異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

272話 三が日に集う者たち -2-

公開日時: 2021年6月14日(月) 20:01
文字数:3,447

「歓迎しよう、我が友人たち。オマケのカタクチイワシ」

「わぁ、ルシア様から歓迎していただけるなんて、ヤシロ・カンゲキ~☆」

「ヤシロ。眉間。眉間にめっちゃシワ寄ってるから」

 

 眉間のシワはルシアも寄ってるからお互い様だ。

 

「ルシアさん。お招きいただきありがとうございます。まずは一同を代表してご挨拶を――」

「よいよい。それよりも疲れたであろう? 足湯を用意させた。皆、休むとよい」

「来てほしい、こちらへ」

 

 ギルベルタに呼ばれて向かった先に、以前も見たデカいたらいが置かれていて、並々と張られた湯から湯気が立ち上っていた。

 ただ、前回と異なるのは、その場に見たことがないオッサンたちが三人立っていたということだ。

 

 誰だ?

 ルシアの館の護衛にしては服装や姿勢が粗野だ。

 見ず知らずの男たちを前に、ナタリアが静かにエステラを庇うように前へ出る。

 隣にいると肌がピリピリするくらいの殺気を纏っている。

 ……やっぱ怖いなぁ、給仕長。

 

「心配する必要はない。その者たちは我が区の大工たちだ」

「……え」

 

 声を漏らしたのはウーマロだった。

 なぜ、領主の餅つきに大工が……なんて、ルシアが企てた以外に考えられないが、やっぱり少し驚いた。

 

「そなたら、すまぬが他区の領主が足湯に浸かるのだ。席を外してくれ」

「あ、す、すみません! おい、行くぞ」

 

 代表者らしい短髪の男が慌てた様子で他の男たちに声をかけて場を辞する。

 館の庭ではあるが、目隠し用の衝立が設けてあるので、エステラやジネットたちに一応は配慮してくれているのだろう。

 この衝立を作ったのが、さっきの大工たちってわけか。

 

「……ウーマロを見ていた」

「ですね」

 

 マグダとロレッタが少々怖い目で大工たちの背中を見ている。

 確かに、連中は俺たちが来た時からウーマロだけをじっと見ていた。敵視するような、キツイ視線だったな。

 

「すまぬな。許してやってくれぬか、マグダたん、お義姉様」

 

 大工たちの無礼を領主が代わりに謝罪する。

 ルシアとしても、なんとかしたいと思っているわけだ。これから協力して港の建設を行おうって大工たちの間に横たわる悪感情を。

 

 ……つか、『お義姉様』やめろ!

 やらねぇからな、ハム摩呂!?

 

「彼らとの話はまた後にして、今は足湯を堪能してくれ」

 

 ギルベルタと給仕たちが俺たちそれぞれに椅子を勧めてくれる。

 椅子の隣には桶とタオルが用意されている。

 

「私も一緒したいところだが、彼らもいるしな、今回は遠慮しておく」

 

 ちょっとしたトラブルを抱えている相手と、自区の領主が仲良く足湯に浸かっていれば、やはりこの区の大工は面白くはないだろう。

「領主様はあいつらの味方なのか!?」なんて言われたら、収拾が付かなくなる。

 なので、あくまで中立という立場に身を置くつもりなのだろう。

 

 場所はセッティングしたから、お前らでなんとかしろってか?

 丸投げも甚だしいな、ったく。

 

「ゆっくりとするがいい。その間、私はハム摩呂たんと一緒に我が家のお風呂に入ってくるのでな」

「衛兵ー! 今すぐ頑丈な縄持って下手人を捕まえに来てー!」

 

 いつの間にか拉致されていたハム摩呂を、ロレッタが奪還してぎゅっとその腕に抱く。

 この領主、真顔でとんでもない犯罪行為を……なんで告訴できないの? この街の法律、ちゃんと機能してる?

 

 それから十分ほど、俺たちは足湯を堪能し、ルシアはギルベルタから若干キツめのお仕置きを受けていた。

 折檻されなさい。

 体罰?

 いいえ、愛の鞭です。

 

 足湯から出ると、給仕が足を拭いてくれようとするが、さすがにそこまでしてもらわなくてもいい。つか、ちょっと恐縮するので辞退する。

 ジネットたちも自分で足を拭いている。

 ……あ、ジネットがやたらと急いでいると思ったら、マグダの足を拭きに行った。

 マグダもそれを待っていたようだ。

 給仕に「わたしにやらせてくださいね」なんて言ってタオルを受け取っている。

 マグダの世話を焼くのがジネットの趣味の一つだからな。

 

 見れば、ジネットよりも素早く自分の足を拭き終わったナタリアがエステラの足を拭いてやっている。

 さすがだな、給仕長。

 

「申し訳ございません。帰りに二十七区へ寄っていただけますか?」

「小遣い稼ぎしようとしてんじゃねぇよ!?」

「没収だよ! まったく」

 

 エステラの足を拭いたタオルを、大のエステラマニアな領主に売りつけようと画策していたナタリア。野望は脆くも打ち砕かれた。

 トレーシーなら、真顔で金貨を差し出しそうで怖いんだよなぁ。

 

 で、足湯のたらいの中に飛び込んでお湯をばっしゃばっしゃハネさせて遊んでいたハム摩呂がロレッタに確保されて全身をかなり力強く拭かれていた。

 苦労が絶えないなぁ、長女。

 

 そんな中、一人静かに衝立を見つめるウーマロ。

 

「どうした? 粗探しか?」

「違うッスよ!?」

 

 三十五区の大工の手がけた作品を見ていたからてっきりそうかと思ったのだが、違うらしい。

 

「これ見てッス」

 

 若干興奮気味に、ウーマロが衝立の一部を指差す。

 

「これ、ここのバーを外せばコンパクトに折りたためるッスよ、きっと」

「あ、ホントだ。よく見たらストッパーも回転するようにしてあるな」

「これなら、使わない時に折りたたんで収納できるッスし、修理する時も壊れた部分を取り替えるだけで済むッスよ」

 

 キラキラした目でそんな説明を俺にして、自身のアゴを摘まみながら、「いい仕事してるッスねぇ」なんて称賛を惜しげもなく呟いている。

 

「アイデアも大したものッスけど、やすり掛けとか、角の加工が丁寧なんッスよねぇ。これなら、万が一にも領主様に怪我を負わせることはないッスよ」

「ハム摩呂を追いかけている最中なら、あいつここに激突くらい平気でするぞ?」

「いや、あの……常識的な使用方法の範疇での話ッス」

 

 病気発症時のトラブルは自己責任か。

 ウーマロなら、それすら考慮して設計してくれそうだがなぁ。

 

「お前から見て何点だ?」

「点数なんか付けられないッス」

 

 きっぱりと言う。

 

「これは、オイラたちにはない技術ッスから。素直にリスペクトッス。見習わせてもらうッス」

 

 こういうヤツだから、どんどん成長していくんだろうなぁ、きっと。

 

「よし、これもらって帰って研究しようぜ」

「ダメッスよ!?」

「大丈夫。バレないって」

「バレるに決まっているだろう、カタクチイワシ!」

 

「こんなデカい物がなくなればさすがに気付くわ!」と肩を怒らせながらルシアがやって来る。

 そして、衝立と俺の間に体を割り込ませて給仕たちに「早くしまってくるのだ」と命令を出す。

 ちぇ~、ケチケチしやがって。

 

 そして、給仕たちによって衝立が撤去されると――

 

 その向こうに三十五区の大工が三人、並んで立っていた。

 なんでか、バツが悪そうに顔を背けながら。

 

「ルシア。覗き魔がいるんだが?」

「なっ!? ち、違う! 俺たちは決して覗いてなんか――!?」

「匂い魔か。美少女の入っているお風呂の匂いって、妙にエロいもんな」

「そんなこと、考えたこともねぇよ!」

「『精霊の――』」

「やめてくれるかい、ヤシロ?」

 

 まっすぐに伸ばした腕をエステラに掴まれた。

 いや、だってさ!?

 考えたことくらいあるだろう!?

 一軒家の前とか通った時に風呂の匂いがしたらさ、「この中にすっぽんぽん美女が!?」とか、それはそれはめくるめく素敵な妄想がさ! なぁ!?

 

「分かるよな、ボーイズ&ジェントルメン!?」

「あぁ、いいよ。彼の言うことは気にしないで」

「は、はぁ……」

 

 大工どもが残念なものを見るような目でこっちをチラッと見て慌てて視線を逸らしやがった。

「やっべ、目が合いそうになった」的な反応で。

 失敬な!

 

「エロスは五感のすべてで感じられる崇高なものだというのに」

「……とりあえず、女子が入浴中、ヤシロは厨房と裏庭への立ち入りを禁止すべき」

「ですね! 帰ったらノーマさんたちにも知らせておくです」

「もう、ヤシロさん……っ」

 

 なんか、俺ばっか非難されてる!?

 エロス疑惑は三十五区の大工たちなのに!?

 

「あ、あのよ……」

 

 三十五区の大工の代表っぽい男が、なんだか言いにくそうに声を発し――

 

「……いや、いい」

 

 結局言葉を止めた。

 その視線はチラチラとウーマロに向けられていた。

 

 なんだぁ?

 

「ウーマロに褒められて照れてんのか? いい歳したおっさんどもが」

「んなっ!? …………けっ!」

 

 赤い顔をして、大工のオッサンが俺を睨み、足音を荒らげて遠ざかっていった。

 可愛くねぇオッサン。

 

 そんな一連を目の当たりにしたウーマロは目を丸く見開いてぽか~んとした後で、「……やはは」と、照れて頬を搔いていた。

 

 うん。

 誤解が解けるのも時間の問題だろうな、これは。

 

 

 

 

 

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