「にくー!」
「うまー!」
「こら、行儀が悪いですよぐもぐ」
「他人のこと言えねぇよ、ベルティーナ」
大量に焼かれる餃子に、ガキどもは大はしゃぎをしていた。
厨房でじゃんじゃん焼いてもよかったのだが、昨日は日が暮れる前に帰らされたガキどものためにと、ジネットが屋台での調理を提案した。
ミニお祭りを教会で開催したいのだそうだ。
「……お祭りと言えば、甘いお菓子も必須」
マグダが張り切ってハニーポップコーンを作っている。
「は~い、ツナマヨおにぎりですよ~! ご飯もしっかり食べるです!」
屋台の隣では、ロレッタがじゃんじゃかおにぎりを量産している。
「はぁ~……塩むすびおいし」
「お前は、ほんとプレーン好きだな」
「素材の味を知るんは、薬草を見極めることに似とるからかもしれへんなぁ」
「味覚が年寄り臭いんじゃないか?」
「失敬やなぁ」
塩むすびをお茶で流し込むレジーナの視線が、庭に出したテーブルではしゃぐエステラに向かう。
「ねぇ見て、大発見! 餃子にマヨネーズ付けて食べるとすっごく美味しい!」
「あれが、若い舌かいな?」
「いや、あれはバカ舌だな」
あいつは分かりやすい味が好きだからなぁ。
領主の仕事を終えて一晩陽だまり亭に泊まったら、すっかり田舎の残念娘に戻っちまったな。
「ルシアさ~ん、おかわり持ってきてあげたよ~」
「うむ。感謝する、義姉様」
「ルシアさん、はい、マヨネーズ!」
「ありがとう、義妹よ。エステラの言っていた食べ方を試せということだな。さて、美味しいだろうか?」
「おいしーかなー?」
「さぁ、どうであろうな、義弟、義妹、義兄様」
「ルシアさん、ハム摩呂基準で年上年下的確に見極めるのやめてです!? なんか本気度が恐怖の域に入ってきたですよ、最近!?」
「「「ルシアさん、おねーちゃんになるー!」」」
「よっし、ご家族の許可ゲット!」
「出してないですよ!? 幼い弟妹手懐けて既成事実積み重ねていく手法禁止です!」
ロレッタがルシアに群がる弟妹を追い払う。
これは、時間の問題だろうか……
「どうせなら、カニぱーにゃのお婿さんにでもなってくれた方が、気が楽でいいです」
「ほほぅ、戦争か。エステラよ、そなたはどちらにつく?」
「仲裁しますよ。くだらないことで戦争しないようにって」
後に、ハム摩呂戦争と呼ばれる大戦だった。
とか、シャレにならんからやめとけ。
「私などでは、ハム摩呂さんに失礼ですよ」
そんなことはないと思うが、まぁ、カンパニュラとハム摩呂がくっつくことはないだろう。
あいつが領主の配偶者とか、一切想像できん。
「ハム摩呂さんの功績を考えると、ルシア姉様やエステラ姉様くらいすごい領主の方でなければ釣り合わないかと」
「え、ボクは遠慮しておくよ」
「では消去法で私が適任だな! 見事な理論だカンパニュラ。今後も領主として末永い協力体制を取ろうではないか!」
「いいか、カンパニュラ。あぁいう大人にだけはなるなよ」
「どういう意味だ、カタクチイワシ!」
そのまんまの意味だよ。
「ルシア姉様には憧れますが、私にはすでに目標と定めた方がいますので、その方のような大人になりたいと思います」
「え、それって、もしかしてボクかい?」
「じゃあ、胸に鉄板を押し当ててぎゅうぎゅうに縛り上げないと――」
「そんな方法でボクみたいにはなれないよ!」
え? エステラに憧れるって、オールブルーム随一の硬度を誇りたいってことじゃないのか?
「エステラ姉様のようになれるのなら、是非そうなりたいですが、残念ながら私には遠く困難な道になるでしょう。微笑みの領主様の躍進は、このオールブルームを揺るがすほどに大きな波になっておりますから」
「本人は一切揺れないのに?」
「ヤシロ、うっさい」
「……一番揺れないエステラが、国を揺るがす?」
「マグダもうっさい!」
「エステラさんは――」
「ロレッタうっさい」
「まだ何も言ってないですのに!?」
揺れないしブレないエステラである。
「かにぱんしゃ、だれみたいなおとなに、なぅの?」
「ジネット姉様です。少しでも近付けるように日々努力しているのですよ」
「じゃあ急がないとな。ジネットは九歳の頃には『ぼぃ~ん』だったからな」
「ヤシロさんっ!? もう、懺悔してください!」
「確かに、ジネットが九歳の頃はもう随分と――」
「シスターまで何を言ってるんですか!? もう、シスターもヤシロさんと一緒に懺悔してください」
おぉ!?
ベルティーナが懺悔を強要されるのは珍しいな。
昔話になると、ベルティーナはよくジネットをからかうからなぁ。
「ジネット姉様のお可愛らしさまではマネ出来ないでしょうが、ジネット姉様のような優しい領主になりたいと思います」
「あーし、なたりあしゃに、なぅ!」
「では、寝る時は全裸で……」
「ナタリア、ハウス!」
テレサに憧れられているという給仕長が、主に首根っこを掴まれて引き摺られていく。
あれを目指すのか?
「私は、お料理上手な領主になりたいです」
「私の知る限り、料理の出来る領主など一人もおらぬがな」
「お前を含め、な」
「やかましいぞ、カタクチイワシ。エステラよりは出来る」
「それはないと思いますよ、ルシアさん!? ボクはおにぎりなら作れますしね!」
「面白い、受けて立とう」
立ち上がった領主二人がロレッタのもとへ行き、おにぎりを作り始める。
「「熱っ!?」」
「学習能力がないのか、お前らには」
何回も見てんだろうが、おにぎりを作るシーン。
で、どーせこの後二人とも手のひらと指に米粒べったり付けるんだろう?
飯の無駄だからやめさせよう。
両方料理は出来ない。
その結果が分かっていれば問題はない。
「では、カンパニュラさん。餃子を焼いてみますか?」
「はい。ご教示ください」
「あーしも、おてちゅらい、すゅ!」
「では、エプロンを着けてくださいね」
「かにぱんしゃ、きて。つけてあげぅ」
「はい。お願いします」
ジネットに教わりながら、テレサがカンパニュラにエプロンを着けてやる。
なかなか給仕っぽいじゃないか。
「ほなら、エプロン以外の脱がせ方はウチが教え――」
「座れ、変態薬剤師」
立ち上がりかけたレジーナを座らせて、真向かいにベルティーナを置いておく。
ベルティーナの笑顔を見て、レジーナが硬直したように動かなくなった。
魔封じの効果があるようだな、シスターの笑みには。
「あぁ、そうだ。昨日貴賓席でたくさん質問を受けたんだけどさ」
ロレッタが握ったおにぎりを食いながら、エステラが俺を見る。
「ラーメンの伝授はいつになるんだって。すごく楽しみにしてるみたいだよ」
「私も聞かれたな。ついでに、ダックが三十四区にも是非伝授してほしい、だそうだ」
そういえば、ラーメンを各区に伝授するって話になってたんだが……
あっちこっち回って教えるのは面倒だな。
「どっかに集めて講習会が出来ればいいんだけどな。陽だまり亭を長期休暇にするわけにもいかないし」
「そうですね。いろいろな区を回るのは楽しそうですけれど、すべての区を回ってということになると大変そうですね」
今回はジネットの参加が必須だ。
俺以上にスープや麺の研究をしているし、様々なアイデアも持っているだろう。
「なぁ、ジネット。スープや麺の基礎を教えたら、あとは独自開発でオリジナリティを出すことは出来ると思うか?」
「そうですね……」
う~んと、ジネットはアゴを摘まんでしばし考え込む。
「わたしは、ヤシロさんの考案されるお料理に慣れていますので、どのようなアプローチをすれば美味しくなるかがおおよそ想像できますが、ヤシロさんの料理をまったく知らないような料理人では少し難しいかもしれません」
「まったく異なる知識が化学変化を起こす可能性はないか?」
「それは、あるかもしれませんね。……ふふ、ラグジュアリーのポンペーオさんがラーメンを作るとどのようになるのか、少し興味がありますね」
ケーキやスイーツばかり作ってきたポンペーオにラーメンを作らせれば、ケーキ職人らしいラーメンになるかもしれない。
「まず基本を伝えて、それからヤシロさんが思いつくアレンジ方法を数種類、私が思いついた方法を数種類というように、多角的なアプローチ方法を提示してあげれば、お料理と真摯に向き合っている料理人なら独自の味を追求してくれると思います」
「ってことは、やっぱ一箇所に集めて一気に教える方がいいな」
「そうですね。まるで知らない他の方の発想から面白いアイデアが生まれることもあるかもしれませんし、……ふふ、料理人同士の交流や意見交換が活発になされそうで面白そうですね」
「ふむ……さながら、料理人サミットか」
「さみっと、ですか? それはとっても楽しそうです」
各区の料理人を集めて、基礎の伝授、そして二日くらいかけて試しに作ってみる時間と、それを互いに試食し合ってアドバイスをしたり、逆に他人の味にインスパイアされたり……そんなイベントが出来ればラーメンは一気に広がるだろう。
「それを四十二区でやるのかい? 結構大きな場所が必要だよね?」
「出来れば室内がいいと思います。やはり、外と室内では料理するにも環境が違い過ぎますから」
何度も野外調理を引き受けているジネットは外での調理にも慣れているが、基本的に料理人は室内で調理をするものだ。
大勢の料理人を集めるなら室内に厨房を作る方がいい。
が、そうなると大人数を集めて同時に教えることが出来ない…………いや、出来なくもないか。
「……だが、金がかかるな。それに、講習が終わった後の使い道が……」
そんなことを悩んでいる俺の耳に、つい昨日聞いた声が飛び込んだきた。
「お食事中失礼致します」
ショートカットの幼い顔つき、そして鼻にかかったような幼い声。
「お前はたしか、マイラー家の給仕長見習いの……」
「うぃ! 三十一区領主オルフェン・マイラー様付き給仕長見習い、パメラ・アンドリューなのです! 以後、お見知りおきをよろしくなのです!」
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