異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

276話 式典に向けて遂げる変貌 -4-

公開日時: 2021年6月30日(水) 20:01
文字数:3,411

「ヤシロさ~ん。あ、ここでしたか」

 

 ドアからジネットが顔を覗かせる。

 ほんのりとメイクをして、髪の毛をふわりとなびかせて。

 

「…………」

「あ、マーシャさんもメドラさんも素敵なドレスですね」

 

 その変貌ぶりに言葉を失う俺に気付かず、ジネットは陽だまり亭前に集う者たちに声をかける。

 俺の前を通り過ぎて。

 

 裾の広がったドレスがゆったりと揺れる。

 

 こいつがこの国の王女だと言われても、今なら信じてしまいそうだ。

 

「店長さん、綺麗~☆」

「確かに、こりゃあ大したもんだねぇ」

「ありがとうございます。マーゥルさんとルシアさんにご教示いただきまして、ちょっと頑張ってみました」

 

 にっこりと微笑んで会話を交わし、そして俺の方を振り返る。

 恥ずかしそうに後ろで手を組んで。

 

「あの、ど、どう……でしょうか?」

「…………」

 

 どうって?

 そんなもん、お前、決まってんだろうが。

 

「……あの、ヤシロさん?」

「ん? あ、あぁ。すまん」

 

 今日も元気に盛り上がってるな、お前の胸元は!

 おっぱいが強調されてて最高だな、そのドレス!

 押し上げるところ敵無しってか!?

 イベントに期待してるからって胸を膨らませ過ぎだろう~!

 

 ……なんて冗談で水を濁したかったのだが、そんな言葉は一切口に出来なかった。

 

「よく、似合ってる……その……すごく綺麗だ」

「ぇう…………あ、ありがとうござます」

 

 いや、ほら、あれだ!

 オシャレする女子は緊張感がな?

 だから素直な感想を述べる礼儀がな?

 な? 分かるだろう? な!?

 

「で、では……」

 

 うっすらと頬を染めて、ジネットが時折見せるイタズラ心が垣間見える瞳がこちらを見る。

 

「わたしも、普段からこの格好をしていましょう、か?」

 

 俺がさっきジネットに言ったことを、そのまま返してきやがった。

 こんにゃろう……小癪なマネを。

 

「それはダメだ」

 

 普段通りの、ありのままのジネットも素敵だから――そんな言葉を期待したか?

 残念だったな。

 

「普段着の方がおっぱいが強調されてるからな」

「むぅ! 今から懺悔室の予約をしてきます」

 

 頬を膨らませるジネット。

 その顔に、なんだかようやく心が落ち着いて、思わず吹き出してしまった。

 

「冗談だ」

「……もう」

 

 悪いな。

 見惚れてしまって、緊張してたなんて言えやしないからさ。

 

「店長って……やっぱり綺麗だよな」

 

 デリアがぽそりと呟く。

 その目に浮かんでいるのは羨望。そして、メラメラと燃え上がる意欲。

 

「そんなことは……デリアさんこそお綺麗ですし、マーゥルさんたちにお願いすればもっと綺麗になりますよ」

「分かった! ちょっとお願いしてくる!」

 

 拳を握って店内へ踏み込んでいくデリア。

 戦いに赴くような険しい表情で。

 

「あ、でも、ドレスどうしよう!?」

 

 一度入った店内から顔を覗かせるデリア。

 まず、着替えるドレスがないんだよな、こいつは。

 

「ご心配には及びませんよ!」

 

 高らかに言って、颯爽と現れたのはウクリネス。

 ……あのさ。ひょっとして陽だまり亭での会話って、四十二区中に放送でもされてるの?

 どいつもこいつもタイミング良過ぎない?

 

「今日の式典に際して、私のお気に入りのみなさんがオシャレ着を買いに来られなかったので、今大急ぎで渡して回っていたんですよ」

 

 昨日までは他の仕事で手が離せず、今日になってしまったのだそうな。

 そういや、俺の服も今朝届いたんだっけ。

 毎回毎回、かつかつまで仕事を詰め込み過ぎなんじゃないか、ウクリネス?

 適度に息を抜かないと倒れちまうぞ?

 

「今日は各区の領主様やギルド長さんたちが集まる注目度の高いイベントですからね! 四十二区の綺麗どころには気合いを入れていただきませんとね!」

 

 ウクリネスの瞳が燃えている。

 美の発信基地の地位でも固めようとしてないか、このオバサマ。

 

「デリアちゃんは大人セクシーかお姫様系か悩んでいたのですが、お姫様にしましょうね」

 

 言いながら、デリアの肩を抱いて陽だまり亭へと入っていくウクリネス。

 さすがだな。

 デリアの中の純真な乙女要素を見抜いて、そこを磨こうって魂胆か。

 大人セクシーではノーマやナタリアに敵わないもんな、デリアは。スタイルは負けてないが、にじみ出す色香が不足している。

 

 だが、デリアはそのプロポーションと心のギャップにこそ魅力が秘められているのだ。

 

 そこに気が付くなんて、ウクリネス、お前…………中身完全にオッサンだな!

 

 デリアを見送った後、俺たちは一度店内へ戻る。

 マーシャを外に出しておくのは危険だからな。

 

 程なくして、マグダとロレッタがレッドカーペットを歩くようにフロアへやって来る。

 すげぇ、他国のお姫様みたいだ。

 マグダに至っては妖精の国の姫君のような雰囲気を纏っている。

 

「これはこれは、どちらの姫君でしょうか?」

「くはぁっ! お兄ちゃん、お上手です!」

「……ロレッタは、そういうところが残念」

 

 マグダの指摘通りだぞ、ロレッタ。

 そこで、楚々と微笑むくらいに留めておけば、お前だって十分可愛いのに。

 

 ……というか、ロレッタ。

 

「お前、こんなにスタイルよかったか?」

「へ!? あ、あの……たぶん、マーゥルさんのおかげ、かなって、思うです、けど…………あの、恥ずかしいです!」

 

 俺の目を覆うように両手を突き出してくるロレッタ。

 大胆に露出した肩とデコルテ。そして、ボリュームのあるスカートには深い切れ込みが入っていて右脚は太ももまで露出している。

 見せるところだけを見せているせいか、やたらとスタイルがよく見える。

 

「くっ……今日だけは『普通』とイジれない」

「ホントですか!? やったです!」

「あぁ。普通に綺麗だ」

「普通って言ったですよね、今!?」

 

 いや、言わなきゃいけないような気がして! つい!

 

 マグダのドレスはそこまで露出は高くないが、それでも十二分に女の子らしさを強調している。

 ボリュームの多い髪がふわふわに仕上げられていてお人形さんのようだ。

 明るい色合いのドレスが可愛らしいラッピングのようにも見え、思わず連れ帰ってしまいたくなる可愛さを遺憾なく発揮している。

 ウーマロとハビエルが意識を刈り取られないか、いささか心配になるレベルだな。

 

「……マグダ、お姫様みたい?」

 

 何かを期待してこちらを見上げてくるマグダの目は、どこか儚げにも見えて、人見知りな深窓のお嬢様のようだ。

 

「あぁ。どこから見てもお姫様だな」

「……そう」

 

 俺の言葉に満足したのか、マグダは俯き、尻尾を立てて、そして世界へ向けて声を発する。

 

「……跪け、愚民ども」

「お前のお姫様観、ちょっと修正しようか」

 

 誰を見てそこに行き着いちまったんだよ、お前は。

 

「……ヤシロ。マグダ、可愛い?」

 

 いつも自信に満ち溢れているように見えるマグダだが、実はいつもいつも不安を抱えているのだ。

 甘えたいが、甘え過ぎて嫌われはしないだろうかと。

 そんな、窺うような視線をいつも向けてくる。

 

 陽だまり亭にいる限り、マグダが誰かに嫌われるなんてあり得ないのにな。

 

「マグダが可愛くなかった時なんかあったか?」

「……今日は?」

「可愛過ぎて連れ去りかけていたところだ」

「…………そう」

 

 俯いて呟き、尻尾をこすりつけてくる。

 

「ダーリン、アタシは?」

「うん、すっごい素敵」

 

 だから、連れ去らないでください、お願いします。

 

 メドラが背後で「照れて視線も合わせられないなんて、ダーリンってば、初心うぶっ!」ともんどり打っている音が聞こえるが、振り返っちゃダメだ……魂を抜かれる。

 

「ルシアさんとマーゥルさんのドレスも素敵ですよ。……ふふ、ドニスさん、きっと驚かれますね」

 

 そんなことを楽しそうに言うジネット。

 だが――

 

「俺ほどじゃないだろうよ」

「へ?」

 

 いつもと違う雰囲気を纏い、控えめなのに印象に残るメイクをして、楚々として微笑むジネットはまるで別世界の存在のようで。

 

「ジネットのドレス姿には驚かされたからな」

「……大袈裟ですよ」

 

 そんな彼女が俺に笑みを向けてくれるなんてことが、まるで奇跡のようにすら感じてしまう。

 

 ……式典の最中はがっちりガードしてもらわなきゃな。

 貴族どもが寄ってこないように。

 

「ジネット、マグダとロレッタも、メドラのそばを離れるなよ」

「はい。迷子になると危険ですからね」

 

 と、年下のマグダたちに向かって言うジネット。

 お前だよ、一番危険なのは。

 

 危機感の薄いジネットのお目付け役をマグダとロレッタにしっかりと申し付けておく。

 だが、お前らも今日は華やかだから十分に気を付けるようにと言い含めておく。

 

 ホント。

 領主だなんだと貴族が集まるようなイベントはいろいろ気苦労が絶えないもんだな。

 

 

 

 

 

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