異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

246話 新たな通路を通って -2-

公開日時: 2021年3月26日(金) 20:01
文字数:2,516

「ヤシぴっぴ。改めて言わせてね」

 

 歩みを止め、俺の方へと体を向けて、ゆっくりと腰を曲げる。

 マーゥルが俺に、頭を下げる。

 

「『BU』を救ってくれて、ありがとう」

 

 そんなつもりは毛頭なかったが……まぁ、生きながらえてくれた方が儲けは出そうだからな。精々吸い尽くさせてもらうぜ。どうやら俺は寄生虫らしいからよ。

 

「それからね」

 

 シワが少々目立つが、細くて長い指を揃えて、マーゥルが甘えるように言う。

 

「もし腕のいい大工さんを知っていたら紹介してくれないかしら?」

「大工? まさか、四十二区に別荘でも建てる気か?」

「まぁ、それは素敵な提案ね。……でも、違うの」

 

 ニュータウン辺りに、また濃いヤツが越してくるのかと一瞬ヒヤっとしたが、そうではないらしい。

 

「私の家からなら、四十二区はすぐそこだもの。それに、引っ越しちゃったら、あの素敵な洞窟を通れなくなるでしょ? それは惜しいわ」

 

 洞窟ってのは、四十二区と二十九区を繋ぐ新しい通路のことだ。

 ハムっ子洞窟の先は全方位が土と岩に囲まれた、ダンジョンのような状態になっている。まさに洞窟と呼ぶに相応しい場所だ。距離は短いけどな。

 

「俺らはあれを『トンネル』って呼んでんだけどな」

「あら、トンネルくらい知っているわよ。うふふ」

 

 いや、レールが伝わらなかったもんでな。

 お前らが何を知っていて何を知らないのか、ちょっと不安なんだわ、ここ最近。

 

「そうじゃなくてね。そのトンネルの出口が、私の家の敷地内でしょ?」

 

 最悪の結果を避けるために、『マーゥルの土地』に出口を作った。

 公道はさすがにやばいと思ってな。

 

「だから、私の館を少しズラしたいのよ」

「ズラす!?」

「だって、あのトンネルは、多くの人が使用することになるでしょ。出入り口にもそれ相応の建物を建ててきちんと管理しなきゃ。……それに」

 

 そうして、このオバハンは最後の最後に至極まっとうなわがままを口にしやがった。

 

「知らない人が大勢、私の庭に出入りするのは嫌だわ」

 

 そんなわけで、館を東へとズラしたいのだそうだ。

 館の西側は川だからな。

 

「それじゃあ、腕のいいヤツを紹介してやるよ」

「楽しみにしているわね」

 

 トンネル作りで不満を垂らしていたあのキツネも、これで機嫌を直すだろう。

 ベッコは引き続き、ハムっ子洞窟とトンネルの工事を続けてもらい、通路をより快適なものへと仕上げてもらう。

 ウーマロ率いるトルベック工務店の連中には、マーゥルの館を任せる。

 

 ノーマはとりあえずとどけ~る1号の歯車直しかな。

 もう、必要なくなるかもしれないんだけどな、とどけ~る1号。

 まぁ、小さい荷物なら、通路を通らなくてもとどけ~る1号でやりとりした方が早いか。

 

 

 ……で。

 俺は何をしようかな……

 

 

「ヤシロさん」

 

 後処理について考えていると、館の中からジネットたちが出てきた。

 料理を運ぶ台車はコンパクトにたたまれ、残った食材と一緒に大きな荷車に積み込まれている。

 あんなデカい荷車でも、マグダにデリアにノーマがいれば余裕で持ち運べるんだから、この街に文明なんか必要ないんじゃないかと思っちまうね。

 

「お待たせしました。準備が整いましたよ」

「おう。じゃあ……」

 

 帰ろうか――と、俺が言う前にマーゥルがジネットたちへと言葉を向ける。

 

「みなさん、今日はどうもありがとうね。どのお料理も、とても素敵で美味しかったわ」

 

 マーゥルの言葉に、ジネットは心底嬉しそうににへらっと笑い、パウラとネフェリーも顔を見合わせてくすりと笑い合った。

 だが、マグダとロレッタは……

 

「……ヤシロの知り合いと言われると、一瞬判断に迷う」

「そのお料理(各種豊富なサイズのおっぱいたち)もとても素敵で美味しそうだったって意味かもしれないと勘繰ってしまうです」

「おいこら、お前ら」

「まぁ、しょうがねぇよ。ヤシロの知り合いって、軒並み変なヤツばっかだもんなぁ」

「デリア……その発言、自分の首も絞まってるさね」

 

 マーゥルの言葉に卑猥な意味合いは含まれてねぇよ。

 まったく……

 

「マグダもロレッタも……どうしてこういう娘に育ってしまったのか……」

「自覚がないんかぃね? 諸悪の根源がいるんさよ……身近にねぇ」

「ノーマ。ここにいないウーマロの悪口はそのくらいにしてやれよ」

「存外ポジティブさよねぇ、ヤシロは」

 

 煙管でデコをツンと突かれる。

 最近、煙管をふかしている姿をあまり見かけなくなったのだが、やっぱり持ち歩いてるんだな。

 煙管の匂いは、食堂的には気になるのだが……煙管の煙をくゆらせているノーマは色っぽくていい感じだ。

 寝起きに吸っている姿とか、見てみたいものだ。

 

「うふふ。本当に楽しい人たちばかりね、四十二区は。羨ましい限りだわ」

「では、いつでも遊びにいらしてくださいね。もう、ご近所さんですので」

 

 ご近所さん。

 

 これまでは崖に阻まれて、近くて遠い隣区だった二十九区が、これからが徒歩ですぐの場所になった。

 ほんの些細な、それでいて多くの区を巻き込むことになる改革的な、そんな通り道が一本出来ただけで、世界はがらりと変わる。

 

 ジネットの何気ないそんな一言に、マーゥルはくしゃくしゃっと破顔し、嬉しそうな声を漏らした。

 

「本当ね。それじゃあ、頻繁に通わせていただくわ」

「はい。お待ちしてます」

 

 随分と営業上手になったものだ。

 マーゥルが通うようになれば、上客になるぞ。

 陽だまり亭懐石とか、じゃんじゃん食ってくれるに違いな…………いや、マーゥルなら、値段や格式なんかより、「変わった」「なんか変な」料理を好むんだろうな。

 ロコモコとか、ナシゴレンとか、下手したらねこまんまなんて物にまで食いつくかもしれない。

 

「ねぇ、ヤシぴっぴ。今後、二十九区と四十二区の会談は陽だまり亭で行うことにしましょうか?」

「他所でやってくれ」

 

 あんな場所で機密情報盛りだくさんな会談なんぞされて堪るか。

 気ぃ遣うわ。

 

「わたしは大歓迎ですよ。エステラさんとご一緒にお越しください」

「えぇ。そうさせてもらうわね」

 

 ……本当に来そうだからな、こいつは。

 

「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」

「はい」

 

 マーゥルとジネットが頷きを交わす。

 そして、こちらへと向いて、にっこりと――いつもの太陽のような笑みを浮かべる。

 

「さぁ、みなさん。帰りましょう。四十二区へ」

 

 

 

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