異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

344話 耳聡い協力者 -4-

公開日時: 2022年3月23日(水) 20:01
文字数:5,213

「浴室に近付けば、足音で分かりますので」

 

 ソフィーが恐ろしい目で俺を睨み、リベカたちを連れて浴室へ入っていった。

 ……チビどもの入浴なんぞ、わざわざリスクを冒してまで覗くか。

 

「見るとしたらソフィーのだな」

「殴殺と刺殺と、どちらがお好みだい?」

 

 中に突入してソフィーに殴られるか、突入する前にエステラに背後から刺されるか。

 出来れば、眼福な光景を目にして感激のあまりに成仏する、そんな最期がいいな、俺は。

 

「ま、ソフィー程度の乳では成仏できないけどな!」

「聞こえてますよ!」

 

 ドアの向こうからおっそろしい声が飛んできた。

 もぅ、耳がいいんだから。

 

 リベカと一緒に、カンパニュラとテレサも風呂に入れた。

 ちびっこチームは寝るのが早いからな。

 カンパニュラの末端冷え性は、毎日の食事療法とジネットの丁寧なマッサージで回復に向かっている。最近はお湯を痛がらなくなってきた。

 ソフィーに任せても大丈夫だろう。

 

 営業時間もあと二時間そこそこか。

 

「マグダ、ロレッタ。悪いがあとは頼むな」

「……大船に乗せてあげる」

「みなさんの食べる速度も落ち着いたので、あとは消化試合です」

 

 ベルティーナが帰ってから、一気に楽になったな。

 教会のガキどもを風呂に入れて寝かしつけなければいけないので、リベカたちが来るより前にベルティーナは帰っていった。

 

 あぁ、そうだな。折角だしお願いしておこう。

 

「ソフィー! 明日、四十二区教会に滞在して、ベルティーナを守ってやってくれ」

 

 ソフィーなら、割と頼りになるかもしれない。

 撲殺シスターだし。

 

 返事はないが、確実に聞こえているだろうし、ベルティーナの護衛ならあいつは断らない。ベルティーナのことが大好きだしな。

 おそらく、もう服を脱いで風呂場に入ってしまったのだろう。

 その格好で声が届くところまで出てくることが出来ないのだ。

 

「じゃ、俺はヤップロックんとこ行ってくる。ジネット、急で悪いが客室を――」

「はい。整えておきますね。暗い上に雨が降っていますから、足元に気を付けてくださいね」

「ん」

「ボクもついていってあげたいところだけれど、ナタリアが迎えに来ちゃったからもう帰るね」

 

 リベカとソフィーがやって来た直後、ナタリアが陽だまり亭へとやって来た。

 ナタリアはナタリアで、今日一日書類仕事を引き受けていてくれたようだ。今回は、領主連中と連携することが多いから、細々とした手続きが多くてなぁ。

 エステラを借りてしまったので、そのしわ寄せが全部ナタリアに向かってしまった形だ。

 

「悪かったな、ナタリア。今度なんか奢るよ」

「では、ニギリズシというものをお願いします」

「え、俺そんな話したっけ?」

「わたしも聞きました、ヤシロさん」

 

 ジネット曰く、手巻き寿司をやっていた時に「他にもチラシや握りがある」なんて話をしたらしい。

 ……まったく覚えていないが。

 

「その時のヤシロさんのお話では、相当な技術を要するもので、陽だまり亭でも安定提供は難しいであろうということでした」

「私もそのように記憶しております。ですので、褒美をいただけるのであればそちらを是非」

「わたしも食べてみたいです!」

 

 おぉう、ついにジネットがベルティーナみたいなことを言い出した。

 

「……分かった。んじゃあ、港が完成したらな」

「そんなに先になるのですか?」

「いろんなネタがあった方がいいだろ?」

「よく分かりませんが、ヤシロ様がそうおっしゃるのなら、きっとそうなのでしょう。では、俄然張り切って邪魔な障害物を排除してしまいましょう。崖の上の目の上のたんこぶを『うぇ~い』と上々アゲアゲな感じで」


 めっちゃ上だな!?

 まぁ、意気込みだけは物凄く伝わってくるけども。


「じゃ、明日は昼過ぎに迎えに来るよ」

「ん、頼む」

 

 エステラがナタリアを伴って帰ろうとする。

 

「そうでした、ヤシロ様。明日はかなりの冷え込みが予想されます。外套の準備をしておいた方がいいでしょう」

「オーウェン式天気予報か?」

「はい。雨は止むでしょうが、気温は上がらないはずです」

「分かった。準備しとくよ」

「では」

 

 と、ナタリアはエステラを先導して陽だまり亭を出て行った。

 明日、寒いのか。ヤだなぁ。行きたくねぇなぁ。めんどくせぇなぁ。

 

「外套の準備、しておきますね」

「悪い。頼むな」

 

 ジネットが請け負ってくれたので、お言葉に甘えておく。

 

 エステラたちを見送った後、俺は一人、傘を差してヤップロックの家へと向かった。

 雨のせいで光るレンガの灯りが弱い。……陰鬱だ。

 さっさと済ませてさっさと帰ろう。

 

「ん? あれは」

 

 トウモロコシ畑に差しかかると、傘を差して一人佇むサル女がいた。

 

「お~い、バルバラ」

「えっ!? え、えいゆ、う……?」

 

 なんか、めっちゃ驚かれた。

 ……なんだよ?

 

「どした? テレサの帰りを待ってたのか?」

「あ、いや……そうじゃ、ないんだ……けど、さ」

 

 なんだか歯切れが悪い。

 というか、こいつ……泣いてる?

 

「何かあったか?」

「……ぐすっ。なんで……英雄は、なんでも分かっちゃうんだよぉ……」

 

 恨みがましそうな涙目で俺を睨み、バルバラが涙を落とす。

 

「アーシ、どうしたらいいか……分かんなくなった」

 

 わっと泣き出すバルバラ。

 とりあえず落ち着かせないと。

 

「一旦屋根のあるところへ行こう。話を聞いてやるから」

「いい! ……ここに、いる」

「家に戻りにくい理由でもあるのか?」

「…………」

 

 あるらしい。

 ヤップロックに怒られるようなことでもしたのだろうか?

 いや、ヤップロックが怒ることなんか、世界に二個くらいしかないから、それはないだろう。

 じゃあ、なんだ?

 

「アーシさ……ゴロッツに、好きって……言われた……」

 

 

 ん~……

 とんでもない方向からお悩み相談が飛んできたなぁ……

 ゴロッツって、あれだろ?

 俺が街門前広場で首を掻き切って死んだように見せて、その後更生させてここに押し付けた元ゴロツキの……

 

 なんでそんなことになってんだよ……

 

「あいつ、頑張ってるからさ、いっぱい褒めてやって、アーシももっと頑張ろうって思って、それでいい仲間だって思って付き合ってたのにさ……急に、アーシが好きだって……」

 

 急に言われてパニックになった感じか。

 

「ゴロッツはいいヤツだけど、でもアーシは……好きな人、いて……でも、アーシみたいなのが、振るとか……そんなの…………そもそも、なんでアーシなんか!? アーシなんか全然大したことなくて、もっといいヤツいっぱいいるのにさ! ゴロッツなら、もっとそういういいヤツを好きになって……そんで、幸せになってくれればいいなって……思って…………でも、あいつ、アーシがいいって……」

 

 うんうん。

 気持ちは分かる。

 気持ちは分かるんだが、なんで俺がそんな話を聞かされてるのかが分からない。

 いや、聞くとは言ったよ? 言ったけど、バルバラの恋愛相談を受けるなんて……それで雨降ってんじゃねぇの、今? こいつのせいか?

 

「アーシ困ってさ……悩んで……で、気付いたんだ。アーシ、前に英雄と結婚するとか、考えなしに騒いじゃってさ……あの時、英雄はどんなに困っただろうって」

 

 ようやく気付いたか。

 すっげぇ迷惑だったわい。

 

「でも英雄はイヤな顔一つしないで、ちゃんとアーシの話聞いてくれて、いろいろ教えてくれて……」

 

 嫌な顔しかしてなかった記憶があるんだが……

 

「アーシ、やっぱりパーシーさんが好きだけど、けど……ゴロッツの一生懸命な目とか見てたら、気持ちが、すごく伝わってきて……好きになってあげたい……って! そんな偉そうなアレじゃなくて! でも、好きになれたら……いいのにって……でもやっぱりどうしてもパーシーさんが好きで…………アーシ、最低だなって」

 

 ついには泣き出し、言葉が聞き取れないくらいにぐじゃぐじゃになる。

 

「困った時に頭に浮かんだのはやっぱり英雄でさ、相談に行きたかったけど、アーシがすごく迷惑かけてたって気付いたから、会いづらくて……そしたら、英雄が会いに来てくれて……」

 

 お前に会いに来たわけじゃねぇけどな。

 

「アーシ、ずっとここで考えてて……生まれてから一番頭使って、でも分かんなくて……苦しくて……」

 

 本当に、こいつは人生で一番頭を使ったんだろうな。

 それで、今も悩み続けている。

 一朝一夕で答えなんか出せないその悩みを、一朝一夕で答えを出さなきゃって焦ってる。

 それがどういうものかもまだ分からずに、こいつは初めて恋に悩んでいるのだろう。

 

 ……女子に相談しろ、そーゆーことは!

 

「アーシさ、今まで、正解は一つしかなくて、それ以外はみんな間違ってるんだと思ってたんだ」

「そうだな。お前の生き方はそんな感じだったよ」

「うん。でもな……ここで働くようになって、とーちゃんやかーちゃんと一緒にいて、正解はいっぱいあるんだって思った。人それぞれに正解があって、それは、他人が勝手に決めつけていいもんじゃないって、気付いたんだ」

「ほぅ。よく気付いたな。大した進歩だ」

「えへへ……くすぐってぇよ、英雄」

 

 口を横ににっと伸ばして照れくさそうに笑うバルバラ。

 すっかり刺々しさが抜けて、柔らかい女の子の顔になっていた。

 

「それでさ、なんか、人生のすべてを悟ったって気になってたのにさ……全然ダメでさ」

「そういうもんだよ」

 

 一つ学べば、また次の難問にぶち当たる。

 人生ってのは、そういうもんだ。

 

「けど、何も知らなかった頃のお前より、ずっといいヤツになれてるだろ?」

「なれてる……かな? 自分じゃ分かんないけど……でも、なれてるといいな」

 

 はにかむバルバラには、初対面の時の面影はすでになかった。

 こいつは、こんな顔をしていたんだな。

 

「たぶん、お前も薄々勘付いているとは思うが、ゴロッツの件に関しては、俺が答えを出してやるわけにはいかない。拙いながらもお前が考えて、お前自身が答えを出してやれ。それが、誠意ってもんだ」

「うん……難しいけど、やってみる」

「時間はどれだけかかってもいい。その代わり、正直に今の気持ちを言ってやれ。それだけで、ゴロッツは救われるから」

「うん! そうする」

 

 なんの解決もしていないが、バルバラは晴れやかな表情になった。

 すっかり大人になったもんだ。大人の階段を上った感じだな。

 

「それから、テレサなんだが。今日は陽だまり亭に泊まることになった」

「そっか。カンパニュラ、だっけ? すごく仲がいいみたいだな。家でもずっとカンパニュラの話ばっかりしてるよ」

「かにぱんって覚えてるかと思った」

「それは、テレサがそう言ってるだけだろ。シスターにカンパニュラだって教えてもらったから、名前は知ってんだ」

 

 ふむ。

 情報を複数箇所から得て総合的に判断することを覚えたか。

 なんでもかんでも鵜呑みにするバカザルだったが、随分成長したもんだ。

 

「テレサ、楽しそうにやってるか?」

「あぁ。畑の手伝いが出来てないが、そっちは大丈夫か?」

「当たり前だろう! こっちにはアーシがいるんだからよ! ……それに、ゴロッツも、そこそこデキるヤツだし」

 

 ほほぅ。

 まったくの脈なしというわけでもないようだな、ゴロッツ。

 これは、どうなるか分からんぞ。

 

「アーシさ、もしテレサがトウモロコシ農家以外の仕事に就きたいって言ったら、全力で応援してやるつもりなんだ。一緒にいられないのは寂しいけど、テレサには、テレサの人生を歩んでほしいって、最近は思うから」

「ん。そうしてやれ」

 

 いつか、俺がこいつを説得しなければと思っていたが、自分でそう考えるようになっていたとはな。

 

「もし、テレサに大切なものが出来ても、お前との絆が変わるわけじゃない。テレサに好きな人が出来ても、お前を嫌いになるわけじゃない。お前とテレサの絆は、そういう特別なものだ。何がテレサの中で一番になっても、どれだけ離れた場所にいても、誰にも邪魔できない特別なものだ。それだけは、絶対忘れるな」

「うん。……へへ。英雄と話をすると、やっぱり元気になれるな」

 

 すっかり涙も引き、赤く染まった目尻に泣いた名残が残るのみだ。

 

「英雄は、テレサとは違うけど、アーシの中の特別だからな」

「いや、それは遠慮しとくよ」

「なんでだよぉ!?」

「辞退する」

「難しい言葉使うなよぉ!」

「頑張って覚えろ」

「『自害する』!」

「死んでんじゃねぇか!?」

 

 誰が死ぬか!

 

「あぁ……じゃあ、英雄にもらった元気がしぼまないうちに、ゴロッツに話してくる。……あの、ありがとな。話聞いてくれて」

「おう。あ、そうだ。ヤップロックにテレサのこと言っといてくれ」

「うん。伝えとく。じゃあアーシからも。テレサにちゃんと布団かけて寝ろよって伝えといてくれ」

「そっくりそのままお前に返してやるよ」

「アーシは平気だよぉ! 姉ちゃんだぞ!?」

 

 姉だろうが年上だろうが、お前は布団を蹴飛ばしそうなんだよ。

 

 

 そんなわけで、まさかまさかの進展にめまいを覚えつつ、役目を果たした俺は帰路に就いた。

 

 しかしまさかなぁ……

 俺たちのあずかり知らぬところで、バルバラが昔の少女漫画みたいな恋愛を経験していたとは。

 

 世の中、何が起こるか分からねぇもんだよなぁ。

 

 

 

 

 

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