異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

326話 湿地帯を探る -3-

公開日時: 2022年1月9日(日) 20:01
文字数:4,117

「……ヤシロ」

 

 少し休憩を挟み、沼知の調査を再開した俺たち。

 再開して間もなく、マグダが俺の服の裾を掴んで引っ張る。

 

「……あっち」

「あっちに何が……あっ」

 

 マグダが指さす先には、深い色合いの巨木が立っていた。

 沼の中に太い幹を浸け、葉を失った枝を、それでも力強く空に向かって広げている。

 

 一目見て分かるとおり、その巨木はすっかりと枯れてしまっている。

 なのに、しっかりと沼の中に立っていた。

 

 それも、三本集まって。

 

「それが三本枯れ木か」

「……ちゃんと、残っていた」

 

 ジネットにいい報告が出来るのが嬉しいのか、マグダの尻尾がピンと伸びている。

 

 想像していたよりも随分と大きい。

 沼地に生える枯れ木というから、もっとひょろひょろの頼りないものを想像していたが、幹も太く、跳び蹴り程度ではビクともしそうにないどっしりとした佇まいだ。

 ハロウィンのイラストに描かれそうな、枯れているのに力強い古木。そんな印象だ。

 

「近くで見てみるか?」

「……調査は必要」

 

 ジネットの始まりの地に興味を示すマグダ。

 エステラに合図を送り、マグダと二人でそちらへ向かって歩く。

 

「……何か踏んだ」

「えっ……またマンドラゴラか?」

「……違う。もっと、しっかりしている」

 

 マグダが見つめる足下へ、俺も足を伸ばしてみる。

 柔らかい泥の中に、しっかりとした硬い感触がある。

 

「これ、枯れ木の根だな」

「……力強い」

 

 しっかりと根を張る枯れ木。

 こいつ、本当は枯れてねぇんじゃねぇの?

 

「こういう品種なのかもな」

「それはあるかもね。花も葉も付けない木なのかも」

「そんな木がありますの?」

「いや、知らないけど……」

「知ったかぶりっこはやめてくださいまし」

「ぶりっこはしてないじゃないか!」

 

 四十二区の領主であるエステラも、木こりのお嬢様イメルダも、この巨木は見たことがないという。

 

「レジーナ。この木、何か分かるか?」

「ん~……どっかで見たことあるような気がするんやけどなぁ~……」

 

 腕を組んで首をひねる。

 

「アカン。ここまで出かかっとるんやけどなぁ」

 

 と、お尻をまさぐる。

 

「出す時は上からにしてくれるかい!?」

 

 引っ込めろ引っ込めろ。

 一応は淑女のカテゴリーに入る女子として!

 

「ぁ……」

 

 そんな中、ミリィが枯れ木を見上げて小さな声を漏らす。

 葉を失いながらも大きく枝を広げる枯れ巨木を見上げ、大きな瞳を揺らめかせる。

 

「…………ソレイユ」

「あぁっ、せや! ソレイユや!」

 

 ミリィの言葉を聞いて、レジーナが「ぱしん!」と尻を叩く。

 

「手っ! ひらめいた時に叩くのは手だよ、レジーナ!」

「騒がしいですわよ、エステラさん」

「ボクのせいじゃないよね、これは!?」

 

 騒ぐエステラはイメルダに任せて、俺はミリィとレジーナ、二人が見上げる枯れ巨木を見上げる。

 この樹皮、このウロ……

 

 

 二度と忘れないようにと目に焼きつけた景色を思い出す。

 

 

 大きな木の上に、誇らしげに咲き誇るオレンジ色の大きな花。

 ソレイユ。

 

 ……そうだ。

 葉っぱや花はなくなっているけれど、この木は間違いなくソレイユの木だ。

 

「ジネットは、ソレイユに守られていたのか」

 

 心に浮かんだ言葉が、そのまま口からこぼれていった。

 

「だから、彼女の笑顔は太陽のようなのかもね」

 

 そんな誰に宛てたわけでもない言葉に、エステラが返事をくれる。

 ソレイユは、別名太陽の花とも呼ばれている。

 

 そういえば、ジネットが子供のころ祖父さんが不思議なソレイユを持って帰ってきてくれたって言ってたな。

 摘み取れば一瞬で枯れ、摘み取らなくてもあっという間に枯れてしまう稀少な花ソレイユ。

 それを『持って帰ってきた』ってのがすごいんだが……まさか、それはここの木から?

 

 いや、まさかな。

 そもそも、この枯れ木に花が咲くとは思えない。

 葉っぱもないし。

 

 たまたまだろう。

 無理やりこじつけて『奇跡』や『運命』を捏造するのは詐欺師と胡散臭い宗教家のすることだ。

 ジネットだって、この三本枯れ木がソレイユの木だったとは知らないだろう。

 ジネットのソレイユ好きは、祖父さんとの思い出に由来するものだ。

 

「ここに、ジネットちゃんがいたんだね」

 

 三本枯れ木の根元を見つめ、エステラが言う。

 少し想像してみる。

 幼き日のジネットを…………

 

 

「…………ぷかぷか~」

「そのころはそこまで大きくなかったはずだよ!?」

「大変です、エステラ様! 店長さんがぷわぷわと空へっ!?」

「飛ばないよ!?」

「……危ない、店長が落ちてくる」

「ひゅー……ん」

「ぽぃ~ん」

「……よかった、無事だった模様」

「息ぴったりだね、君たち三人は!?」

 

 俺とナタリアとマグダで、幼き日のジネットを想像していたら、エステラが邪魔してくる。

 入れてほしいならそう言えばいいのに。

 

「ほ~らほら、店長は~ん。おっぱいやでぇ~」

「と言いながら、揉むジェスチャーはおやめなさいましっ!」

 

 向こうは向こうで、ろくでもない妄想をしているようだ。

 

「もう手遅れだな、あの腐れ薬剤師」

「……末期」

「嘆かわしいですね」

「君たちには五十歩百歩という言葉を贈ってあげるよ」

 

 まったく、これだからエステラは……

 

「五十歩百歩というがな、女性の平均アンダーバストサイズである70cmの場合、トップバストが100cmだったらIカップだが、50cmだったら……」

「……抉れ」

「全然違いますね、50と100は」

「君たち、いい加減にしないと三本枯れ木の真ん中に置いて帰るよ!?」

 

 自力で帰りますけども!?

 

「ところで五十歩はん」

「誰が20cmの抉れか!?」

 

 すかさず自分のモノにしてしまうレジーナと、そんな変化球にもきっちり対応して打ち返していくエステラ。

 お前ら、いいコンビニなれるぞ! 知らんけど。

 

「ここに店長はんが捨てられとったんかいな?」

「そうだよ。シスターがそう言っていたって、ジネットちゃんが」

「……さよか」

 

 そう言って、レジーナは首をふいっと西側へ向ける。

 三十区との境界にある崖へ。

 

「崖から捨てたとしたら、距離があり過ぎやんな?」

「え? ……そう、だね」

 

 レジーナに言われて、俺たちも崖の方へ目を向ける。

 確かに、ここから崖までは結構距離がある。目測になるが100メートルくらいはあるか?

 

 思いっきり放り投げても、ここまでは届きそうもない。

 落下中に放物線を描いたとしても、ここまでは飛んでこないだろう。

 つか、いくら捨てると言っても我が子をそんな乱暴に放り投げたりするか?

 

 精々落とすくらいが関の山だろう。

 

 崖から落ちれば、そいつはこの沼の最奥。崖のすぐ前に着水する。

 実際、俺がそうだった。

 

 湿地帯には大小いくつもの沼が点在している。

 俺たちがいるのは一番大きな沼なのだが、俺が最初に落ちたのはもうちょっと小ぶりな沼だった気がする。

 沼に落ち、沼から這い出し、そして――、そこで沼に佇む夥しいカエルの群れを目撃したのだ。

 

 思い出したらちょっと体がぶるっと震えた。

 

「もしかしたら、歩いてきたのかな、じねっとさん。ソレイユ、好きだし」

「それはないと思うぞ。ジネットがソレイユを好きになったのは祖父さんと暮らすようになった後だし」

 

 ジネットとの会話を思い出す。

 たしか、ジネットが教会に引き取られたのは三歳の頃だったはずだ。


 三歳の子供なら、自分の足であちらこちらへ歩き回れるが……好き好んで沼の中に入ってくるだろうか?

 まぁ、水たまりが大好きなガキもいるし、ジネットが好んで沼の中に入っていったという仮説は否定しないが――


 三歳の子を崖から投げ落とせる親がいるだろうか?


 いや、赤ん坊なら平気とか、そういうことを言うつもりはないんだが……三歳にもなると自我も芽生えているだろうし、嫌なことは嫌だと言うし、危害を加えられそうになったら抵抗するんじゃないだろうか?


 それに、この湿地帯に精霊神の慈悲の魔法とやらがかかっているなら、ジネットは無傷で崖の下へと落ちたはずで、それなら自身の親を求めてこんな陰気な場所はさっさと抜け出していたんじゃないか?

 ガキがその場所を離れずにじっとしている時は――



『すぐに戻ってくるから、ここで待っていてね』



 ――そんなことを言われた時ではないだろうか。

 ある程度大きくなった、自我を持つ子を捨てる親の常套手段だ。

 日本でも、そうやって捨てられた子は少なくない数存在する。


 もし、本当にそういう状況だったのだとしたら……

 

「ジネットの親は、四十二区にいたのかもしれないな」

 

 崖から投げ捨てたというのであれば、親は三十区、もしくは湿地帯のことを知る他区の者であると考えられるが……

 湿地帯の中に入ってきて置いていったのだとすれば、その限りではなくなるのではないか。

 

「どうかな。崖から落とすことが出来なかった心優しい両親だった可能性もある」

「心優しい両親が、ガキを湿地帯に残すのか?」

「いろいろと事情があるんだよ」

 

 まぁ、事情はどこの国、どこの世界にもあるよな。

 それは責められないことだ。

 無責任な放棄でないのであれば、な。

 

「ジネットちゃんの両親だからね。きっととても優しい人だったんじゃないかな」

「性格は遺伝しないぞ」

「分からないじゃないか」

「そうですね。エステラ様も、母君の性格を受け継ぎ、娘の発育を阻害する呪いを毎夜かけ続けるような母親になられることでしょう」

「その悪しき伝統はボクの代で終わらせるよ! ……え、毎夜だったの!?」

 

 ナタリアからもたらされる衝撃の事実。

 ……毎夜だとは思わなかったが、呪いをかけられていることは知ってたのかよ。

 お前、ちゃんと愛されて育ってきたか? ちょっと不安になってきたよ。

 

「とにかく、憶測は所詮憶測だよ」

「そうですわね。お伝えするのは、三本枯れ木が元気そうだったということだけでよろしいですわね」

 

 俺たちが行った考察は、悪戯にジネットの心を波立たせかねない。

 いつか必要になることがあれば教えてやればいいが、そうでないなら伝える必要はない。

 

 ジネットはここでベルティーナに拾われ、母親代わりのベルティーナと、父親代わりの祖父さんに愛情を注がれて育ってきた。

 それだけで十分なのだ、真実なんてものは。

 

「じねっとさんを、守ってくれて、ぁりがとぅ、ね」

 

 ミリィが三本枯れ木に頭を下げ、そして樹皮をそっと撫でる。

 気のせいだろうが、枯れ木が少しだけ枝を揺らしたような気がした。

 

 ま、気のせいだろうけどな。

 

 

 

 

 

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