異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

125話 参加者を押さえる -1-

公開日時: 2021年2月1日(月) 20:01
文字数:2,357

 ふと思ったのだが……

 

「参加させるつもりの連中に、一応確認を取った方がいいかもしれんな」

「……まさか、大会当日に言ってやらせるつもりだったのかい?」

 

 エステラが向かいの席でジトッとした目を向けてくる。

 いやいや、お前。さすがにそれはねぇよ。いくら俺だって、そこまで無計画じゃないさ。

 

「まぁ、前日に言っておけばいいか、的な?」

「無計画過ぎるよ!?」

 

 むぅ……そう捉えるヤツもいるのか……世の中いろいろだなぁ。

 

 昨日デミリーと話をしてきたエステラは、その報告がてら陽だまり亭で朝食をとっている最中だ。

 教会での朝食には間に合わず、自腹を切ってここで食っている。うんうん。いいことだ。今後もしっかり店に貢献しろ。……そもそも、寄付の時はエステラも金を払わないのはシステムとしておかしいような……

 

「金を払え」

「なんだよ!? ちゃんと払うよ、人聞きが悪いなぁ!」

 

 いや、今じゃなくてだな……

 

「今日はこの後リカルドに会いに行かなきゃいけないんだから、あんまり神経すり減らすようなこと言わないでよ」

「なんだよ。リカルドとはもう和解して、お互いわだかまりはなくなったんじゃないのか?」

「わだかまりはなくなったけど、好き嫌いは別さ。むしろ、わだかまりが消えた今、まっさらの状態で純粋に嫌いなんだよね」

 

 すげぇ嫌われようだな、リカルド。ご愁傷様。

 

「じゃ、そろそろ行こうかな……あ~ぁ……」

 

 どんだけ嫌なんだよ。

 またなんかやらかして話をこじらせてくるなよ?

 

「ま、なんかあったら俺んとこに来いよ。愚痴くらいは聞いてやるからよ」

「へ……」

 

 立ち上がりかけたエステラが目を丸くして俺を見る。

 なんだよ、ハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔して。

 

「エステラ『ほろっほー』って言ってみてくれ」

「……ほろっほー」

「似てないな」

「なんの話だい!? 何かに似せなきゃいけなかったのかな!?」

 

 お、普段の顔に戻ったな。

 

「まったく。珍しく気の利くこと言ったかと思ったら……」

 

 腕を組んで横を向く。『不機嫌です』という分かりやすいアピールなのかもしれんが、俺には『こんなにペッタリ腕がくっついちゃうんです』という無い乳アピールにしか見えない。

 よし、今度からエステラは『真正面美人』と呼んでやろう。横向きはこう……悲哀のようなものを感じるからな。

 

「でも、まぁ……」

 

 そんな不機嫌フェイスがこちらを向き、ニコッと破顔する。

 

「ちょっとだけ気が楽になったから、お礼言っとくね。ありがと」

 

 さばけた、実に明るい笑顔だ。

 最近は無理して男っぽく振る舞うこともなくなり、ちょっとずつ女の子らしい口調に変わってきている。まぁ、まだ硬さは残っているけどな。

 

「そうだ。よかったらマグダたちを乗せていってあげるよ?」

 

 現在、四十一区へ向かう馬車が増え日に何本も走っている。

 フードコート付近に仮設の寮みたいなものもあるのだが、自宅に戻りたい者も多く、また食材の運搬等で区を往復する者が多いからだ。

 領主の援助のおかげで格安で馬車に乗ることは可能だが、回数が増えれば負担になることは確かだ。

 

 マグダもロレッタも、仕事が終わると四十二区に戻ってくる。ウチでないと落ち着かないのだそうで、向こうに泊まるくらいなら往復する方が疲れが出ないらしい。

 獣人族のスタミナは大したもんだ。

 

 だが。

 

「すまんな。今日、ウチの分店は休みなんだ」

「え、そうなのかい?」

「トルベックの連中のために、昼間に屋台は出すけどな」

 

 フードコートに出店している飲食店は、自由に休みを決められる。

 他にもたくさん店があるので作業員は困らないだろうという判断によるもので、本店の事情を最優先できるとあって参加店は助かっている。

 

 陽だまり亭分店は朝一で出発しても十分間に合う十時開店で、遅くとも十八時には閉店している。

 カンタルチカなんかは酒場の本領発揮とばかりに、夜中まで営業しているようだがな。

 

「今日は俺が一日店をあけるからマグダには店にいてもらうんだ」

「ロレッタは?」

「あいつ一人で店が回せると思うか? お前が思ってる以上にアホなんだぞ?」

「酷いです! あたしアホじゃないですよ!?」

 

 テーブルを拭いていたロレッタが抗議の声を上げる。

 

「そうだよ、ヤシロ」

「エステラさん、言ってやってです!」

「ロレッタは、普通」

「それも酷いです!」

 

 良くも悪くも普通なロレッタは「むぅむぅ!」と布巾を振り回す。

 やめろ。水滴が飛んできそうで冷や冷やする。

 

「んじゃ、お前一人で店開けてくるか?」

「…………久しぶりに、本店の雰囲気を味わうのもいいもんです」

「寂しいんだね、ロレッタも」

 

 まったく。寂しがり屋ばかりだ。

 

「しかし、ヤシロがそんなことを許可するなんてね」

「ん?」

「『1Rbたりとも稼ぎを逃すな』とか言いそうなのにね」

「無理を続けるといつか破綻して、計り知れない損失を出すもんなんだよ、商売ってのは。自分たちのペースってのを崩さないことこそが、ゆくゆく大きな利益を生むことになるんだ」

 

 乗りに乗って支店を全国展開させた直後、あっという間に本店以外が潰れちまう……なんてことはままあることだ。

 

「わたしも、ヤシロさんの言う通りだと思います」

 

 ジネットがにこにこと近付いてきて、エステラに水を手渡す。

「ありがとう」と受け取り水を飲むエステラに、ジネットは嬉しそうな顔で言う。

 

「自分の歩幅で無理なく歩いていくことが、長く続けていく秘訣だと思います。それに、みなさんと一緒にいられて、わたしは嬉しいですし……こんなこと言うと、店長としては失格なんですけどね」

 

 舌先をちろっと覗かせて、ジネットは子供っぽく笑う。

 ……まぁ、昨日あんなことを言っていたからな。『一人になると、不意に寂しくなる……』って。

 別に、だからってわけじゃないんだが。まぁ今日くらい休んだっていいじゃないか。

 今くらいはな。……お祭りみたいなもんだし、な。

 

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