異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

339話 賭け -2-

公開日時: 2022年3月1日(火) 20:01
更新日時: 2022年3月1日(火) 21:01
文字数:4,568

「俺をぶっ飛ばすだ?」

 

 ゴッフレードがにやりと笑う。

 そして、大口を開けて笑い出す。

 

「がっはっはっ! 面白ぇ冗談だ。俺は忘れてねぇぞ、テメェのへなちょこパンチをよぉ。あんなもんで俺がぶっ飛ぶかよ!」

 

 腹を抱えて大笑いをするゴッフレード。

 当時のことを知るパウラも、なんだか困ったような顔で視線を逸らしている。

 

「おい、イヌ耳の店員! テメェも覚えてるよな? こいつの情けねぇパンチをよぉ! それを喰らって俺が吹っ飛んだか? 吹っ飛ばねぇよ! 虫でもとまったのかと思ったくらいだぜ! なぁ、おい?」

 

 ガハハと笑うゴッフレード。

 話を振られたパウラは何も答えず顔を逸らす。

 

 まぁ、笑ってろ。

 言ってほしい言葉はしっかりと口にさせたからな。

 こいつは随分と記憶力がいいようだ。

 たった一回、それもわずかな時間会っただけの俺のことまでしっかりと覚えてやがる。

 他人の過去を把握しておくことは、この先の未来でそいつの足をすくいやすくする。

 なので、人の顔と言動を覚える能力を磨いたのだろう。もともと才能があったのかもしれないな、恫喝屋としての。……ふん、しょうもない才能だ。

 

 だが、お前は一番肝心な、覚えておかなければいけないことを忘れている。

 

 

 お前は一度、まんまと俺に騙されているってことをな。

 

 

「ゴッフレード。以前俺と賭けをしたことを覚えているか?」

 

 俺の口車に乗り、俺の真意を見抜けなかったという『実績』が、お前にはあるんだぜ?

 一度騙されたヤツは、必ずもう一度騙される。

 

 用心すればするほど、守りが大袈裟になり、大袈裟なものは例外なく隙も大きくなる。

 

「あの時のように、もう一度俺と賭けをしないか?」

 

 ゴッフレード。

 テメェは、所詮『カモ』なんだよ。

 こんなに狩りやすいヤツはそうそういないってくらいに、イージーな獲物なんだよ。

 

「賭けだと?」

 

 あの時と同じ言葉を呟き、ゴッフレードが素早く周囲に視線を巡らせる。

 どこかに罠がないか、何か見落としがないかと用心深く探るような目つきだった。

 

「何を企んでやがる?」

 

 ふっ……随分慎重じゃねぇか。

 ビビってんのか?

 

「単にお前が気に入らねぇからぶっ飛ばしてやりたいだけさ。賭けにでもしなきゃ、お前は殴り返してくるだろ? 俺、防御には自信がないんだよな」

 

 肩をすくめてみせれば、ゴッフレードの頬が少し緩んだ。

 

「防御には、だぁ?」

 

 そして笑い出す。

 

「テメェの攻撃なんざ、そこらの女以下じゃねぇか」

 

 ガハハと、汚い声で笑い、それでも頭の中ではぐるぐると思考が巡っている、そんな隙のない様子を見せる。

 分かるぜ、ゴッフレード。お前は今すげぇ考えている。俺の言葉の裏に何が隠されているのかを。

 だから、デカい声で時間を稼いでいる。

 だってそうだよな?

 

 へなちょこパンチと馬鹿にした俺の攻撃にビビッて、勝ちが確定している賭けから逃げたとなっちゃ、テメェの威厳はズタボロだもんな。

 ここまで散々俺を煽ったんだ。

 その俺の前から尻尾を巻いて逃げ出すなんざ、お前には出来ないよな?

 

「自信がないなら、降りたっていいぜ」

 

 あの時と同じ煽り文句を口にする。

 そうすると、あの時と同じようにゴッフレードの笑いが止まる。

 

「賭けの内容は、『お前の顔面を一発ぶっ飛ばしてKO出来るかどうか』」

 

 真顔でこちらを見るゴッフレードに、分かりやすくゆっくりはっきりと告げる。

 

「負けた方は、ノルベールの一件が片付くまで勝者の配下につく。命令は絶対だ」

 

 ゴッフレードがジネットやエステラ、四十二区の連中を盾におのれの要求をのませようと画策してくるのは目に見えている。

 そんな煩わしい状況は、始まる前から潰しておく。

 

 

「思い知らせてやるよ、ゴッフレード。――テメェが誰にケンカを売ってるのかってことをな」

 

 

 殺気を込めた視線をゴッフレードに向ける。

 ゴッフレードの頬が一瞬引き攣る。それを悟られまいとすぐさま表情を戻すが、そのせいで却って目立っちまったぜ。

 

「相変わらず、口だけは達者なガキだな」

 

 拳を握り、腕を肩幅に開いて、ゴッフレードがどんどんと酸素を取り込んでいく。

 仁王立ちになったゴッフレードの筋肉が、息を吸うたびに膨れ上がっていく。

 腹が、そして胸の筋肉がはち切れんばかりに膨らんで、ただでさえデカいゴッフレードが一回りデカくなったように見えた。

 

「どぁりゃぁぁぁああああああああ!」

 

 肺がパンパンになるまで吸い込んだ空気を、バカでかい声と共に一気に吐き出すゴッフレード。

 その爆音に、辺りにいた者たちは耳を押さえてザザッと後退する。

 

 ……ったく、この馬鹿が。鼓膜が痛ぇわ。

 

「上等だ。その賭け、乗ってやる」

 

 先ほどよりも凶悪さを増した瞳が、俺を見下ろしてくる。

 そんなもんで俺がビビると思ってんのか?

 

 勝ちが確定している勝負にビビるほど、俺はピュアな人間じゃねぇぞ。

 

「条件を確認するぞ。攻撃をするのはお前の顔面だ。腕で受けたり、ビビって逃げたりしたらやり直しだからな?」

「誰がビビるかよ」

 

 どすの利いた低い声が返ってくる。

 

「あと、お前デカいから顔に当てにくい。あの時みたいに座ってくれ」

 

 前回ゴッフレードと賭けをした際、こいつはカウンターの椅子に座っていた。

 立たれると、攻撃の勢いが殺されてしまう。

 

「ノーマ、そこの椅子を持ってきてくれ」

 

 デリアに頼めば、ゴッフレードに殴りかからないとも限らない。

 ここは、強さに定評があり、冷静に周りの状況を判断できるノーマに頼むのが一番だろう。

 

「悪いな。適当な場所に置いて下がっててくれ」

「……無茶だけは、するんじゃないさよ」

 

 椅子を置いたノーマが、俺の耳元でぽそっと呟く。

 心配すんな。

 あいつが賭けに乗った時点で、あいつはもう何も出来なくなったんだから。

 

「じゃあ、座れ。気絶して椅子から転げ落ちないように気を付けろよ」

「ふん! テメェのへなちょこパンチなんざ効きもしねぇ。なんなら、うめき声の一つでも上げさせることが出来ればテメェの勝ちにしてやってもいいぜ?」

「お、そうなの? ラッキー。じゃ、それで」

「んな……っ。へっ! どっちにしても同じことだけどな!」

 

 俺がすんなり受け入れたので虚を突かれた様子のゴッフレード。

 残念だったな。俺はお前みたいにしょうもないプライドだの見栄だのはどうでもいいんだ。

 勝利がより確実になるなら、敵の譲歩だろうと喜んで受けるぜ。

「手加減されて勝って嬉しいか?」って?

 嬉しいね! 手加減したのは相手の勝手だ。慢心といってもいい。

 すべての状況を踏まえて、最終的に勝ったヤツが一番偉いんだよ。

 

「それじゃあ、これからテメェの顔面を一発ぶん殴る。お前がうめき声一つでも上げれば俺の勝ち。男に二言はないな?」

「……あぁ」

 

 ゴッフレードの表情が若干険しくなる。

 俺の意図が掴めず、少々警戒している様子だ。

 まぁ、今さらだけどな。もう手遅れだ。

 

「賭けに負けた方は、ノルベールの一件が片付くまで勝者の命令をなんでも聞く。で、いいんだよな?」

「おう。テメェをボロ雑巾のように使い潰してやるよ」

 

 そっちがその気ならこっちは気が楽だ。

 どんな無理難題だろうが吹っ掛けられるからな。反故にした瞬間カエルにしてやるのも、良心はちくりとも疼かないだろう。

 

「ここにいる全員が証人だ。約束を反故にした瞬間、この場にいる全員が『精霊の審判』の発動権限を持つ」

「なっ!?」

 

 何を驚いている?

 一対一じゃねぇぞ?

 全員の目の前で宣言したのだ。

 俺の前から逃げ、隠れようとも、ここにいる人間に見つかればその場でカエルにされる。

 それくらいの御大層な賭けに、随分とまぁ軽々しく乗ってきたものだ。

 

「自信がないなら、手加減してあげよう~か~? 泣いちゃうと可哀想だし」

「テメェ……」

「それとも、ビビってるって認めて、尻尾巻いて逃げ出すか?」

「御託はいいからさっさと始めやがれへなちょこパンチ!」

 

 怒号を飛ばした後、ゴッフレードはにやりと笑う。

 

「テメェの魂胆は見えてんだよ。そうやって隠し玉があるように見せて、俺に勝負を降りてほしいんだろ? 生憎だったな。三下のブラフにビビるほど、甘い人生送ってねぇんだよ、こっちは。その頭にしっかりと刻んでおくんだな。この街には、逆らっちゃいけねぇ相手がいたんだってことをよ!」

「確かに、これ以上は時間の無駄だな」

 

 腕を組み、幾分余裕を取り戻した様子のゴッフレード。

 こちらに向けている顔に、笑みを浮かべるくらいは落ち着きを取り戻したようだ。

 ……ブラフ、ねぇ。

 

 こいつ、バカだな。

 

「それじゃ、始めるか」

 

 ゴッフレードに背を向け、俺はイメルダの前へと移動する。

 いやぁ、ちょうどいい物持ってきてくれちゃってさぁ。

 そんなもん、どこで使うんだよって思ってたけど、まさか俺が使うことになるとはなぁ。

 

「ちょっと借りるぞ」

「へ? あ、どうぞ。お使いなさいまし」

 

 イメルダが呆気に取られている間に、その白い手から物騒な殺人鈍器『モーニングスター』を取り上げる。

 うん。

 こいつなら、さしものゴッフレードも痛がるだろう。

 正直、一発KOは微妙なラインかなぁ~とは思っていたのだが、まさか自分からハードルを下げてくれるとはなぁ。

 

「いいな、ゴッフレード。うめき声一つ上げるなよ?」

「まっ、待ちやがれ、テメェ! そんな武器を使うなんざ聞いてねぇぞ!」

「だって聞かれなかったし?」

「テメェのパンチで殴るんじゃねぇのかよ!?」

「は? 俺、そんなこと一言でも言ったか?」

「『会話記録カンバセーションレコード』」

 

 俺とゴッフレードの会話の間に、エステラが『会話記録カンバセーションレコード』を呼び出す。

 

「うん。今確認したけれど、『ヤシロが手で殴る』なんて言葉は一言も言っていないね」

 

 俺は、『お前の顔面を一発ぶっ飛ばしてKO出来るかどうか』という条件を出しただけだ。

『KO出来るかどうか』という条件は、ゴッフレード自ら『うめき声一つ上げさせれば俺の勝ち』という条件に引き下げられた。

 

「素手だろうがモーニングスターだろうが一発は一発。盛大にぶっ飛ばしてやるぜ」

「じょ、冗談じゃねぇぞ!」

 

 椅子から立ち上がるゴッフレード。

 その瞬間、観衆が一斉にゴッフレードを指さす。

 腕をまっすぐに伸ばして、『精霊の審判』の構えで。

 

「な……っ!? テ、テメェらぁ……!」

「おのれの人徳のなさを呪うがいいよ、ゴッフレード」

 

会話記録カンバセーションレコード』片手に、ゴッフレードに指を突きつけるエステラ。

 形勢逆転だな。

 

「さぁ、さっさと座れ。ごねたって時間の無駄だろ? お前はもう賭けに乗っちまったんだから」

 

 モーニングスターを軽く振ってみる。

 うっわ、重っ!?

 腕が持っていかれて肩が抜けるかと思った。

 

「凶悪だな、こいつ……」

「へ、へへっ! テメェみてぇなへなちょこにゃ、扱えねぇ代物だぜ!」

 

 だから使わない、なんて選択肢はねぇぞ?

 

「顔面に当たるまでノーカウントだから、五~六回失敗したらゴメンな☆」

「ふざけんな!」

「じゃあ、一発で当たるようにお前も協力しろよ。そうだ、椅子に座るんじゃなくて仰向けで寝転がってくれよ。そうすりゃ、さすがの俺でも一発で顔面を潰せる」

 

 言いながら、凶悪なトゲのついた鉄球を地面に叩きつける。

 ドスッ! っと、重い音がして、鉄球が地面にめり込む。

 

「さぁ、ゴッフレード――賭けを始めようぜ」

「わ、分かった! 俺の負けだ、此畜生!」

 

 唾と脂汗をまき散らし、ゴッフレードが賭けを降りた。

 これで、四十二区でふざけたことは出来ないだろう。

 

 何か仕出かしやがったら、躊躇いなくカエルにしてやるから、覚悟しとけよ、小悪党。

 

 

 

 

 

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