デリア奇襲事件があった日の夜。
俺は枕を高くして眠っていた。
オメロ病を発症したゴロツキ四人には、デリアから「雇い主にしっかり伝えろ」と言ってもらったし、抜かりなく伝言は届くだろう。
なんか、「雇い主の名前も素性も知らないんですぅ!」とかなんとか泣き言を言っていたが、そこは根性で探し出してもらうほかない。
ちゃんと伝わらなかったら、地の果てまで逃げようと探し出して会いに行くからと笑顔で言ってやったら真っ青な顔して「え、パンクバンドのライブ!?」くらい頭をぶんぶん縦に振っていたし、おそらく大丈夫だろう。
まぁ、雇い主が見つからなくても、三十区付近で泣きながら探し回ればおのずと届くんじゃないかなぁ~、雇い主の雇い主に。
ゴロツキが雇い主のところへ届けば、四十二区の調査が終わるまで手は出してこなくなるだろうし、ゴロツキが雇い主のところへ届かなければ「うまくいったぞ、しめしめ」的に油断して連日ちょっかいをかけてくることはないだろう。
そう判断をして――最低限の警戒はしつつ――夢の世界へと旅立った。
だというのに……
翌早朝。
それはけたたましい騒音とともに陽だまり亭へとやって来た。
「ぅひゃぁああ!?」
俺が仕掛けた罠、『セキョム入ってる君』に引っ掛かったらしい残念領主の悲鳴で俺は目を覚ました。
悲鳴と同時に『ガランガランゴロン!』という騒々しい音が鳴り響いている。
「な、なにさ、これ!? もう!」
足首に絡まった紐を外そうと、乱暴に引っ張るエステラ。その度に、紐の先に取り付けられた竹や金属の『鳴り物』がガランガランと音を立てる。
そうそう簡単に解けるようには作ってねぇよ。俺が作った防犯装置『セキョム入ってる君』だぞ?
素人が容易くに抜け出せると思ってもらっては困る。
焦れば焦るほどその紐は固く結ばれていくのだ。騒音を伴って。
ガランガランゴロンガロンゲランゴレングランゲロングレンガラン。
「うるせぇよ。近所迷惑だろうが」
近所に人なんか住んでねぇけど。
「やしろぉ!」
突然の大きな音に驚いたのか、一向に解けない紐に焦っているのか、エステラは涙目で俺を見上げてきた。
「いいから動くな、外してやるから」
「こういうのがあるなら言っておいてよぉ!」
「お前が言ったんだろうが、『念のため防犯はしっかりしとけ』って」
「しっかりし過ぎだよぉ!」
あぁ、ほら、腕を振り回すな。ガランガラン鳴るから。
「あ、あのっ、何事ですか?」
「……うるさい」
ジネットとマグダが厨房から顔を出す。
ジネットは厨房で仕込みを、マグダはベッドの中で夢の中にいたのだろう。
「って、あれ? ヤシロさん、いつの間にフロアに?」
いつものように一番乗りで厨房へ入っていたジネットが小首を傾げる。
自分のいる厨房を通らないとフロアへは行けないはずなのに……みたいな顔だ。
「あ、分かりました。お風呂場を通って回ってきたんですね」
「そんな意味のないことするかよ」
確かに、そのルートを通れば回ってこられるけども。
こんな騒々しいハプニングが起こった時に遠回りしてまでジネットの目を誤魔化す理由なんぞない。
「フロアで寝てたんだよ」
「えっ!?」
と、驚いて、フロアの片隅に敷かれている毛布を見るジネット。
「大丈夫ですか? きちんとおやすみになれましたか?」
おろおろと、俺の顔を覗き込んで体調の心配をしてくれる。
「うん、あの、ジネットちゃん。ごめんなんだけど、まず、ボクを助けてくれるかな?」
「あ、そうでした。今すぐに!」
放置されたエステラが泣きそうな声を出し、指摘されたジネットが慌ててエステラの足首に絡まった紐を解こうと引っ張って、盛大にガランガラン音を響かせる。
うるさいっつの。
「そこを引っ張っても解けねぇよ。マグダ」
「……任せて」
防犯面のことはマグダに説明してある。
ちょこっと特殊な結び方をした紐は、絡まっている足首ではなく、仕掛けの根元部分の紐を外してやると簡単に解ける仕組みになっている。
仕掛けを教えてやると、マグダが「……これはすごい。今度狩りでも使わせてもらう」と感心するほど簡単なのに拘束力の高いトラップなのだ。
悪用防止のため、その仕組みはおいそれと教えられないけどな。
「……なんなのさ、もう」
足から解けた紐を蹴って、エステラがジネットの腰にしがみつく。
よしよしとエステラの頭を撫でるジネットも困り顔だ。
「エステラさん、ナイフはお持ちじゃなかったんですか?」
「いや、だってさ……陽だまり亭の防犯装置を破壊するのはちょっと……」
「ありがとうございます。でも、ご自身の身に危険が迫った時は気にせずにご自分を守ってくださいね。エステラさんの方が大切ですから」
「ジネットちゃん、好きっ!」
ぎゅぅぅううう! っと、しがみつくエステラ。
おぉ、埋まってるなぁ。いいなぁ。
「まぁ、ノーマんとこから細いワイヤーもらってきて編み込んであるから、ナイフじゃ切れないと思うけどな」
「物凄い厳重だね!? おかげで安心できるよどーもありがとう! ふん!」
ジネットや陽だまり亭が守られるのは嬉しいが、自分が引っ掛かったのは悔しい。
そんな複雑な感情を涙に込めてエステラが牙をむき出しにする。
拗ねるなよ。まさか、こんな早朝にお前が来るなんて思ってなかったんだよ。
「ウーマロと大工が朝飯を食いに来た後で外す予定だったんだよ」
「なんでその辺の人物を引っ掛けようとしてるのさ……」
なんで?
え?
面白いから?
「ナタリアの情報だと、例のゴロツキは無事雇い主と合流したようだよ」
「探らせたのか?」
「いや、ボクも起きた時に言われてびっくりした」
ナタリアの独断で調べたらしい。
そんな密偵みたいな部下がいるのか? ……おっかねぇな。
「もっとも、その雇い主には撒かれたようだけどね」
「向こうはもっとやり手ってわけか」
じゃあ、こっちが探りを入れていたことも伝わっただろう。
ちゃんと伝わってるといいな。
『お前のすることなんか、お見通しだぞ』って。
「とりあえず、これでしばらくは安心だと思うけど」
と、恨めしそうに『セキョム入ってる君』を睨みつけるエステラ。
外してほしそうだ。
まぁ、送り込んだゴロツキが別人のようになって帰ってくれば、多少は慎重になるだろうし……そうだな。
もう一手、こちらから連中への警告を発しておけば多少は安心も出来るだろう。
ずっと気になっていたが確かめようがなかったことがある。
ちょうどいいから、それを確認させてもらおう。
……失敗しても、俺の心は痛まないからな。
「エステラさんは、そのことを伝えに来てくださったんですね。こんな朝早くから。ありがとうございます」
「うん。それも、あるんだけど……」
ちらりと、俺の顔を窺うエステラ。
んだよ。
俺の寝癖にときめいたか?
「ヤシロ……大丈夫かい?」
「何がだ?」
「いや、ほら……あの……」
言いにくそうにして、結局言えず。
エステラは俺から視線を逸らして言葉を飲み込んだ。
「ヤシロさんが食堂で寝ていたから、体が痛くなっていないかということですよ。ね?」
「え? あ、あぁ、うん。そう。風邪とか引いてないかなぁ~って」
ジネットの言葉に便乗して、下手な愛想笑いを浮かべる。
どうやら俺は、昨日一日相当ヤバい顔をしていたらしいな。
エステラがこんな早朝に駆けつけるくらいに。
昨日一日じゃ、ないかもしれないが。
自覚はある。
あのバカがバカな口車に乗ってバカなことを仕出かしやがったあの瞬間から、俺の腹の底には重くどろっとした感情がマグマのように熱を帯びて蠢いている。
あのバカは、苦しもうが死のうが知ったこっちゃない。
『叩き潰しても心が痛まないリスト』にすら名前が載らないクズ野郎だ。
そんなヤツのせいでエステラをやきもきさせるわけにはいかないよな。
よし、さっさとこの鬱屈した感情を吐き出してくるか。
「エステラ。頼みたいことがあるんだが」
なるべく笑顔を心がけて、俺はエステラにおねだりをする。
「あのバカ、俺にくれない?」
エステラと、その隣にいたマグダが俺の顔を見てぶるっと体を震わせた。
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