「よぉし! 遠慮なく全力で行ってきやがれです!」
「「「「「おぉー!」」」」」
と、白組と黄組のガキどもが一斉に走り出す。
「ちょっと、あんたたち!?」
なぜかモコカの言葉に返事をした黄組のガキどもが、それはもう、物凄い全力で駆けていく。
「「「「全力ー!」」」」
「あんたたちに言ったんじゃないよー!? ちゃんとコントロールしてー!」
隣のレーンでパウラが慌てた様子でガキどもに声を投げる。……が、哀れ。黄組のガキどもは折り返しのパイロンを越えて、さらに年長用の折り返しパイロンをも越えて、どこまでもどこまでも走っていってしまった。
「戻ってきなさぁあ~いっ!」
パウラの怒声が風に乗り、ようやく黄組のガキの耳に飛び込む。
遙か向こうで大きくUターンをし、黄組のガキどもが戻ってくる。
白組のガキどもは、先ほどの作戦通り、Uターンまでは全力を出さないように調整している……つもりらしいな、アレで。すっげぇ雑なボールコントロールだが、黄組みたいに暴走しないだけましか。
「よぉし、お前ら! 頭使えな! 頭!」
と、デリアが自分が苦手とすることを他人に強要している。
が、教会の比較的優等生な獣っ娘たちが川漁ギルド見習いたちをうまくリードして、危なげなくレースを進めていた。
なんだ、川漁のガキども。ちょっと年上のお姉さんにいいところ見せたいお年頃か? マセやがって。……教会の女子に手ぇ出しやがったら、オメロが洗われることになるからな? よく覚えとけ。
一方そのころ、出遅れていた青組のガキどもは――
「これさ。思いっきりパンチして大玉飛ばしてさ、手ぶらのまま全力で追いかければ速くない?」
「頭いい!」
「それやろう!」
と、なんともガキらしい作戦を立てて――
「思いっきりねー!」
「手加減なしねー!」
「お前の限界を見せてみろー!」
「よっしゃあ! んんん……ぱーんちっ!」
「「「ぬぉぉおおお!? めっちゃ飛んでいった!?」」」
――大方の予想通り、折り返しのパイロンを越えてどんどん遠ざかっていく大玉を追いかけて走る羽目になっていた。
それが想像できないのがガキだよな、うん。大玉は、自動で曲がりはしないのだ。
ただ幸運だったのは、この大玉がノーマお手製で、骨組みに細く軽い、そのくせやたらと丈夫なワイヤーが仕込まれていたためにぶっ壊れなかったことだ。表面を覆う魔獣の革も、衝撃に強く伸縮性に富んでいるため、裂けたり破れたりはしていない。
……なんて無駄に高性能な大玉だ。これ以外に使い道ないのに。
そんなわけで、赤組と白組の総合得点最下位&ブービーチームがトップ争いをしながら戻ってくる。
「みんなぁ~! がんばってぇ~!」
赤組の第三走者、ミリィ率いる生花ギルドの女性たちチームだ。
……あれ? ミリィ以外の大きいお姉さんって壮年チームなんじゃ……
「なぁ、ミリィ。赤組の第三走者ってミリィ一人……?」
「違うょっ!? みんなまだまだ若いぉ姉さんたちだょ!? ……怒られちゃう、よ?」
こそっと注意してくれるミリィ。だが…………若い?
いや、まぁ、いいんだけども。………………………………若い、か?
「みんなー! 一番で帰ってきたら、陽だまり亭のお子様ランチ食べさせてあげるわよー!」
「「「「まじでー!?」」」」
赤組のまだまだ若いお姉さんたちが声を上げると、赤組のガキどものスピードが上がった。
どうやらあのガキ連中はこのまだまだ若いお姉さんたちの息子たちらしい。
そして、このまだまだ若いお姉さんたちは……どうやらちょっと怒っているらしい。……視線が刺さってるんですが……こっち見ないでくれないかなぁ。
赤組が白組を追い抜き、突き放し、独走を始める。
そこで、モコカが動いた。
「ガキども様たち! テメェ様たちの本気はその程度かよですか!? その程度で本気だとか、ちゃんちゃらおかしいぜですよ! ヘソが茶を点てるですよ!」
すげぇな、ヘソ!? 沸かすどころの騒ぎじゃねぇな!
そして、そんなモコカの挑発に、ガキどもが食いついた。
「「「まだまだ本気出してないもんねー!」」」
「じゃあ、ドーンとぶつかってきやがれです! 私と勝負しようぜですよ!」
「「「うぉぉおおおおおおお!」」」
白組のガキがぐんっと速度を上げて突進してくる。
あっという間に赤組を抜きトップへ躍り出る。
釣られるように赤組も速度を上げ、二つの大玉が砂煙を上げてこちらに向かってくる。
「ぇ……ぁの……これ、…………止まる、……の?」
ミリィが青い顔をして二歩、三歩と後ずさる。
ガキどもの親であるまだまだ若いお姉さんたちも冷や汗をかいている。
「ちょっと、あんたたち! 少しは減速しなさい!」
「ブレーキ! ブレーキ!」
まだまだ若いお姉さんたちが叫ぶも、残りはあと数メートル。これは止まれない!
「構うこたぁねぇぜです! そのまま突っ込んできやがれください!」
一方の白組はさらにガキどもを煽り、そして、両チームの大玉が待機列へと突っ込んだ。
「「「きゃぁああああ!」」」
「「よしきたぁああ!」です!」
上がった声は二種類。
まだまだ若いお姉さんたちの悲鳴と、がっちりと大玉を受け止めたモコカとバルバラの気勢。
俺はというと。
「ミリィ、大丈夫か?」
「ぁ……ぅ、ぅん。ぁりがとぅ、ね。てんとうむしさん」
危険な大玉の軌道からミリィを待避させ、念のために背を大玉に向けるようにしてミリィを守っておいた。
いや、ほら。
虫人族で俺よりも力持ちなのは知ってるんだが、やっぱミリィだし。
「ぇへへ……守ってもらっちゃった」
こんな風に嬉しそうに笑ってくれるし。
そりゃ助けるさ。
「よし、ミリィ! 今のうちに赤組を引き離すぞ!」
「待って! みりぃ、赤組!」
一緒に白組の大玉を転がそうと俺とバルバラの間に入れてみたのだが、ミリィはスタート前に気付いて、赤組へと逃げていった。
くそぅ、ゲットし損ねたぜ。
「ほら、行くぞ、英雄!」
「ヤシぴっぴは玉に触れなくていいからとにかく全力で私たちについてきやがれです!」
言うが早いか、モコカとバルバラはとんでもないスピードで走り出しやがった。
待て待て待て!
コレについてこいって!?
大玉なんかなんのハンデにもなってねぇじゃねぇか!
「おサルさん! 大玉のど真ん中を押しやがれです!」
「やってる!」
「曲がってんだよです!」
バルバラの手の位置が若干センターからずれているせいで、白い大玉が徐々に右に曲がっている。
それをうまくサポートして軌道修正しているモコカ。
しかし、それではモコカの速度が死んでしまう。
だが、バルバラの独走になれば必ず大玉はコントロールを失う。
こいつは、難しい舵取りが必要となるぞ。どうする、モコカ?
「手の向きを変えやがれです! 指を上向けんじゃなくて、下向けて大玉を押しやがれください!」
「まどろっこしいだろ、んなの!?」
モコカが指示を出し、自分への負担を最小限に抑えようと試みる。
が、バルバラがそれに歯向かう。
「『嘘吐きお姉ちゃん』に成り下がりやがるですか!?」
「……ちっ! わーったよ!」
うまくバルバラを黙らせ、自分の指示を通す。
少々荒っぽいが、まぁ及第点だろう。
モコカの指示に従い、バルバラが手首を返して指を下向ける。
相撲の張り手のような押し方の場合、パワーは出るが指先が大玉の回転に巻き込まれてしまいコントロールが難しくなる。
一方、指を下に向けると指が大玉の回転に巻き込まれなくなるおかげでコントロールが利きやすいのだ。
その差は歴然で、ふらついていた大玉の軌道が途端にまっすぐになった。
その違いは、バルバラにも分かったようで、「へぇ……」と、感心したような声を漏らしていた。
しかし、よく知っていたなモコカ。大玉のコントロール方法なんて。
イネスたちの入れ知恵か?
チラッと自軍の応援席を見ると、イネスとデボラが誇らしげに立っていたので、サムズアップを送っておいた。
途端ににやける給仕長ズ。……安いなぁ、あいつら。
「ほら、またブレてるぜです!」
「どこがだよ!?」
「腕が下がってやがるです!」
「んなこと言ったって、しょうがねぇだろ! ほとんどアーシ一人で押してんだからよぉ!」
「もうへばったのかよですか? 情けねぇ姉だぜですね!」
「んだとぉ!? アーシは全然へばってねぇ!」
体の軸が若干ブレ始めていたバルバラの背筋がピンと伸びる。
おかげで、大玉のブレがなくなり、勢いを増してぐんぐん前進していく。
ちょっとしたフラつきは、モコカが右へ左へと移動して軌道修正をしている。
うまくコントロールしてんじゃねぇか。ボールも、バルバラも。
よし、これだけ出来りゃ、もう俺がいなくても大丈夫だろう。
というわけで、俺、減速~…………ダメだ、もう限界だ。こいつら、バカみたいに速いんだもんよ……もう、ついていけない……一人くらいリタイヤしたって問題ないだろう。俺の思いを胸に抱き、お前たちだけで残りを走りきってくれ。
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