異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加75話 早朝にぎやかクッキング -4-

公開日時: 2021年4月4日(日) 20:01
文字数:4,242

「全員揃ったところで、そろそろ作り始めるか」

 

 若干の懐かしさを感じつつ、俺はフライパンを火にかける。

 今回作る物は、どれも小学校で作ったことがある物だ。

 二つは調理実習で。もう一つは、理科の実験でだ。

 

「まずはべっこう飴だ」

「……ベッコ飴?」

「お兄ちゃん、ちょっと印象がよくないです。改名をお勧めするです」

「いや、ベッコじゃねぇよ。べっ甲。カメの甲羅で、黄みがかった半透明な素材で装飾品や宝飾品に使用される高価な物だよ」

「……なるほど、貴重品。では、ベッコの方を改名させる」

「ですね!」

「お二人とも、ダメですよ、そんなことを言っちゃ」

 

 いや、ジネット。

 相手がベッコならセーフだ。

 

「作り方は簡単で、砂糖水を熱して色づいたら型に入れて、冷やし固めるだけだ」

 

 先ほど作った竹串の三角形に色づいた砂糖水を流し込み、それだけでは味気ないので、三角形の一角に接するように砂糖水を垂れ落として丸を作る。

 三角形に丸がくっついて、てるてる坊主のような形になる。

 黒ごまを目の位置にちょん、ちょんと置いて、持てるように竹串を固まる前のべっこう飴の中に沈める。

 物の数分で飴は固まり、美しい半透明なべっこう飴(てるてる坊主型)が完成した。

 

「てるてるさん!」

 

 久しぶりの再会に、ジネットが瞳を煌めかせる。

 お前、本当に好きだなてるてる坊主。あと、雪だるま。

 

「可愛いですっ!」

「これは泣かずに食べられるか?」

「う…………食べるのは、もったいない、です」

 

 とりあえず、「可哀想」という反応ではなかったので一安心だ。

 この街、可愛い食べ物には気を遣うからな。

 

「……ヤシロ。マグダはトラ型がいい」

「型を作る材料がないから、今は無理だ」

「……じゃあ、ネコでもいい」

「ノーマに頼んでくれ」

 

 さすがに溶けた飴でネコを描くのは難しい。

 あぁ、飴細工とかやってもいいかな。……って、誰も真似できないか。俺はちょっと練習したら出来るようになったけど、この街だと……ベッコくらいかなぁ、出来そうなのは。

 

「ジネット、イモはもうチョイか?」

「そうですね…………まだ、少し硬いです」

「んじゃ、次はカルメ焼きだな」

 

 ジネットの許可を得て、お玉を火にかける。

 竃の穴は大き過ぎるので、お玉を固定できない。当然だが。

 五徳のような物も一緒に注文しておくか。

 ……ノーマに言ったら、カルメ焼き用の鍋とか作りそうだけど。

 

「お玉に水と砂糖を入れて、火にかける」

「そんなちょこっとでいいです?」

「まぁ、見てろって」

 

 しばらくすると、砂糖水が沸騰し始め、うっすらときつね色に色付いていく。

 そのタイミングで火から離し、素早く重曹を加える。

 そして、ぶつぶつ湧き上がる泡を潰すように手早く混ぜる。

 十分に混ざったらまぜ棒を素早く引っこ抜き、その瞬間を待つ!

 

 全員の視線がお玉に集まる。

 何が起こるのかとみんなが息を飲んでいる、まさにその目の前でお玉の中の液体がもこもこっと膨れあがった。

 

「ふぉおおお!? 膨らんだです!?」

「これは一体!?」

 

 ロレッタとアッスントが驚愕の声を上げる。

 

「なるほど。重曹の力で膨らんだんですね」

 

 ジネットは重曹の性質を理解しているので、この現象に納得がいったようだ。

 マグダとモリーはぽかーんと膨らんだカルメ焼きを見つめている。

 ハム摩呂は……あ、作業台にもたれかかって寝てやがる。

 

 見ろよ!

 そして感動しろよ!

 実を言うと、お前を驚かせるためにやった的なところもあるのに!

 くっそー、ガキの素直な「ぅおお、すげぇ!」って反応が欲しかったなぁ!

 

 理科の実験で作った時は、クラス中が大盛り上がりだったのに。

 

「これは、子供たちにウケますね! 子供にウケるということは、その親御さんが練習するでしょう。お玉と、それを立てかける五徳……いや、もういっそカルメ焼き専用の片手鍋を作って売ってしまいましょうか……」

 

 アッスントが脳内でそろばんを弾きまくっている。

 脳の中でパチパチと鳴るそろばんの音が、鼓膜から外に漏れ聞こえてきそうだ。

 

「……ヤシロ。食べてみて、いい?」

「おう。熱いから気を付けろよ」

 

 出来たてのカルメ焼きをマグダに手渡す。

 ちょっとだけ「あちあちっ」と指先で弄び、少し尖った犬歯をカルメ焼きへと突き立てる。

 

 かりりっと、小気味よい音を響かせて、マグダがカルメ焼きを齧る。

 

「……あり」

 

 気に入ったようだ。

 極論を言えば膨らんだ砂糖水なので、好き嫌いは分かれそうだが、ガキには甘過ぎるくらいでちょうどいいのかもしれない。

 

「ヤシロさん、サツマイモが揚がりました」

「んじゃ、タレを作るから油を切っておいてくれ」

 

 こんがりカリッと揚がったサツマイモは、タレと絡めて大学芋にする。

 砂糖とみりんでタレを作るのだが、みりんがないので酒で代用する。塩と醤油は好みによるので……いいや、俺の好きな味にしてしまおう。

 

 片手鍋でタレを作り、そこへ揚げたサツマイモを投入、しっかりと絡めていく。

 バットに広げ、タレが固まる前に黒ごまを全体にまぶしていく。

 しばらくするとタレが固まり、カリッとしてくる。

 

「簡単美味しい、大学芋だ」

 

 この世界に『大学』なんてもんはないし、そもそも大学芋って名前自体もなんで大学なんて付いてるのか説明できるヤツは少ないだろうし、こっちでどんな風に翻訳されるのか非常に気になるところだな。

 

「ヤシロさん、いただいてもいいですか?」

「おう。熱いから気を付けろ」

「はい」

 

 竹串を刺して、大学芋に齧りつくジネット。

 瞬間、ジネットの瞳がきらりと光った。

 

「……わっ…………しょい」

 

 新しいバージョン来たな!?

 あまりに驚くとそんな感じになるの!?

 

「これ、美味しいです、ヤシロさん!」

「だろ? こんなに簡単なのにな」

「これは、陽だまり亭で出したいです…………でも」

 

 ちらりと、こちらを見るジネット。

 

 俺が、新しい料理を持ち込み過ぎたと後悔していると知って、なんでもかんでも取り入れることに躊躇しているのだろう。

 ……だから、お前……もう、隠す気ないだろ?

 

「お前が好きな物は取り入れればいい。適度に作って、自分流にアレンジして、お前の料理にしちまえば何も問題はないだろう」

「はい! わたし、このお菓子好きです!」

 

 言って、二口目を食べて目を細める。

 回転焼きに大学芋……なんか、渋い甘味が好きだよな、ジネットのヤツ。

 

「ヤシロさん! こ、これ! これは売れますよ! 専門店を各区に作ってもいいくらいです! あぁ、でも店を構えるよりも、小分けにして、パックして、それで市場に置けば……買い物のついでに奥様方が買っていってくれるのではないでしょうか? 子供たちへのおやつとして。自分へのご褒美として。……そうですね、10Rbから20Rbくらいの価格帯にして、ついでに買って帰るようなポジションとして売り込めば…………」

 

 すげぇな、アッスント。

 日本のスーパーがまさにそんな戦法を取ってたよ。

 お総菜コーナーに置いてみたり、レジの横にちょこーんと並べてみたり。

 大体100円から200円くらいの価格でな。

 一目見てそこまで発想膨らませたか。お前、なんかパワーアップしてね?

 

「べっこう飴は、この中では比較的普通ですが……単純故にノーマさんの腕次第ではどうとでも化けそうですね……たとえば、ベッコさんに協力を仰いで自分そっくりの『立ち姿飴』とか……『似顔絵飴』とか……あぁっ! 今すぐ商売がしたいっ!」

「あの、ヤシロさん……四十二区では、こういうのが普通なんですか?」

「いや、アッスントはたった今なにがしかの病を発症したようだ。これを基準だとは思わないでくれ、モリー」

 

 ただ、ちょ~っと社畜が多過ぎるだけだよ、四十二区は。

 

「あたし、大学芋覚えて帰る!」

「パウラさん、あんドーナツはどうするです!?」

「それも覚える! っていうか、あんたもう覚えたんでしょ? なら教えに来なさいよ、カンタルチカに!」

「あたし、陽だまり亭あるですから!」

「魔獣のソーセージ六本!」

「店長さんに相談してみるです!」

 

 っすいな、お前の出張料。

 まぁ、しかし。

 しばらくは各家庭であんドーナツの練習が盛んになって、外食は減ると予想している。失敗しても成功しても、大量に製造されるだろうし、作った分はきちんと食わなければいけないからな。

 なので、ヒマな時にロレッタを派遣するくらいはいいだろう。

 

「ヤシロさん。他に、簡単お手軽で、一般家庭に普及できそうなものはありませんか?」

「あと作れそうなのは、甘納豆と……『宴』の時にも作ったリンゴ飴くらいかな」

「興味深いですね、是非お話をお伺いしましょう!」

「甘納豆は小豆を煮る時間がかかるし、リンゴ飴はミリィと相談してからだな」

 

 リンゴ飴は意外と食べるハードルが高いので、出来たら姫リンゴとか杏があるといいんだけど。

 あとはサツマイモの蒸しパンとか……カボチャの蒸しパンもいいな。

 ただし、『パン』という名称が使えないので……『蒸しケーキ』か?

 蒸篭もあるし作れるだろう。こちらも準備に相応の時間がかかるけれども。

 

「もう、なんでもいいです! きっとどれもこれも売れます! あはぁ! イベント最高! ハロウィンバンザイ! 四十二区はまさに流行の発信基地です! 私は絶対この街を離れませんよー!」

 

 どうやら、中央行きはすっかり諦めたらしいアッスント。

 むしろ、中央から引き抜きをかけられても断りそうな勢いだ。それでいいのか、お前の人生。

 

 お菓子の練習は寄付と朝食の後ということにして、その後は寄付の仕込みを手伝った。

 アッスントは「イベント開始までに出来る限りの準備を整えておきます!」と、とっても元気に陽だまり亭を飛び出していった。

 

 パウラはこの後もお菓子作りを教えてほしいと、寄付の手伝いを買って出た。

 ロレッタにマグダも、新しいお菓子にほくほく顔だ。

 

 そしてモリーは――

 

「砂糖……増産しなきゃ絶対足りなくなる……っ!」

 

 と、ちょっとだけ青い顔をしていた。

 なにもお前んとこで全部背負い込まなくていいんだぞ。近隣三区にいくつかあるからな、砂糖工場。四十二区にもあるし。ただ、まだまだ生産力は低いけど。

 

 そしてジネットはというと……

 

「ヤシロさん。あの……今日の朝ご飯は、その……ちょっと、楽しみにしておいてくださいね!」

 

 と、にこにこ顔だった。

 何を作るかは秘密らしいのだが……一所懸命クズ野菜の下ごしらえしてるからモロバレなんだよなぁ……指摘するべきか、そっとしておくべきか……

 

 とりあえず、ジネット。

 完全に聞いてたみたいだな、昨日の俺とモリーの会話。

 それも、ほぼ丸ごと全部。

 

 ……はは。

 

 予感って、外れてほしい時ほど的中するよねぇ~。

 

 

 

 

 

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