異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

301話 ルピナスの想い -4-

公開日時: 2021年10月2日(土) 20:01
文字数:3,793

 結局、ウィシャート家に関する有益な情報は得られなかった。

 ウィシャートがガキの頃からろくでもないヤツだったってのが分かっただけだ。

 だからといって、今現在ウィシャートに仕掛けられている嫌がらせの対策にはならない。

 

 でもまぁ、顔を繋いでおくだけでも意味はある。

 今後、何かの拍子に助力を頼むことがあるかもしれない。

 

 まぁ今回は、デリアにも大切に思ってくれる家族がいたってことが分かっただけでよしとするか。

 

「そういえば、お前の旦那、あれは何人族なんだ?」

「レッサーパンダ人族さ」

 

 また、微妙なラインだな。

 クマでもないし、アライグマでもないし。

 力が強いのかどうか、いまいちピンとこないな。

 まぁ、デリアより強いと豪語してるんだし、きっと強いのだろうが。

 

「娘に獣特徴って出てるのか?」

「それがまったくないんだよ。ウチの人も獣特徴が少ない人だからね」

「そういえば、耳だけだな」

「実はオケツにも毛が生えてるんだよ。これがまたもこもこして気持ちよくてねぇ。私は亭主のオケツに頬摺りするのが何よりの楽しみなんだよ」

「こら令嬢。レディの振る舞いどこに捨ててきた?」

「そんなもん、川に飛び込んだ時に流れて行っちまったよ」

 

 言葉を崩し、『川漁ギルドのオッカサン』の顔を覗かせるルピナス。

 そうして使い分けられるってのは、令嬢時代の教養のなせる業かもしれないな。本当に器用な娘だったのだろう。

 

「娘にもね、獣特徴があればよかったんだけどね……」

 

 ぽつりと漏らされた言葉には、沈痛な思いが滲んでいた。

 

「ないとは思うんだけどさ、実家がウチの娘を利用しようとするかもしれないと思うとね……やっぱ心配でさ」

 

 獣特徴が出ていれば、きっとウィシャート家はその娘を身内とは認めないだろう。

 ルピナスの言う通り、女というだけで本館への立ち入りを制限するようなお家柄だから、家を出た娘の子供になど興味を示すことはないと思うが……確実にないと言い切れないもどかしさがある。

 連中は、自分たちにとって必要だと感じれば、こちらの言い分など一切無視して強引に掻っ攫っていくことくらい平気でやる。

 だからこそ、ルピナスはその不安を完全に払拭できずにいるのだ。

 

「たぶんないだろう」と「絶対安心」は、月と太陽の距離くらい違う。

 

「いっそのこと、とてもレディにはなれないようなガサツな女の子に育てたらどうだ?」

「バカをお言いじゃないよ。可愛い娘にそんなこと出来るもんかい」

 

 オッカサン口調で憤慨し、そして令嬢口調で我が子を思って言葉を発する。

 

「あの娘には、無限の可能性を与えてあげたいのよ。川漁ギルドを継ぎたいというのなら応援するし、好きな男と一緒になりたいというのなら有無を言わせず捕らえるし――」

「待って。相手の男の自由も尊重してあげて」

 

 捕らえるってなに!?

 狩り!? え、狩りなの!?

 

「そして――」

 

 その後に続いた言葉には、さすがにちょっと度肝を抜かれた。

 

「あの娘が領主になりたいというのなら、私は実家を敵に回してでもその望みを叶えてあげるつもりよ」

 

 ウィシャート家の乗っ取り。

 いや、さすがにそこまでは考えていないだろう。

 ルピナスの娘が領主になるには、ウィシャート家を乗っ取る以外にもう一つ、領主の息子と結婚する方法がある。

 領主の息子と結婚し、そして息子が領主になった後で全権を譲渡してもらう。

 四十二区で言えば、エステラが未来の旦那に領主の座を譲る感じだ。

 

 もっとも、血族以外の者に領主を譲るなんて、他の一族が黙っちゃいないだろうけどな。

 

 それに、ルピナスの娘がそんな動きを見せれば、ウィシャート家も黙っていないだろう。

 ヤツらにとって、『身内』なんてのは足枷でしかないだろうからな。

 

「領主になりたいなんて言ってるのか?」

「いいや。もしそんなことを言い出しても、私は娘の味方だっていう、ただの親バカ発言よ。忘れて。そこまで過激な娘じゃないわ」

「よかったな、母親に似なくて」

「あら、そっくりよ? 私に似て絶世の美少女なんだから」

 

 そんなセリフが、悔しいかな説得力があるんだよなぁ。

 年は取っているが、ルピナスは美人だ。こいつに似ているなら、間違いなく美少女だろう。

 

 ただ、乳の遺伝子には期待が持てないけどな。

 

 ルピナスの娘が仮に領主になっても、領主の平均バストが下がるだけだな。よし、俺は反対派に回ろう。

 

「それで娘は……えっと、名前を聞いてもいいか?」

「カンパニュラよ。鈴の音のように美しい声をしているの。自慢の娘よ」

「へぇ、是非会ってみたいもんだな」

「そうね。機会があればね」

 

 ルピナスの娘、そしてウィシャートの血を引く一般人。カンパニュラ。

 御年九歳。

 これから何にでもなれる、希望に満ちた年齢だ。

 今回のいざこざに巻き込みたくない存在だな。

 今回の一件が落ち着くまで、会うのは控えておこう。

 

「それで、カンパニュラがどうかしたのかしら?」

「ん? あぁ、いや、何かになりたいとか言ってるのかなって」

「言ってるわよぉ~。ウチの娘、天才だから。将来のこともちゃ~んと見据えているのよね」

 

 親バカ全開でルピナスが恵比須顔をさらす。

 その表情を見るに「領主になりたい」なんてことは言っていないと分かる。

 きっと、親が望むような可愛らしい夢を語っているのだろう。

 ケーキ屋さんとかお花屋さんとか。はたまた両親と同じ仕事に就きたいとか――

 

「パパのお嫁さんになる、とかか?」

「そんな世迷いごとを言い始めたら家から追い出すわ」

「目がマジじゃねぇか!?」

 

 えっ、親バカさんでしたよね!?

 娘ですらライバル視すんの!?

 旦那ラブ過ぎて病むキャラとか、トムソン厨房だけで十分なんだけど!?

 

「で、何になりたいって? 可愛い可愛い、お前の愛娘は」

「雲食べ屋さん」

「……は?」

「雲が美味しそうだから、食べてみたいらしいのよ」

「……で?」

「それを職業に出来たらいいなぁ~って。うふふ、可愛いでしょう?」

「いいや、めっちゃ心配だけど!?」

 

 大丈夫かと聞くのも恐ろしいくらいに常軌を逸してるな!?

 百歩譲って「雲を食べてみたい」までは許そう。

 だが、それを商売にしたいって!? どこから金が発生するんだよ!?

 

「カンパニュラの計画では、豪雨期に晴れ間を望む農業ギルドや川漁ギルドから依頼を受けるつもりらしいわ」

「割とまともに計画立ててた!?」

 

 もしそれが可能なら、依頼したがるところは多いだろう。もしそれが可能ならな!?

 

「ただ、市場調査を行いたかったらしいんだけど、どこにも雲なんて売ってなくて相場が分からないって悩んでいたわ」

「もしかして、マジで天才なの、お宅の娘さん!?」

 

 市場調査したのか!?

 頭がいいのか無邪気なのか馬鹿なのか変態なのか、判断に悩むなそのエピソード!?

 

「あと、お仕事が終わる前におなかいっぱいになったらどうしようって」

「急に可愛い悩みだこと!?」

 

 難しいな、最近のお子様の感性を理解するのって!?

 

「カンパニュラが何を目指そうと、私は応援するわ。だから今、調味料の研究をしているのよ」

「やるべきことをはき違えてる!」

 

「雲に何を付けたら美味しいかなぁ?」じゃねぇーんだわ!

 まず、あれは食えないって教えてあげて!

 

「ちなみに、去年はネコ語博士になりたいって言っていたわ」

「近所に可愛い野良猫でもいたのか?」

「そうなの。それでね、ネコが鳴く時の声の高さや発声と、眼球の動き、瞳孔の開き具合、筋肉の収縮加減をデータに取って、どの鳴き方がどんな感情を表しているのか統計から予測を立てていたのよ」

「天才だね、お宅の娘さん!? なんか、今の幼い世代、ちょっと怖いよ!」

 

 四十二区にもいるんだわ、舌っ足らずな無邪気っ子なのに、数学の天才って幼女が!

 

「そんなに娘を褒めてもらえると嬉しくなるわね。是非会わせたいわ」

「まぁ、こっちのごたごたが収まったらな」

 

 さすがに、こいつら家族を危険に巻き込みたくはない。

 そんなつもりで言ったら、ルピナスは目を丸くして、そして頬を緩める。

 

「ありがとうね。でも、心配になってきたわ」

 

 すっと腕を伸ばし、おもむろに俺の髪を撫で始めるルピナス。

 

「こんな優しい人が、あのウィシャート家に目を付けられているなんて……」

 

 俺を優しいと評するルピナス。

 そして、鋭い視線で俺に告げる。

 

「いざという時は、命を奪うくらいの気概がなければヤツらは倒せないわよ」

 

 弱ったフリをして、背後から襲い掛かる。そういうやり方を好むのだから――と、ルピナスは言った。

 

 そんな卑怯な連中の相手は、俺では荷が重いと思ったのだろう。

 ……まぁ、大丈夫だ。

 

 俺は俺で、卑怯者のやることくらい理解しているからな。

 

「一応、忠告として聞いておくよ」

「そうしてちょうだい。不安の種は、少ない方がいいわ」

 

 この十数分会話を交わしただけで、ルピナスは俺のことまで心配してくれるらしい。

 ルシアが言っていた愛情が深いってのは本当らしいな。

 

「それじゃあ、そろそろ出ましょうか。いつまでも私が独占しているのは悪いわ」

「あらぬ噂が立っても困るしな」

「あはは。私の重過ぎる亭主愛は有名だからね、それはないわよ」

 

 からからと笑うルピナス。

 だが、たった一人、そんなルピナスを心配して様子を見に来てしまった者がいた。

 

 そいつは、遠慮がちにドアを開け、そして鈴が鳴るような声で語りかけてきた。

 

「母様。マッサージはまだ終わらないのですか?」

 

 

 ひょっこりと顔を覗かせたのは、淡い薄紫色の髪をした、幼い少女。

 ルピナスの一人娘、カンパニュラだった。

 

 

 

 

 

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