「ウチの騎士たちがちゃんとやっているか、様子を見に来たんだけど、マグダちゃんに身を隠すように言われてね」
「……ゴロツキ貴族がいたので、隠しておいた」
「ナイス判断だ、マグダ」
「……むふーっ」
好プレーなマグダの頭を撫でる。
満足そうな鼻息を吹き、マグダは耳をぴこぴこ揺らす。
「けれど、まさか陽だまり亭にケーキを伝授した人物に祭り上げられるとはね」
「嘘は言ってねぇぞ」
オルキオと懇意にしているって言っただけだし、それは事実だ。
ただ、言い方的に、オルキオが目をかけてレシピを教えたんだな~って思われそうな気はするけどな。
「しかし、三十区に貴族向けの店を置くのはよい案だな。外から来て中央へ向かう者をターゲットにすれば売れるようになるだろう。貴族は手土産が何よりも好きだからな」
ルシアが悪そうな顔で笑う。
シニカルとエレガントを両立できるルシアは、本当に美人なんだろうな。ゾクッとするような冷笑だ。
「『貴族へのお土産に打ってつけ』って売り出せば、定番になるかもな。入門税以外でもうまい稼ぎを出してくれるぞ、きっと」
日本でも、お歳暮の定番、お中元の定番という商品は毎年決まった利益を上げている。
なんかもう、考えるのが面倒な時は「とりあえず定番で」という発想になるものだ。
そして、定番を押さえておけば失礼に当たることはそうそうない。
ハム。カルピス。ゼリーの詰め合わせ。洗剤。タオルの詰め合わせ。あと、酒な。
このあたりはハズレがない。
そんな定番になれば、この先何十年と安定した収入が期待できる。
おぉ、一枚噛みたい!
「ゴーフルにフルーツケーキ、レーズンバターサンドなんてものアリだな」
「また瞳が金貨になってるよ、ヤシロ」
「エステラ。これは儲かるぞ。三十区と提携して一山当てないか?」
「その話は追々ね」
バッカ、お前!
儲け話なんか第一人者が総取りなんだっつーの!
一歩でも半歩でも出遅れれば利益は半減、いや、八割減だぞ!?
俺が商売とはかくあるべきというありがたい話を聞かせてやろうとしたのに、エステラはぴらぴらと手を振ってその話を遮る。
「それで、オルキオ。三十区の方はどうだい?」
「おかげさまで、多くの領民から温かく迎え入れてもらえたよ」
街門付近でくすぶっていた連中を取り込んだことで、街門の警備に従事していた者たちがオルキオを認めた。
もともと、オルキオは獣人族を手厚く扱っていたという情報も相まって、獣人族ばかりで構成されていた街門警備チームは一気にオルキオの味方になった。
三十区の顔とも言うべき街門がオルキオの味方に付けば、後に続く者は多かった。
突如拘束されたウィシャート。その影響で不安定になっていた三十区に新たに現れた統率者。そいつは、ウィシャートとは違い評判のいい男だった。
それで、オルキオに期待を寄せる者たちが一斉に歩み寄ってきたそうだ。
まだ一部に懐疑的な目はあるし、ウィシャートとズブズブの関係だった連中からは敵愾心を向けられているようだが、三十区は概ね落ち着きを取り戻したと言える状況になっているらしい。
「オルキオ、寝てないだろ?」
「あはは。今は仕方ないと割り切っているよ」
「人妻は寂しいと人のぬくもりを求めて……」
「明日は休養日にしようかな!? うん、そうするよ!」
「ヤシロ。オルキオをからかわないの」
ま、シラハがオルキオ以外の誰かに靡くなんて考えられないけどな。
でも、お前は休んどけ。
たぶん、これからもっと忙しくなるから。
「不穏分子の洗い出しは済んでおるのか?」
「まだ八分というところですかな。少々手足が不足していてね」
「ナタリアを貸そうか? ボク、しばらくは陽だまり亭で厄介になるからさ」
「それはありがたいけどね、どうせなら新しい給仕見習いたちの教育をお願いしたいかな。彼女たちの働きぶりを見て、ますますそう思ったよ」
アトラクションの運営を任されている給仕たち。
その顔は、どいつもこいつも楽しそうでキラキラしていた。
「いぃぃいいやぁぁあああ!?」
「助けてぇぇええええ!」
そんな悲鳴を聞いてにっこにこしている姿は、ちょっとどうかと思うけどな。
「ゆくゆくはカンパニュラのためになるんだし、ボクは協力を惜しまないよ」
「あはは。愛されているね、我らが未来の領主様は」
屋台で懸命に接客を行うカンパニュラへ視線が集まる。
デッカい男たちに担々麺を運んで「美味しく召し上がれますように」と愛情追加のサービスを行っている。
「美味しくなぁ~れ、萌え萌えきゅん☆」を教えてやれば別料金が取れるな、これは。
「あぁ、そうだ。これは君たちに伝えておこうと思っていたんだけどね」
オルキオが表情を引き締めてこちらを向く。
「土木ギルド組合が私に接触してきたよ」
「組合が?」
ウーマロたちがごっそりと抜けて、存在感が一気になくなった土木ギルド組合。
そいつらがオルキオに接触してきたらしい。
「領主の館が使えない状況だからね。短い工期でより素晴らしい修繕をすると持ちかけられたよ。ついでに、これだけいい条件を出しているのだから、分かっているよなという脅しも込みでね」
向こうさんも必死なようだ。
四十二区から三十五区までの大工がごっそりと抜けたこともあり、まだなんのアクションも起こしていない三十区や他の区では必死に繋ぎとめ工作を展開しているのだろう。
四十一区から三十五区でも、組合に残った大工もいるだろうに。
ほら、ウーマロに難癖を付けられて仕事が減ったとかいきり立ってたナントカって工務店とか。
あれだけトルベック工務店と対立して、今さらこっちには付けない連中だって少なからずいるはずだ。
トルベック工務店の悪評を面白おかしく吹聴していた連中とかな。
「そっかぁ。じゃ、組合にいい館を建ててもらえよ~」
「もちろん断ったよ」
だよな。
だって、顔がもう「すっぱり断った」って言ってるもんよ。
「ゆくゆくカンパニュラが住むことになる館だからね。ほんの些細な不備も見逃すわけにはいかない。まして、秘密の抜け道だらけの建物なんて、基礎から完全に作り直さなければとても住まわせられない」
なのに、組合は「素晴らしい『修繕』をする」と言ってしまったわけだ。
そりゃ、その時点でお払い箱だよな。
「シラハには、きちんとした館に住んでもらいたいが、三十一区のテーマパークがあるからね。とりあえず仮の宿でトルベック君たちの手が空くのを待つとするよ」
「あぁ、それなら大丈夫だ。ウーマロのヤツ、カンパニュラのこと、かなり可愛がってるから」
まだ緊張せずに話が出来るカンパニュラとは、結構楽しそうにしゃべっていることが多い。
博識なウーマロの話を、カンパニュラはとても楽しそうに聞き、またそんな姿勢で話を聞いてくれるカンパニュラを、ウーマロはかなり気に入ってる様子だった。
そんな光景を見て、俺は思ったね。
「あいつは絶対ロリコンだ」
「違うッスよ!?」
もう、タイミングよくウーマロが現れるのはいつものことなので気にしない!
「マグダがドストライクで、次に親しいのがカンパニュラとテレサという時点で、ロリコンでない理由が見当たらない!」
「マグダたんは大人の女性ッス!」
どこがだよ!?
「やぁ、トルベック君。忙しいと思っていたけれど、割と暇そうだね」
「忙しいッスよ!? 今は、ゼルマル先輩のところへお礼を言いに行ってたんッス」
「無駄な労力を」
「無駄じゃないッスよ、ヤシロさん!? 一番大切なところッス、筋を通すっていうのは!」
「あはは。ゼルマルが好みそうな青年だね、君は」
「ッス! 可愛がってもらってるッス」
「……まさか、ウーマロがソッチ側の人間だったとは」
「ヤシロさんが想像しているような可愛がられ方はしてないッスよ!?」
ぺろぺろされたりもふもふされたりしてんだろ!?
汚らわしい!
「あっ、そうッス。ゼルマル先輩から伝言ッス」
と、ウーマロはオルキオを見る。
「『館を建て直す時は絶対呼べ。ワシがお前に似合う家具を一式揃えてやるわい』だそうッスよ」
「あはは。それは嬉しいね。ゼルマルの腕は確かだから、シラハも喜ぶよ」
「あと、オイラに『百年住んでも傷まない館を建てるように』って言ってたッス。プレッシャーがすごいッス」
「大丈夫だ。あと二~三年で死ぬから見届けることは出来ないだろうし」
「口が過ぎるッスよ、ヤシロさん!? ゼルマル先輩はあと百年生きるつもりッスから!」
もう妖怪だろう、そこまでいったら。
「安心しろ、オルキオ。今度ちゃんとお経唱えて成仏させとくから」
新居が事故物件とか、お前も嫌だろ?
「あははっ! ゼルマルの地縛霊はしつこそうだよ。頑張ってね」
「はうっ!? オルキオさんがそーゆーこと言うと、オイラはツッコミにくいッス」
「大丈夫だ。頑固な汚れの落とし方ならいくつも知ってる」
「失礼ッスよ、ヤシロさん!?」
なんか贔屓が酷い! ウーマロのくせに!
「まぁ、とにかく。三十区の館はオイラたちが責任を持って最高のものを建てるッスから、ドーンと任せておいてほしいッス! ……って、受注されたわけでもないのに、オイラたちもうやる気満々なんッスけど……問題ないッスよね?」
ウィシャート丸裸計画から、もっと言えばそれよりずっと以前から、ウィシャート打倒に絡んでいたウーマロ。
館の建て替えも自分たちがやるものだと思い込んでいるようだ。
「はははっ。君たちにお願いできるなら、これ以上頼もしいことはないよ」
「ならよかったッス! カンパニュラちゃんとも話して、最高の館にするッス!」
オルキオは満足そうに笑う。
だが……
はてさて、組合はどう動くかねぇ。
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