異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

303話 身から出た錆 -2-

公開日時: 2021年10月8日(金) 20:01
文字数:4,081

「ごめんね、ジネットちゃん。ヤシロは、明日にはちゃんと送り届けるから」

「いえ、お仕事ですから仕方ありませんよ」

 

 キャラバンは夕方頃から片付けを始めて、空が藍色になりかけた頃に出発の準備が整った。

 結局、今回もかなり延長しちまったな。

 こりゃ、四十二区に帰る頃には夜中だろう。

 

「ジネット。さすがに今日は陽だまり亭の営業するなよ」

「……そう、ですね」

 

 あ、こいつ。陽だまり亭の前に客がいたら店を開けるつもりだ。

 もう寝ろよ、こういう時くらい。

 

「……大丈夫。マグダとロレッタできちんとサポートをする」

「お兄ちゃんの穴は、あたしたちが埋めるです!」

 

 お前らも店を開ける気満々かよ。

 帰る頃には就寝時間だろうに。

 

「なんなら、あたいらも手伝ってやるよ。な、ノーマ?」

「なんであんたが勝手に決めるんさね。……まぁ、いいけどさ、別に」

 

 心強い助っ人もやる気満々なようで。……感染力強過ぎだぞ、社畜菌。

 

「本当にごめんね。ヤシロ借りちゃって」

「いいさね。あんたはきちんと領主としての仕事をこなすんさよ」

「ありがと。明日、改めてお礼を言いに行くよ」

「律儀だなぁ、エステラは」

「みんなにクレープをご馳走するね」

「では、あたしが腕を振るうです!」

「……その腕をマグダが掴んで、ぽきー」

「なんで折るです!? やめてです!?」

 

 ギャーギャーと騒ぐ陽だまり亭一同。

 そんな中、ジネットが一歩、俺に身を寄せる。

 

「疲労はあとでまとめてやってくると言いますから、今日はゆっくりと休んでくださいね」

「それはお前にこそ言いたいよ、俺は」

「明日は、お寝坊さんでも構いませんからね」

「悪いな。なるべく早く帰るから」

「はい。お待ちしています。陽だまり亭で」

 

 ぺこりと頭を下げて、ジネットが他の連中に合流する。

 

 そうして、俺とエステラ、ナタリアの居残り組に見送られながらキャラバンは来た時同様に大所帯で帰っていった。

 

「さて、と。怖い領主様の呼び出しだよ」

「ルシアにはどこまで話した?」

「ほぼすべてだね。香辛料の行く末まで」

「……そうかい」

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

 腹をくくってルシアの館へと向かった。

 

 

 

 

 

「ぷぷぷっ、貴様のビビった顔ときたら――次号の『リボーン』の表紙にしてやったらどうだ?」

 

 めっちゃいじられた。

 

「帰る」

「まぁ待て、カタクチイワシ。いいからそこへ座るのだ」

 

 踵を返してさっさと帰ってやろうとしたのだが、ギルベルタに遮られ、そうこうしているうちに部屋のドアが閉められた。

 外から『がしゃこん』と重々しい南京錠的な音が聞こえてきた。

 閉じ込めやがったな、こんちきしょう。

 

 俺たちはルシアの館の小さめの応接室に通された。

 ここはルシアの個人的な接見に使用される特殊な部屋らしい。

 

 要するにあれだな、マーシャにはぁはぁするための部屋だな。

 防音もしっかりとされていて、窓もないので覗かれる心配もない。

 

 とはいえ、キャラバンの中から俺とエステラだけが残り、ルシアの館に入ったことをウィシャートがどう判断するか……

 中が見えないからこそ、別件でのミーティングだということも伝わらない。

 わざとらしく、「今回は別件のミーティングだなー」とか言い触らすわけにもいかない。

 こちらは、ウィシャートの子飼いがいるなんて『予想もしていない』風を装っているわけだしな。

 

 ったく、あのオウム野郎。余計なところで出てきやがって。

 

「そう膨れた面をするな。元を正せば貴様がしようもないことをしでかしたせいであろう」

 

 まぁ、そう言われればそうなのかもな。

 

「――座れ」

 

 ドアに近い場所に、一人掛けの椅子が置かれている。

 向かいには室内で最も豪華な椅子が向かい合うように置かれ、その後ろにそこそこ見栄えのするソファが用意されていた。

 

 ドアの前に俺が座って、向かいにルシア。その後ろにエステラが座るのだろう。

 まるで被告と裁判長と陪審員の位置関係だな。

 

 被告人席に座ると、ルシアが俺の目の前まで歩いてくる。

 頭一個分ちょっと高い位置から、ルシアが俺の瞳をまっすぐに見下ろしてくる。

 恐ろしいくらいに整った顔が、温度の感じられない真顔でこちらを窺っている。

 

 ……らしくもなく、若干緊張してしまう。

 

「話は聞いた。貴様は見下げ果てた男だな」

 

 いつもの悪態とは雰囲気の異なる罵倒。

 返事はせず、それでも瞳は逸らさずにこちらを見下ろしてくる瞳を睨み返す。

 

「正直に答えよ。偽りや誤魔化しは通用しないものと心得よ」

 

 そう告げて、ルシアが俺の首筋に揃えた指先を触れさせる。

 頸動脈を軽く押さえるように。

 

 ……瞳孔の動きと脈拍で嘘を見抜こうってのか。

 

 嘘なんか吐くつもりはねぇ。

 この件は、誤魔化したままにするのは危険だ。

 今後のことを考えれば、ルシアをこちら側に引きずり込むことが最善となる。

 

 あのオウム人族がウロついて、ノルベールの一件が絡んでくれば、ウィシャートだって遠からず俺の過去に行き着くかもしれない。

 その時は、エステラ以外に使える切り札が必要になるだろう。

 

 こいよ、ルシア。

 真っ向勝負だ。

 

「陽だまり亭の店長――」

「……?」

「――今思い浮かべたのは顔とおっぱい、どっちだ」

「おっぱいだ」

 

 即答してやると、ルシアは「ふふっ」っと笑みを漏らした。

 

「貴様は、存外分かりやすい男なのだな」

 

 知った風な口を利く。

 ……まぁ、咄嗟に思い浮かんだのは顔だったけども。俺のキャラ的にはおっぱいって言わなきゃだろうが、そこは。

 それに、俺がそう『思った』ことは『会話記録カンバセーション・レコード』には記載されないため『精霊の審判』では裁けないって分かってるしな。

 

「では、真面目に行くぞ」

 

 再びルシアの瞳が冷たい色に染まる。

 

「件の香辛料を、どうやって手に入れた?」

「善良でお人好しな行商人を騙して奪い取ってやった」

「なぜ、そうした?」

「俺は悪党なんでな」

「それは正確な答えではないな。悪びれてはぐらかさずに答えよ」

 

 ……ち。

 ルシア式嘘発見器、効果出てるじゃねぇか。

 

「生活費のためだ。この街では俺の持っていた通貨が使用できないと思ったし、無一文でどうにかなるほど世界は甘くない。まして、何もかもが未知の街だ。安心が欲しかったんだよ」

「……ふむ。それは本心のようだな」

 

 ルシアがエステラへ視線を向ける。

 随分と甘い尋問だな。

 俺なら、事が終わるまで被疑者から目を逸らさず、被疑者にもよそ見をさせない。

 人は、視界を塞がれると圧迫感を感じ、勝手に追い詰められていってくれるものだからな。

 

「この男は、オールブルームに来たのが初めてであったか?」

「そう聞いています。生まれはずっと遠い場所だと」

「ふむ。まぁ、他のどの街とも、このオールブルームは異なっているらしいからな、戸惑う気持ちも理解は出来るか」

 

 ひとしきり考察し、ルシアの視線が戻ってくる。

 

「そのことに関し、貴様に罪悪感はあったか?」

「ないな」

 

 そこはきっぱりと言い切れる。

 あの時、俺は一切の罪悪感を抱いてはいなかった。

 

「それはなぜだ? 件の行商人に酷い仕打ちでもされたか?」

「いや。むしろ助けられたと思っている」

 

 行き倒れていた俺を助け、この街へ運んでくれた。

 おまけに、入門税を払い、香辛料までくれたのだ。いいヤツなのだろう。

 

 ただ、胡散臭さは感じ取っていた。

 同じ匂いがしたんだ。

「あ、こいつは決して善人ではないな」ってのは、肌で感じていた。

 だから罪悪感もなかった。こいつも、他所では同じことをしている。そう思えたから。

 何より、あの時の俺は――

 

「騙されるヤツがバカなんだよ。――そう思っていたしな」

「ほぅ」

 

 底冷えするような笑みを浮かべて、口元を緩めるルシア。

 

「今はどうだ――と、聞くのは野暮だな」

 

 質問ではないその言葉には、なんの反応も示さずにおく。

 

「その香辛料をどうするつもりだったのだ?」

「金に換えて、私利私欲のために使うつもりだったよ」

「では、なぜ換金しなかった」

「出来なかったんだよ。この街には厄介なルールが多いからな」

「なるほど」

 

 そこまでの言葉に嘘はないと判断したのだろう。

 ルシアは特に興味もなさそうに頷き、そして、不意に方向性の違う質問を寄越してきた。

 

「子らの病が治った時、どう思った?」

「…………」

 

 不覚にも、咄嗟には答えられなかった。

 

「ふふん。では、答えやすい質問に変えてやろう。なぜ、らしくもなく無償提供などしたのだ?」

「さて、なんの話やら」

「おぉ、そうか。提供者は『謎のイケメン』ということになっているのだったか? ふふふ、是非私も見てみたいものだな、一目見て息をのむようなイケメンとやらをな」

 

 俺が薬の材料の提供者であることは、誰にも言っていない。

 ま、バレてるけどな。

 

「最後だ」

 

 ルシアがぐっと顔を近付け、息がかかるくらいの至近距離で俺の目を覗き込んでくる。

 

 

 

「今また、同じ状況になったとしたら、貴様はその時と同じ行動を取ると思うか?」

 

 

 

 さて、なんと答えてやるか――

 そう思っているうちに、ルシアの顔はすっと遠ざかっていった。

 なぜだか不適な笑みを浮かべて。

 

「よく分かった。貴様は阿呆だ、カタクチイワシよ」

「折角のチューチャンスを棒に振ったからか?」

「ふなっ!? ば、バカか、貴様は! バカだ、貴様は! ばーか!」

 

 さっきまで温度のない冷笑を浮かべていたルシアの顔が赤く染まる。

「つめた~い」が「あたたか~い」に切り替わった感じだな。

 

「くだらぬところで味噌を付けおって。……まぁ、穏やかな四十二区の空気に触れて改心させられたとも言えるか」

 

 赤い頬を隠すようにそっぽを向いて、そしてくつくつ笑いながら勝手なことをほざく。

 誰が改心なんかしてるか。

 

 あの時と同じ状況になったら、あの時よりも効率よく香辛料を奪い取ってやるっつーの。

 

「ギルベルタ。あの者をここへ」

「了解した、私は」

 

 言って、ギルベルタがドアを叩く。

 それが合図だったようで、外から重々しい鍵が開けられる音がした。

 

 ギルベルタが外に出て行くと、ルシアは俺の前の席に座り、偉そうにふんぞり返る。

 

「もう一仕事してもらうぞ、カタクチイワシ」

 

 そんな言葉を聞いてから十五分ほど待たされ――

 

 

 

 俺たちのいる応接室に一人の男が連れてこられた。

 ノルベールの付き人にして、『強制翻訳魔法』を通して会話をした初めての男。

 

 あの、オウム人族だ。

 

 

 

 

 

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