異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

265話 後片付けの後には…… -1-

公開日時: 2021年5月21日(金) 20:01
文字数:3,770

 豪雪期が終わり、道の脇に避けられた雪の塊を残して街に本来の色合いが戻ってきた。

『陽だまり亭かまくら~ザ2―雪だるまくんの大冒険カフェ―』は、そこそこの売り上げを記録して、無事終了した。

 

「雪だるまさん。また来年、お会いしましょうね」

 

 溶けた雪だるま跡地に頭を下げて、ジネットが静かに微笑む。

 蝋で作ってやろうかとも思ったのだが、まぁ、また来年になればイヤってほど雪が降るんだし、いっか。

 滅多に会えないからこそ、再会が嬉しいなんてこともあるしな。

 

「……で、なんで全員揃ってんだ、お前ら?」

 

 豪雪期が終わり、各々の家に帰ったはずのお泊まりメンバーが全員、夕暮れの陽だまり亭に集まっていた。

 

「買い置きがなくてさぁ。店長のご飯食べに来たんだ」

「私は帰り損なったの~☆」

 

 損なうなよ。

 デリアに送ってもらう予定が、雪のプレイランドの後片付けが想像以上に難航して無理になったらしい。

 堆く積み上げた雪山が溶けきらなくて、畑にどーんと残っちまってたからなぁ。

 モーマットとしても、今日中に退けてもらわないと明日からの畑仕事に支障が出るし、エステラ陣頭指揮の下、撤去作業が行われていたのだ。

 

「いや~、雪山がカッチカチになっててさぁ、大変だったよ~」

「エステラはカッチカチの雪山に跳び蹴り食らわせて遊んでただけさね……『防御力の調査だ!』とか言ってねぇ」

「えっ!? 今のボクのマネ!? やめて、似てなさ過ぎる!」

「エステラ様はおそらく、カッチカチにシンパシーを感じられたのでしょう」

「誰の胸がカッチカチか!?」

 

 誰も胸とは言っていないのに……あ、全員の視線がエステラの胸に集中してた。

 これは、声にしていなくても『言った』も同然だな。

 

「で、今し方仕事が終わって、みんなで陽だまり亭に飯を食いに来たんだな」

「まぁ、そういうことだよ」

 

 エステラからの依頼で雪のプレイスポットの監視員をやっていたデリアたち。

 責任感からか、後片付けまできっちりと手伝ったらしい。ご苦労なこった。

 

「みなさん。今日はお疲れでしょうから精の付く物をご用意しましたよ」

 

 そう言って出てきたのは、山盛りの餃子。

 

「雪の下で寝かせておいた白菜を持ってきてもらったんだ」

 

 豪雪期の間、ハムっ子農場で雪の下に放置しておいた白菜。

 白菜は、霜に傷付けられ、雪の下に閉じ込められていると甘くなる!

 越冬野菜と言って、雪の中で凍結しないように糖分を多めに生成し蓄えるのだそうだ。植物ってのは逞しい。

 

 そんな白菜をたっぷりと使った白菜餃子だ。

 ついでに、ニラたっぷりのニラ餃子もある。もちろん、ニンニク増し増しだ。

 

「全員、口が臭くなるといい!」

「確かに、においは強烈だね……」

「けど、悔しいかな、これが美味しいんです!」

「……マグダは、明日からニラの妖精を自称する」

 

 怯んだ表情を見せるエステラ。

 つまみ食いで美味さを実感しているロレッタ。

 そして、「その妖精はどうだろうか?」という疑問を抱かずにはいられないマグダ。

 

「あと、唐揚げとエビフライもありますよ」

 

 食材提供者がいるので、安く仕上がった。

 それにしても、脂っこいラインナップだな。

 

「もうちょっとあっさりしたものも欲しいかな」

「分かりました。麻婆豆腐ですね!」

「違う! 落ち着いて、ジネット!」

 

 あんなド中華が『あっさり』のカテゴリーには入らない!

 中華で『あっさり』って言ったら、杏仁豆腐くらいしかないから!

 ……他に何かあったかな?

 

「ヤシロく~ん! お刺身は~?」

 

 と、水槽からカンパチを取り出すマーシャ。

 ……その魚、今までどこにいたんだよ?

 見たことないぞ、豪雪期の間ずっとここに泊まってたのに。

 

「マーシャ、門の方に行きたいって、このためだったのか?」

「うん、そーだよ~☆」

 

 聞けば、マーシャは日中別行動だったらしい。

 そりゃそうか。

 雪退かしでマーシャに出来ることなんかありはしない。

 あるとすれば、肉体労働で疲弊したヤロウどもの心を癒すくらいだ。

 四十二区のオッサンどもにはもったいなさ過ぎるな。

 

「誰が連れて行ってくれたんだ?」

「ミリィちゃんだよ~☆」

 

 ミリィ、力持ちだもんなぁ。

 

「じゃあ、ミリィも呼んでやればよかったな」

「そう思って、呼んどいたよ☆ お仕事終わったら顔出すって」

 

 お前の家か、ここは?

 まぁ、ミリィならいつだって大歓迎だけどな。

 

 その時、陽だまり亭のドアが控えめにノックされた。

 

「お? ミリィかな?」

 

 デリアが立ち上がりドアへと向かう。

 

「それじゃ、歓迎ムードで出迎えてやるか」

「はい」

 

 俺の合図に、ジネットとエステラが立ち上がる。

 ナタリアやノーマに続いて、みんなで入り口の方へ注目する。

 

「じゃあ、開けるぞ~」

 

 デリアが開け放ったドアの向こうにいたのは――

 

「しばらくぶりだな、皆の者! ついでにカタクチイワシ!」

 

 ルシアだった。

 

「デリア、ドア閉めて!」

「え? おぉ」

「待つのだ、デリりん! 私は客だ!」

「客だってさ」

「残念だが、ウチは客を選ぶ食堂なんだよ! 帰れ、ルシア!」

「ふふふ……これを見ても、まだそんなことが言えるのか、カタクチイワシよ!」

「ぁの……ぉじゃま、しま……す?」

 

 なんと、ルシアの腕にミリィが拘束されている。

 一切どこも縛られず、割れ物に触れるように丁寧に肩に添えられたルシアの手によって、ミリィが拘束されているっ!

 

「おのれ、ルシア! 子供を人質に取るとは卑怯な!」

「子供じゃないょ!?」

 

 いいや、子供です!

「パパと結婚する~」って言っていても許されるくらいの子供です!

 

「さぁ、招き入れるのだ、カタクチイワシ」

「く……、俺は……俺は一体どうすればっ!?」

「ねぇ、なにこの茶番?」

「さっさと入ってくりゃあいいんさね、ルシアさんも」

「あたい、どうしたらいいんだ、これ?」

 

 ルシアがしょーもないことでドヤ顔を晒しているせいで店内がざわざわしてしまった。

 

「ルシアさん。ミリィさん。ようこそ陽だまり亭へ。歓迎いたします」

 

 そう言って、ジネットがふわりと頭を下げる。

 あ~ぁ、歓迎しちゃったぁ。

 入ってくるぞ、あいつ。

 そして図々しくも飯を食っていくのだ。

 

「ルシア、お前明日の予定は?」

「明日は豪雪期の間の被害を確認するために三十六区と三十七区の領主に会う予定だ」

「よし、じゃあ餃子を食っていくといい!」

 

 そして、『口クサの領主』という二つ名をもらうといい。

 

 しょうがないのでルシアを招き入れ、ミリィを丁重にお迎えして、『明日のことなんか知ったことか! 全員道連れ、大餃子パーティー』が開催された。

 今日の餃子は、キョーレツだぞぉ~。くっくっくっ。

 

「嬉しい思う、久しぶりの再会を、私は」

「おう、ギルベルタ。こっち来い。一緒に餃子食おうぜ」

「了承する、私は。ルシア様の給仕を投げ出して」

「いや、投げ出していいのかい、ギルベルタ!?」

「いいのではありませんか、エステラ様? 私もすでに投げ出しておりますし」

「君はいつものことだけれど、改めて言われるとちょっとイラッてするね!」

 

 領主に従順な給仕長が、ここにはいない。

 みんな自由だなぁ。

 

「あ、そうだ。ウーマロ、ベッコ、ノーマ。あと、ベッコ」

「拙者なんで二回呼ばれたでござるか!?」

「大衆浴場の場所は結局外門のそばなんだよな?」

「そうッスよ。明日から工事にかかるッス」

「ウチは男衆に言って、すでにパーツを作り始めてるさよ。年内に完成させてみせるさね。……こっちのキツネ大工がヘマしない限りはね」

「それはこっちのセリフッスよ!」

「まぁまぁお二人とも、何卒穏便に。拙者も浴室を飾る巨大オブジェの制作を頑張るでござるよ。今からわくわくが止まらぬでござる」

「そうか。で、ベッコはどうだ?」

「今言ったでござるよね!? え、拙者二人分要求されてるでござるか!?」

 

 おろおろするベッコを見てニヤニヤする。

 面白い生き物だなぁ、本当に。

 

「オブジェのデザインはイメルダなんだっけ?」

「そうですわ。ですが、原案は店長さんですわね」

「え? わたしですか!?」

 

 思わぬところで名前が挙がって、口へ運びかけていた餃子を取り落としそうになるジネット。

 いつの間に原案なんかしたんだ?

 

「豪雪期に作った雪だるまくんの大冒険をアレンジしてみましたの」

「大衆浴場に雪だるま作るの!?」

「そ、それは……通わなければいけないかもしれませんね!」

「でっかいお風呂あるのに!?」

 

 なんか、いろいろ残念だ!

 富士山とかでいいのに!

 まぁ、富士山を見せられても四十二区の人間には伝わらないんだろうけども。

 なにせ、この街からは山が見えないからな。

 

「もっと、偉人の彫像とか、神々の彫刻とかを期待したんだがなぁ……」

「えっ……あ、あの……お風呂に入るヤシロさんの像、ですか?」

「俺のどこが偉人だ」

 

 妙な想像をしたらしいジネットが食べようとした餃子を小皿に戻した。

 やめてください、隣で顔を赤らめるのは。

 

「卑猥なものを見せるな、カタクチイワシ!」

「見せてねぇわ!」

「ご要望とあれば、拙者いくらでも――」

「要望してねぇわ!」

 

 やかましいベッコの口へ餃子を六個詰め込んでやる。

 どうだ。吸う息吐く息、みんなクサイだろう?

 悶えてろ。

 

「そうそう、風呂と言えば――」

 

 ぽんと手を叩き、ルシアがろくでもないことを言い出した。

 

「今日は入らせてもらう予定なので、よろしく頼むぞ、ジネぷーよ」

 

 

 勝手な予定を立ててんじゃねぇよ。

 

 はぁ……

 早く大衆浴場を作って、「そっちへ行け」って言えるようにしよう。そうしよう。

 

 

 

 

 

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