四十二区のみならず、近隣区から全然近所でもなんでもない遠くの区までを巻き込んだ狂乱のアトラクションお披露目&ラーメン試食イベントも、いよいよ最終日を迎えた。
今日が終われば、ようやく日常が戻ってくる。
長かったが、終わるのだと思えばあっという間のような気もする。
いろいろなことがあり、新たな出会いがあり、多くの者たちが影響を与え合い変化を見せた十日間だった。
そんなイベント最終日の早朝。
教会への寄付の準備を行いつつ最終日に相応しい晴れ晴れしいメニューの準備をしていた俺とジネットは――
「ちゃんと話を聞いてるですか、お兄ちゃん!」
――正座をさせられ、めっちゃ叱られていた。
……解せぬ。
正座する俺とジネットの前には、仁王立ちで腰に手を当て、伸ばした人差し指をぶんぶん振って俺に言い聞かせるロレッタとマグダが並んで立っている。
「どうしてお兄ちゃんは、他所さんが新メニューを出してくる度に張り合って新メニューを生み出すですか!?」
「生み出しているんじゃなく、俺の故郷にある料理を――」
「そーゆーのは今はいいです! なんで新しい料理を持ち出すのかと聞いてるですよ、あたしは!」
「そんなもん、最新の料理は常に陽だまり亭から発信されるべきだからだ!」
「以前、いろんな料理を持ち込み過ぎて、陽だまり亭らしさを侵害してるかもって反省してたですよね!? この数日でどんだけ新メニュー持ち出してきたです!?」
「そんなには……なぁ?」
「そうですよ、ロレッタさん。確かに、いくつか新しいメニューはありましたけれど、それほど多いというわけでは――」
「……微かなバージョンアップまで含めれば、この十日間で実に三十種類。……これは十分に多い」
「そ、そんなに、ありました、っけ?」
いや、違うんだよ。
三十種って言うと多く聞こえるが、本当に些細な変化なんだよ。
醤油ラーメンにチャーシューを載せてチャーシュー麺にしたり、味噌ラーメンの改良版としてエビ味噌ラーメンを作ったり、つけ麺を数種類作った上で「熱した石をスープに入れて最後まで熱々」ってやってみたり、鶏白湯で群衆の度肝を抜いてみたり、ちょっと頑張って豚骨ラーメンを出してみたりな?
な? 全部ラーメンだし、似たようなもんだろ?
「なんですか、山菜天ぷらラーメンって! めっちゃ美味しいじゃないですかあれ! ウチの弟たちが妙にハマって何回食べに来たか分かったもんじゃないです!」
「……豚骨ラーメンの登場は革命と呼ぶべき歴史の転換点。狩猟ギルドのメンズや大工、木こりはすっかりあのこってりスープの虜」
「みなさん、喜んでくださって嬉しいですね」
「がっぽり儲かったしな」
「お披露目してるのはウチだけじゃないんですよ!?」
「……他の店の売り子が涙目になっていた」
陽だまり亭に負けるなと、自分の店のラーメンに改良を加え、徹夜で研究して、会心の一品を引っさげて「これで勝てる!」と新作ラーメンを出した翌日、それを遙かに凌駕するとんでもないラーメンが陽だまり亭の屋台に並び客を根こそぎ持って行かれる――という笑えない状況がずっと続いていたらしい。
……つーかさ、他の店のヤツのことなんか知らねぇし。
勝負の世界は非情なものなのだ。甘えんなっつーの。
「今回のイベントは勝負じゃなくて、お披露目会ですよ!?」
「なんも言ってねぇだろ!?」
「……ヤシロは不服そうな顔が隠せていない」
だってよぉ~。
「こんなんじゃ、今後イベントをやる時に『陽だまり亭さんは一人でやっててください!』って閉め出されちゃうですよ!?」
「よぉし、上等だ! 隣の空き地で同規模のイベントを開催して、客を根こそぎ奪い取ってやる!」
「そーじゃないです! なんで対抗心燃やすですか!? みんなと仲良く、和気あいあいと楽しく営業するのが陽だまり亭ですよ!」
楽しく和気あいあいって……
「笑顔で腹が膨れるか!」
「心が満たされる温かい食堂が陽だまり亭ですよ!」
「はぅっ!」
ロレッタの指摘にジネットが胸を押さえてうずくまる。
「大丈夫か!? 一人で押さえるのは大変だろう!? 片方押さえててやるよ!」
「お兄ちゃん、正座しててです!」
「……ヤシロは、叱られている自覚を持つべき」
むー!
「『むー!』って顔しないでです!」
がんべろみっしゃ~☆
「『がんべろみっしゃ~☆』みたいな顔もダメです!」
「お前、すごいな!?」
俺のこと、どこまで理解してんだよ!?
「……ロレッタさんの言うとおりです。わたしは、一番大切なことを見失ってしまっていました」
ジネットが頬を両手で押さえて呟く。
「イベントが楽しくて、新しいお料理が楽しくて、わたしは作ることばかりに意識が向いていました。みなさんが美味しそうに食べてくださるからと、それで安心をして……ですが、他のお店のみなさんも自分のお料理を食べてもらいたいですし、『美味しい』って言ってもらいたい気持ちは同じなんですよね!? わたし、みなさんの楽しみを奪ってしまっていました……申し訳ないです!」
「――と、ジネットちゃんは自分を責めるだろうと思ったから、昨日のうちにここ最近出てきた料理のレシピはすべて公開しておいたよ」
「なに勝手なことしてんだよ、エステラ!?」
「どうせ陽だまり亭ではラーメンを作らないんだろう? 豚骨を愛し始めた大工たちがイベント終了と同時に廃人になりかねない勢いなんだよ、もはや。領主として、対策を打つ必要があると思ってね」
「だからって無料でって、お前なぁ……」
「何を今さら。そもそも、ラーメン自体が破格の大サービスだったじゃないか。オプションだよ、ここまで来たらね」
豚骨大革命がオプションだと!?
豚骨ラーメンだけで、一体どれだけのラーメン廃人を生み出せると思ってるんだ!
「マグダやロレッタの苦労も分かってあげなよ。毎日追加される新メニューを覚えて、それ用の対応を覚えて、その上で他所の店からのクレームや懇願に対応していたんだよ。君たち二人がさっさと陽だまり亭に帰って新メニューを作っている間にね」
「うぐ……」
「はぅ……、申し訳ありませんでした、みなさん」
「分かってくれればいいです。ただ、他のみんなが可哀想だったから、レシピはみんなに教えてあげてほしいです」
「……マグダたちも、陽だまり亭が嫌われるような事態は避けたい」
「そうですね。――ヤシロさん。わたしからもお願いします。レシピを公開したこと、許してあげてください。責任の大部分は周りが見えていなかったわたしにあります。責めるのでしたらわたし一人を――」
「誰もダメだとは言ってねぇだろうが」
……ちっ。
エステラめ、こうなるようにマグダたちを焚きつけやがったな。
他区から来てる連中が多いからって、ポイント稼ぎしやがって。
「ま、エステラの言うとおり、ラーメンは陽だまり亭では出さないからな」
「だからと言い訳するつもりはありませんが、つい『今のうちに』と、余計はりきってしまったようです……懺悔します」
ジネットが指を組んで精霊神に祈りを捧げる。
「まぁ、ジネットもこうして反省しているわけだし」
「君も反省するように」
「おっぱいとか言ってないのに!?」
「……君が懺悔するのは、大抵そーゆー内容だけども、それ以外でも反省することが多々あるだろう、君の場合」
「………………いや? 別に?」
「それが嘘にならないと確信できる君の強靱なハートが羨ましいよ、ボクは」
まぁ、格の違いは見せつけられたし、そもそもラーメンやその他の料理は他区で広げてもらうつもりだったし、圧倒的な力の差を見せつけた後でその強力な武器とも言うべきレシピを無償公開したのなら、相当に恩も売れたことだろう。
今後何かやる際に、今回のことを恩に着せて強制的に協力させることくらい容易いな、これは。
さぁて、次はどうやって搾取してやろうか……ふっふっふっ。
「あ、お兄ちゃんがまた悪人ごっこしてるです」
「……結局、ヤシロは最初からレシピのすごさを見せつけた上で無償提供するつもりだった模様」
「確かに、なんでもかんでも無料で教えちゃ、価値が下がるもんね。陽だまり亭が一人勝ちしてみせればレシピの価値を正しく認識してくれるか……なるほど、ヤシロなりに考えていたってわけだ」
「では、わたしだけが一人で浮かれていたというわけですね。……お恥ずかしいです」
「いやいや! 店長さんのお料理スキルがあればこそですよ!」
「……そう。ヤシロのレシピを最短で最高に表現できるのは店長をおいて他にいない」
「他区の料理人がね、ジネットちゃんみたいになりたいって言ってたよ。友人として、誇らしい気分だったな」
「わたしなんて、そんな……。すべては、すべての人に笑顔をといつも考えているヤシロさんがいればこそです」
「待て! その蕁麻疹が出そうなレッテルを張るのだけはやめてくれ」
なんで俺がいつも誰かを笑顔に――なんて考えなきゃいかんのだ。
そんなもんはジネットやベルティーナの役割だろうが。
俺は、笑顔の人間に気付かれないように利益を掠め取る役目だ。
しょーもないケチが付かないように、騙されたことにも気付かない巧妙な手口でな。
だから、俺が何かした後、どこぞの誰かが笑顔のままだったなら、それは俺の詐欺スキルの高さの証明であり、それ以上でも以下でもないわけだ。
分かったか?
分かれ!
「さぁ、お話が終わりましたら、準備を進めましょう。本日は最終日です。全員で協力して、今までで一番楽しい一日に致しましょうね」
ここまでじっと話を聞いていたカンパニュラが場をまとめ、一日の始まりを宣言する。
ジネットも嬉しそうに「はい」なんて返事をしている。
どっちが店長だよ、ったく。
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