異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

347話 濃霧の中 -4-

公開日時: 2022年4月4日(月) 20:01
文字数:3,402

「ヤシロさん。明日から港の工事が再開できるんッスか?」

 

 エステラがいなくなった途端、ウーマロが俺に詰め寄ってきた。

 エステラがいる時に、エステラに聞けよ。公共事業に関してはあいつの管轄だっつーの。

 

「明日の朝、盛大に再開式でもやってやるか。どーせ、ウィシャートが偵察を寄越して俺やエステラの監視をするだろうし」

 

 ウィシャート目線で見れば、今回の会談は思い通りの結果が得られず、不本意ながらも明日港の工事が再開してしまうわけだ。

 となれば、些細な問題でも見つけ出してなんとかして難癖をつけてやろうと躍起になるはずだ。

 それこそ、重箱の隅を突っつき回す勢いで。

 必ず、偵察を寄越す。

 

 ……そうなると、俺とエステラが四十二区を空けるのは非常に危険だ。

 

 今回、まんまとウィシャートをあしらった俺とエステラは、ウィシャートの中のブラックリストに名を連ねることになっただろう。

 要注意人物というところだ。

 その二人が揃って四十二区を空けるとなれば、くだらない見栄とプライドと虚栄心の塊であるウィシャートがよからぬ野心をくすぶらせかねない。

 俺らがいなければなんとかなる――と、そう甘く考えてはいないだろうが、俺らがいないところでトラブルを起こして、俺らが帰ってきた時に臍を噛むような状況を作っておいて「ザマァミロ」と留飲を下げる――くらいのことはしてきそうだ。

 俺の中で、ウィシャートという男はそういう扱いに成り下がっている。

 で、悲しいかな、ヤツならマジでそういうことをしてくるだろう。

 

 だからこそ、港の工事は必要以上に派手に、華々しく、俺とエステラが揃って出席してその存在感をアピールする必要がある。

 そして、存在感をそのままに三十五区へ出かけられるようにちょっとした細工が必要になる……の、だが。

 

「なぁ、ジネット」

「はい。なんでしょうか?」

 

 にこにこ顔のジネットに問う。

 

「そろそろ、眠たくならない?」

「へ? いえ。まだまだ平気ですが」

 

 だよねぇ~。

 まだまだ全然営業時間だもんね~。

 なんなら、夕方のピークすらまだだもんね~。

 

「洗濯物とか溜まってないか? まとめて洗ってみてはどうだろうか?」

「こんなお天気なのに、ですか?」

 

 だよね~。

 オールブルーム史に名を残しそうな規模の濃霧だもんねぇ。

 洗濯物、乾かないよねぇ……

 

「あの……、もしかして、わたし、ヤシロさんのお邪魔になっていますか?」

 

 と、なんとも悲しそうな顔をするジネット。

 いやいや。邪魔じゃない邪魔じゃない。

 全然邪魔じゃないんだけど……

 

「まぁ、俺の方から出向いていけばいいか」

 

 外が濃霧だから出歩くのが面倒くさく、だが明日までになんとしても必要な物があり、だったらテメェの方から御用伺いにやって来いよと『あの男』になら気安く言ってしまえるだけに、なんでわざわざ俺がアイツに会いに行くために苦労をしなければいけないんだという思いが払拭できず非常に悶々とするわけではあるが……この場所で『あんなもの』を依頼するわけにはいかない。

 特に!

 ジネットの前では。

 

「お出掛けになるんですか? まだ霧は晴れていませんよ?」

「本来なら、拒否権なしで呼びつけるところだが……まぁ、仕方ない。俺から出向いてやるよ」

「……ウッセ?」

「いや、ウーマロさんじゃないですかね?」

「オイラ、ここにいるッスよ、ロレッタさん!?」

 

 呼びつけても心が痛まないリストからウッセとウーマロの名があがるが、残念ながらその二人ではない。

 そう、会わなければいけないのはそのどちらでもない、アイツだ。

 あ~ぁ、会いに行くの面倒だなぁ~……

 

「ごめんくだされ! 仕事が一段落したので、ラーメンをいただきにまいったでござる!」

「だからって来てんじゃねぇよ、ベッコ! なんで来るかな!? 呼んでもないのに!」

「拙者、何かしたでござろうか!?」

「これからお前に、お願いしたいことがあるんだよ!」

「この状況、どう見てもお願いしたい人の態度ではござらぬよ、ヤシロ氏!?」

 

 くそう! くそぅ!

 出かけなくてよくなったのはありがたいが、ジネットがいるこの場所で『アレ』の制作を頼むのは避けたい。

 折角最近記憶が薄れて欲しい欲しい言わなくなったのに……っ!

 

「それで、拙者は何を作ればよいのでござるか?」

「察しろ」

「無理難題が過ぎるでござるよ、ヤシロ氏!?」

「俺の表情や雰囲気から察しろよ! 何年顔見知りやってんだ!?」

「顔見知りに求めるにしては要求が高過ぎるでござるよ!? 熱愛カップルでもギリクリア出来ない要求に思えるでござる!」

 

 く……っ!

 察しの悪いヤツめ!

 

「あの……、わたし、お邪魔でしたら席を外しましょうか?」

 

 なんとも悲しそうな顔でこちらを窺うジネット。

 ほらみろ! お前の察しが悪いせいで――いや、俺の言い方がまずかったかもな。

 ……はぁ。

 しょうがない。ジネットを悲しませたいわけじゃないしな……

 

「ジネットは今、ラーメンに夢中だ。だからきっと、他のしょーもないことに興味をひかれたりはしないだろう、うん、きっとそうだ」

「なんか、お兄ちゃんが自分自身に言い聞かせてるです」

「……ただし、限りなく高い確率で徒労に終わると自覚している口振り」

「あぁいうのを、『前振り』って言うんッスよね」

 

 うっさい。

 ウーマロうっさい。

 願いは口にすると叶うんだよ。

 だからきっと、ジネットはあんなしょーもないものに、俺が今から作れと命じる物に興味なんか示さない。そうに違いない! そうに決まった!

 えぇい、ままよ!

 神がいるなら、俺の願いを聞き届けろ!

 

「ベッコ。明日までに、俺を模した等身大の蝋像を作成してほしいんだが」

「英雄像ですね! ついに制作が解禁されるんですか!? 待っていた甲斐がありました! ベッコさん、わたしにも是非三体お願いします!」

 

 めっちゃ食いついたぁ!?

 神も仏もあったもんじゃねぇな、この世の中は!

 つか、ジネット? なんで三体?

 え、飾る用、保存用、いざという時用?

 いらねぇよ、三体も!

 

「では、民衆の盾となり、ウィシャート邸へ乗り込んだ際の勇ましい英雄像を作るでござる!」

「そんな仰々しいもんじゃねぇよ、欲しいのは! っていうか、お前見てないだろ、俺がウィシャートん家入ったとこ!」

「英雄像でござったら、拙者、想像の中の物をいくらでも具現化できるようレベルアップしたのでござる!」

「しょーもない進化を遂げてんじゃねぇよ!」

「素晴らしいです、ベッコさん! では、窓辺で微笑む英雄像なんていうものも……?」

「むろん、制作可能でござる!」

「では、それも三体!」

「どこに置く気だ、ジネット!?」

 

 いいから落ち着け!

 落ち着いたら、代わりにお乳突いてあげるから! ね!? ギブ&テイク!

 

「……ヤシロ。それではギブ&ギブ」

「俺、しゃべってないのに、返事してこないでくれる!?」

 

 マグダ、ついに人の心を読む術を!?

 

「お兄ちゃんは、表情と視線が正直過ぎるです」

 

 バッカ、ロレッタ、ばか!

 おっぱいのことを考えたら、そりゃあおっぱいを見るだろうが!

 おっぱいのことを考えていなくてもおっぱいは見ていたいというのに!

 

「けどヤシロさん。英雄像なんか作って、何をする気なんッスか?」

「英雄像じゃねぇ、俺の等身大蝋人形だ」

 

 群衆を導くような要素はいらねぇんだよ。

 なるべく自然体の、普段着の俺である必要がある。

 

「俺とエステラの蝋像を、着色ありで大至急頼む」

「ヤシロ氏とエステラ氏の蝋像でござるな。久しぶりの蝋像の依頼、しっかりと勤め上げてお見せするでござる!」

「では、そのついでにわたしの――」

 

 そっと、ジネットをベッコから引き離す。

 暴走してますわよ、店長さん。

 おぉ、怖い怖い。

 

 まぁ、何がしたいかって言うと……大脱出、かな?

 マジックショーでよくある、ステージ上にいたマジシャンがいつの間にか観客席の後ろの方に移動している~みたいなヤツだ。

 トリックは意外と単純。だが、多くの者が間近で見ていても案外バレない、優れたエンターテイメントでもある。

 

 俺たちそっくりな蝋像の他に、影武者でも用意しておけば一日くらい誤魔化せるだろう。

 

「エステラの影武者はロレッタでもいいな」

「え、じゃあ、あたし、明日は一日中さらし巻くですか? 結構苦しそうです……」

「うん。今の発言きっちりエステラに伝えておくな」

「はぅ!? 怒られる未来しか見えないです!?」

 

 まぁ、認識は間違ってないけども。

 

 そんな感じで、明日に向けての準備を進めて、その日は終わった。

 

 

 ジネットに無用な火を点けてしまったことだけが悔やまれる。

 

 

 

 

 

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