃまっと、俺はここいらで種明かしをしてやる。
「たった今、八度『目』の十七分が始まったな」
俺は、冷や汗を掻きながらも勝ち誇った顔でこちらを見るロン毛に、今度は『目』を強調して言ってやる。
と、ロン毛が違和感に気付いたように、眉を顰めた。
「一度目の十七分がそっちの大男の方の連れだったのだから……」
俺は大男を指さし「一」と告げると、今度はロン毛を指して「二」と続ける。
そのままロン毛がしたように交互に指しながら「三、四、五、六、七……」と数を数え、「八」と言ったところでその指を止めた。
「八度目である今からの十七分は、お前の連れじゃなきゃルール違反だ」
指先の方向にいる人物――ロン毛に、俺は満面の笑みを向けて言ってやる。
「だから、さっきのターンでロン毛の連れだって言ったヤツは全員出て行け。いや~、全滅するかと思ったんだが、二人残っちまったなぁ。残念残念」
「んな……っ!?」
ロン毛は目を見開いた後、眉間に深いしわを刻み込んだ。
「……てめぇ、はめやがったな?」
「なんのことだ? 俺は曖昧だったルールを明確にして、開始時間を宣言しただけだぜ?」
それも、今日限りのルールだとまで明言している。
お前たち専用のルールだってな。
「あとは簡単な計算が出来れば間違えることなんかないはずだし、そんな計算すら出来ないようだったからヒントまでくれてやったんだぞ。『七度目』ってな」
それを『七回切り変わった』と勘違いして、大男からではなく自分から数え始めたのはロン毛自身だ。
「……おいおい、怖い顔で睨むなよ」
邪悪な瞳で俺を見つめるロン毛を、小馬鹿にするように嘲笑って言ってやる。
「お前らが勝手に決めたルールに乗ってやったんだぜ? 感謝してもらいたいくらいだな」
このルールを言い出したのはロン毛たちだ。
俺が時間を決めていいというのも、それを超えたら出て行くというのもな。
「じゃ、長居した連中はさっさと出て行ってもらおうか」
「おい、待て! やっぱりそいつらはオレの連れじゃねぇ! よく考えたら……」
俺は腕をまっすぐ伸ばして見苦しく言い訳をしようとするロン毛の鼻っ面を指さす。
「ん? なんだって?」
「…………くっ! なんでもねぇよ!」
言葉とは、口に出した瞬間、そして文字に書いた瞬間、責任が生じるものなのだ。
自分の発した言葉が独り歩きして、自分の思いもよらない場面で使われることもある。だが、その責任は発した者が背負わされるのだ。
何十年も前の失言を延々責められ続けるなんてことはざらだ。
ついさっき、テメェが自分で言った言葉だ。責任は取ってもらわねぇとな。
「さぁ、営業の邪魔になるんでお引き取り願おうか?」
優雅に腕を振り、ドアへとお客様の『お連れ様』を誘導する。
口を閉ざし俺の動きを見つめていたロン毛は、舌打ちをした後で大男どもに言った。
「………………おい」
「……へい」
短いやり取りの後で男どもが食堂を出て行く。
その際、ドアの脇に立つ俺を思いっきり睨みつけて。
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