異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

330話 憩いの暇(いとま) -3-

公開日時: 2022年1月25日(火) 20:01
文字数:4,541

「……店長。報告がある」

 

 配膳を終えたジネットを、マグダが呼ぶ。

 尻尾、ピーン!

 

「はい。伺います」

 

 盆を置き、両手をフリーにした状態でジネットがマグダの前に立つ。

 内容を理解しているからにこにこ顔だ。

 

「……湿地帯の三本枯れ木は――」

 

 言いかけて、溜める。

 溜める。

 溜めるねぇ~。

 

「……どぅるるるる」

 

 ドラムロール!?

 

「……じゃん。……元気だった」

「あぁ、よかった。ちょっとどきどきしてしまいました」

「……むふー」

 

 ジネットの嬉しそうな顔に、満足げな息を漏らすマグダ。

 内容を理解していたはずなのに、ドラムロールの時に若干「え、もしかして……」って不安そうな顔してたもんな、ジネット。

 お前は素直でいいなぁ。

 

「教えてくれてありがとうございます、マグダさん」

「……約束、だから」

 

 ジネットが軽く手を広げると、マグダがジネットの腰にしがみつく。

 頭に乗るおっぱい。乗り上げる下乳。

 いいなぁ、あの身長差。

 

「ジネット、2メートルくらいにならねぇかなぁ」

「乳の話かいな?」

「身長の話だよ」

「で、結果、乳の話なんやろ?」

「まぁな」

 

 結果的には下乳に乗り上げられたいという話に相違ない。

 

「相変わらず、ジネットちゃんはマグダに甘々だね」

「お前も十分甘やかされてんだろうが。……カレーの代金も取らないし」

 

 なぜ従業員以外が平気な顔して賄いを食っているのか。

 この店、ちょっとおかしいよな。

 

「これは甘やかしているのではなく、約束を守ってくれたマグダさんに感謝の気持ちを伝えているんですよ」

 

 マグダを抱きしめながら、ジネットがそんなことを言う。

 まぁ、嘘ではないんだろうが、『甘やかしてない』は嘘だな。

 

「……マグダは、約束を守る」

 

 ジネットの腕の中で、マグダが呟く。

 

「……パパ親とママ親と同じく、一度交わした約束は守る」

 

 しん……と、一瞬店内が静かになる。

 

 ん。

 そうだな。

 

「お前の両親も、マグダと同じで約束は守るよな」

「……当然」

 

 なら、いつか必ず帰ってくるさ。

 

「ただまぁ、やむを得ない事情で約束の履行が遅れることはよくあることだ」

「そうですね。お料理を焦がしてしまって作り直せば、その分時間がかかりますね」

 

 そういうことは、ままあることだ。

 約束を破ろうとしているのではなく、ちょっと遅れているだけ。

 

 それを嘘だと糾弾することは出来るが、構築された信頼関係があれば、それくらいは十分目をつむれる事案だ。

 マグダなら、「すぐ戻る」の「すぐ」を一年でも十年でも延長してくれる。

 マグダが楽しく毎日を過ごしていれば、一年なんてあっという間に過ぎてしまうからな。

 

 それを二回、三回繰り返すだけだ。

 

 きっと、いつか両親がこの街に戻ってきた時、マグダはこう言うさ。

「……おかえり。思ったより早かった」ってな。

 

「マグダ、ボクにもぎゅーってさせて!」

「……今、手が離せないから」

「マグダっちょ! あたしにもプリーズです!」

「……今、手が離せないから」

「乳の差か」

「乳の差やろうね」

「乳の差ですね」

「うるさいよ、ヤシロ、レジーナ、ナタリア!」

「あたしをエステラさん枠に入れないでです!」

「君もうるさいなぁ、ロレッタ!?」

 

 意趣返しのつもりか、ロレッタの皿からカレーを強奪するエステラ。

 ヘイ、領主。意地汚さナンバーワンを狙う気か?

 

「……店長」

 

 ジネットの腹に顔をこすりつけ、乳越しにジネットの顔を見上げるマグダ。

 ……いいなぁ。俺も見たいよ、その絶景。そのポジションで。

 

「……店長は、寂しくない? 会いに行けなくて」

 

 三本枯れ木に、か。

 ジネットが寂しい時に無性に会いたくなると言っていた、かつての心の拠り所。

 だが。

 

「寂しくなんてないですよ」

 

 今のジネットは、迷いなくそう言えるようになっている。

 

「みなさんがいてくださいますし、元気だということも分かりましたし」

 

 元気でやってるならそれでいい。

 ジネットなら、そう考えられるのかもしれない。

 

「それに、会いに行けなくても、心の、この辺で――今もまだ、ちゃんと繋がっていると、そう思えるんです」

 

 胸の中心をきゅっと押さえ、マグダに目線を合わせるジネット。

 

「だから、平気です」

 

 マグダの顔を覗き込んで放たれたその言葉は、マグダの寂しさを和らげるのに十分な効果を発揮した。

 

「……うん。マグダも、平気」

 

 会えない。

 けれど、元気でやっているならそれでいい。

 心の真ん中で、今でもちゃんと繋がっていると確信できるから。

 

 そして、今この瞬間に、自分の周りには多くの者たちがいてくれるから。

 

 完全に平気というわけではないのだろうが……

「平気」と強がれるくらいのゆとりは出来たようだ。

 

 そして、そのゆとりは――

 

「……レジーナも」

 

 ――自分以外の者を思いやれる強さを生み出す。

 

「……寂しくなったらここに来るといい。陽だまり亭は、いつでもここにいるから」

 

 レジーナの過去の話は、俺とエステラとナタリアしか聞いていない。

 だが、その後のレジーナの行動を聞いたのならば、レジーナが何かを抱え込んでいることは想像に難くない。

 

 詳細を聞いていないからこそ、心配になっているのかもしれないな。

 

「……ここでなら、マグダが一緒にご飯を食べてあげることも可」

「なんや。えらいサービスえぇなぁ」

「…………湿地帯で助けてくれたお礼」

 

 言って、ジネットの首に抱きついて顔を隠す。

 照れたようだ。

 そうだよな。「一緒に食ってやる」と言いながら「一緒に食べたい」とおねだりしたようなもんだからな、今のは。

 自分が風呂に入っている間にレジーナが飯を終えていて、ちょっと残念だったのかもしれないな。

 

「レジーナさん、マグダさんを助けてくださったんですか?」

「……そう」

「そんなオーバーな話ちゃうよ」

「……沼に落ちそうになったのを止めてくれた」

「そうだったんですか。ありがとうございます、レジーナさん」

「せやから……そんなん、ちゃうって」

 

 マグダとジネットから好き好き光線を向けられて、レジーナが両手をクロスさせて顔を隠す。

 照れたなら、両手で顔を覆うとか、もっと分かりやすくて可愛らしい照れ方してみろよ。なんだよ、その敵の巨大エネルギー波をガードしてるみたいなポーズ。バトル漫画でしか見たことねぇよ、そのポーズ。

 

「なんだか、今日一日でレジーナの株が急上昇だね」

「いや、縁起悪いわぁ……ウチ、明日あたり死ぬんかいな?」

 

 まぁ、急に好感度が爆上げするなんて、死亡フラグ臭いよな。

 これまで輪に入れなかったヤツが「これからは、もっと一緒にいられるね」って言った次の日に交通事故で……なんて、ありがちだもんな。

 

「レジーナ。今までありがとう」

「やめ~や! ホンマさぶいぼ出てきたわ」

 

 絵に描いたような死亡フラグに、自身の両腕をさするレジーナ。

 ――っていうていの照れ隠しなんだろ。どーせ。

 

 レジーナは殺しても死にゃしない。

 引きこもりのぼっちだから流行り病が蔓延しても感染しないだろ?

 病気になっても自分で薬作れるだろ?

 外に出ないから事故に遭う確率もこの街で一番低い。

 

「お前って、人類が滅亡しても一人で生き残りそうだな」

「ほなら、その後は細胞分裂で人類増やしていかなアカンな」

「レジーナが二人、四人、八人って? やめろ、世界が終わる」

 

 レジーナだらけの世界って、下ネタが下ネタじゃなくなる、倫理観の崩壊した世界になるんだろうな。

 

「世界がウチだらけになってもぅたら……誰がウチのパンツ洗ってくれるん!?」

「自分で洗いなよ」

「ウチに死ね言ぅんかいな、領主はん!?」

「君はパンツを洗うと死ぬのかい!? それとも、君のパンツには猛毒でも発生しているのかい!?」

「よし、検証してみよう!」

「ヤシロさん、懺悔してください」

 

 また俺だけ捕まった。

 今の、レジーナも道連れコースじゃね?

 

「レジーナ先生は、お洗濯が苦手なのですか?」

「せやねん。洗濯がなぁ」

「洗濯『も』だろう、君の場合は」

「エステラ様もじゃないですか」

「ボクはいいの! 貴族なんだから」

「ほな、ウチもえぇやん。裸族なんやから」

「服は着るように!」

「シンパシー」

「感じないで、ナタリア!」

 

 ジネットがなんでも完璧に出来るんで忘れがちだが、家事が出来ない女子は結構多いんだよな。

 やってなきゃ身に付かないもんなぁ。

 

「お恥ずかしい話なのですが、私も家事は苦手で……現在、ジネット姉様に教わって練習をしているところなのです」

「あーし、も!」

「そうかぁ。ほな、ウチは三日で抜かれるやろうねぇ」

「甘いよ、レジーナ。二時間くらいで抜かれると思うよ。この二人、すごいから」

 

 カンパニュラとテレサの飲み込みの早さは異常だ。

 こいつらが三日間家事だけに集中すれば、きっとそこらの専業主婦以上の技術を身に付けてしまうだろう。

 

「ミリィ姉様は、家事が出来そうで羨ましいです」

「ぁう……ごめん、ね……期待に添えないぉ姉ちゃんで……」

 

 ミリィは家事が苦手。

 幼い時から一人暮らしだから、教わるタイミングがなかったのだ。

 つい最近まで、生きることだけで精一杯だったしな、四十二区は。

 今から始めればいいさ。

 

「ミリリっちょも一緒に、店長さんに教わるといいですよ。店長さん、教えるの上手ですから」

 

 ジネットからいろいろと技を伝授されているらしいロレッタ。

 まだ身に付いてはいないようだが。

 ロレッタは得手不得手がくっきり分かれるからな。

 洗濯の技術は大したもんだった。

 掃除は、まだちょっと雑だ。

 

「ぅん……じゃあ、じねっとさん。時間のある時にお願いしても、ぃい?」

「はい。もちろんです」

「ミリィちゃんもそろそろお年頃やさかい、花嫁修業やと思ぅて頑張りや」

 

 そんなレジーナの冗談に、店内が「ザワッ!」とざわめいた。

 店にいた大工たちが、自分たちには一切関係ないにもかかわらず、ギラついた目で若干腰を浮かせた。

「ミリィちゃんが花嫁修業!?」

「そんな相手がいるのか!?」

「まだ早過ぎるだろう!」

 そんな思いが全身から溢れ出している。

 

「ぁ、ぁの、ぃない、ょ? そんな相手、ぃない、から、ね?」

 

 誰に言うでもなく、わたわたと両手をばたつかせるミリィ。

 

「よし、包んでもらおうか!」

「待ちぃ。ウチがもろて帰るわ」

「させないよ、君たち。領主権限でボクが預かる」

「あぁ~……エステラさんが自ら『ソッチのチーム』に行っちゃったです……」

 

 ロレッタの頬袋を摘まんで引っ張るエステラ。

 怒るなよ。お前が進んでレジーナチームに踏み入れたんだろうが。

 俺を含まない、愉快な仲間チームによ。

 

「ほな、ウチはそろそろお暇させてもらうわ」

「あ、待ってください、レジーナさん」

 

 飯を食い終わり、髪もそこそこ乾いたレジーナ。

 人の多いところに留まれる限界が近いのか、そろそろ帰りたそうにしている。

 それを呼び止めて、ジネットがポケットから紙袋を取り出す。

 

「マグダさんを助けてくださったお礼です」

 

 手渡されたレジーナが中身を取り出してみると、それはマシュマロだった。

 

「以前、お好きだとおっしゃっていましたので」

 

 そう言われて、レジーナは目をくりくりに丸くして、マシュマロを一つ口へ放り込む。

 もきゅもきゅと咀嚼して、咀嚼しながら、口の中で呟くように言う。

 

「……あんま、ウチのこと覚えておかんといてんか」

 

 そんな照れ隠しを言って、レジーナはそそくさと帰っていった。

 きっとあいつ、今晩寝る時に悶えてごろんごろん寝返り打ちまくるんだろうな~と、俺はそんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

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