「これから、約十日後にハロウィンってイベントをやるんだが……その日の打ち上げにお前らの店を開放しろ」
「えっ!? ウチを、ですか?」
「あぁ。ハロウィンは大通りを中心に行うから、カンタルチカや大通りの店でも宴会が開かれると思うが、東側のメイン会場はここにしよう。牛飼いも全面協力してくれるそうだし。な、モーガン?」
「なっ!? ……ったく、勝手なことをぬかしやがる。ふん、いいだろう。乗りかかった舟だ、協力でもなんでもしてやる!」
「じゃあ、その日は肉食べ放題だな」
「おまっ……ちぃ! もう好きにしやがれ! 秘蔵の肉、全部放出してやるぜ!」
よし!
焼肉食べ放題ゲット!
モーガンは苛立たし気に背を向け、そしてくつくつと肩を震わせる。
無精ひげの生えた頬が微かに緩んでいる。
「……ふふ。こうやって無理やり参加させて、牛飼いの肉を多くの者に広める……なるほどな。狩猟が一目置くわけだ。……オオバヤシロ、か。覚えておいてやるぜ」
なんか、勝手に都合よく勘違いしたみたいだな。
お前らが俺に感謝して崇め奉り七福神のように俺に利益と幸福をもたらしてくれるというなら止めはしないし、勘違いも訂正しないでおいてやるぞ。
さぁ、貢げ! さぁ、崇めろ!
「いいかい、レーラ。彼の言葉は分かりにくいけれど、イベントで宣伝をするから、うまくやって多くのお客を獲得するようにっていう激励なんだよ」
「なるほど……それをあのような言い回しで……」
「彼は照れ屋だからね」
「恩着せがましくないところが、ヤシロさんの美徳なんだと思います」
「英雄様は、謙虚な方なのですね……」
うわぁ……あっちの三人勘違いが酷い。
そういう崇められ方はちょっとパスかなぁ……つか、英雄言うな。
「でも、あと一週間でなんとかなるでしょうか? 覚えることがたくさんあり過ぎて……」
「すごく頑張らないと厳しいと思います。けれど、みなさんならきっと大丈夫だと確信しています」
ガゼル親子三人を見つめて、ジネットがふわりと微笑む。
「大切なお店を守ろうという、強い意志を持ったみなさんなら、きっと大丈夫です」
夜の闇に飲み込まれそうな迷い人を救い出す太陽の光のような微笑みに、ガゼル親子は手を取り合って笑みを浮かべる。
ホント、陽だまりのような微笑みだな。
な~んてな。
「では、まずは基本です。お肉のカットを覚えてみましょう」
「はい」
ジネットとレーラが揃ってカウンターの向こうにある厨房へ向かう。
モーガンがギブアップした肉のスライスだ。最低でもここはクリアしてもらうほかない。毎日ジネットにカットしてもらうわけにはいかないからな。
「このように、包丁を引くようにして切れば均一に力が入って見栄えが良くなりますよ」
まずはやって見せ、ポイントを伝えて、そして包丁を渡す。
レーラが包丁を握り、肉の塊を見つめる。
真剣に見つめて……そして、叫ぶ。
「で、出来ません!」
包丁を投げ捨て、レーラが頭を抱える。
まるで怯えてるようだ。
今までやる気に満ちていたのに、一体なぜ急に!?
カウンターに駆け寄り、震えるレーラに問い質す。
「出来ないって、なんでだよ?」
「だ、だって……このお肉………………オスの牛なんですもの!」
…………は?
「私、主人以外の男性に触れるなんて、出来ませんっ!」
え、そっち?
…………えぇ?
つか、よくこの状態でオスメス見分けられたな。
案外肉を見る目、あるんじゃね?
「牛の性別は、その、貞操うんぬんかんぬんのカテゴリーから外していいんじゃないか?」
「いいえ! 主人にだって、メスの牛を触らせませんでしたもの!」
えぇっ!?
メスの方が美味いのに!?
「厨房でメス牛のお肉に触るなんて、不倫じゃないですか!」
「いや、不倫ではないだろう!?」
「だってっ! だって…………は、裸以上に裸なんですよ!? 服どころか、皮まで身に着けていないんですよ!? ……不埒です!」
不埒なのは……お前の頭の中だよ。
「陽だまり亭さん! あなた、若いうちから婚約者でもない相手の生肉に触れるなんて、そんなこと軽々しくしちゃダメですよ!」
「いえ、わたしは……そういうのはあまり気にしませんので…………」
と言いながら、ちらりとこちらへ視線を向けるジネット。
なにかね? その窺うような視線は?
「ヤシロさんは気にしますか?」って?
気にするわけないだろう。じゃあなにか? 俺が鶏の胸肉食べて「いやっほ~う! ニワトリのおっぱいだ~!」って大喜びするとでも思ってるのか? ねぇよ。
……つか、俺が気にするかどうかなんかいちいち気にしなくてよくね? というか、……気にすんな、そんなこと。
というわけで、これも、うん、華麗に、スルー……
「どした、英雄? なんか顔が変だぞ?」
「ちぁう、よ。えーゆーしゃ、ぉかお、へん、ないょ? てれてぅんだぉ」
あはは。テレサ、違うぞ~。
そっかぁ、まだよく見えてないのかもなぁ。
レバーを食え、レバーを。ビタミンを大量に摂取しなさい。
照れてねぇから。全っ然!
「……モーガン」
「なんだ、若いの?」
「大至急メスの牛を用意してくれ」
「分かった。ゼラチンと一緒に持ってくらぁ」
まさか、練習にすらならないとはな……
その後、メスの牛の肉を使ってカットの練習をし、基本を教えたところで明日までたっぷり練習してもらうことにした。
明日は、ガゼル姉弟を陽だまり亭へ呼んで炭の起こし方や接客を学ばせる。
その間、レーラはジネットについてタレの調合やどて煮の練習だ。トムソン厨房で本格的にどて煮を作るのはその次からだな。
まずは陽だまり亭で接客業の基本が出来ているのかの確認が必要だ。
あぁ、事情を話して協力を仰がなきゃいけない連中がいるんだっけなぁ。
大丈夫かな、あいつら……張り切り過ぎなきゃいいけど。
そんなわけで、午前中に一度空振りしたとはいえ、結果的にエステラが懸念していた牛飼いの販路は広がり、ジネットが懸念していたトムソン厨房は存続の道を歩き出した。
ルートは違えど思惑通りだ。
なのになぜか、ご褒美だけが思い通りにいっていない。
『素敵☆ むぎゅっ!☆』
いつでもウェルカムですぞー!
と、そんなことを心の中で声高に叫んでみた、ある平凡な日の夕暮れ時だった。
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