異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加79話 にぎにぎタイム -4-

公開日時: 2021年4月4日(日) 20:01
文字数:2,024

「出来ましたわ! さぁ、ヤシロさん試食を!」

 

 にょきっと、目の前にイメルダのおにぎりが差し出された。

 イメルダが物凄く得意げな顔をしている。

 それもそのはず。

 イメルダのおにぎりは、まるで定規で測ったかのような綺麗な正三角形で、ちょっとした芸術性を感じさせる見栄えだった。

 

「めっちゃキレイだな!?」

「当然ですわ!」

「じゃあ、味を見てみるか…………」

 

 ぐにっ…………ってした。

 

「……イメルダ…………握り過ぎ」

「形を整えるためですわ!」

「これ、おにぎりじゃない……焼いてないきりたんぽ」

 

 団子だ、もはや。きりたんぽなんて立派なものですらない。

 食感と口当たり、っるぅ~!

 

 こいつもベルティーナ行きかと思ったのだが、現在ベルティーナはモリーとレジーナの指導をしつつ自分の仕事もこなしている。

 さすがにイメルダまで面倒見させるのは大変だろう。

 というわけで、もう一人の職人に任せることにする。

 

「お前は、ノーマを手本にしろ」

 

 ノーマは手際がよく、かつ出来映えも完璧だ。

 さっさっと握って、同じ大きさ、同じ形、同じ塩加減で大量のおにぎりを量産している。

 

 特に頑張っている様子もなく、自然体で、なのに迸る母性に食欲が刺激される。ジネットや女将さんがそうなのだが、なんというか、調理場に立っている後ろ姿を見るだけでもう『美味そう』って思えてくるのだ。

 緩く弧を描く口元から微かな鼻歌が漏れ、ご飯を優しく包み込むようなしなやかな指先が「にちゃ、みちゃ」っと瑞々しくも粘り気のあるおにぎり特有の音を鳴らし、「出来たさね」という言葉の中には「美味しく召し上がれ」という気持ちがこれでもかとこもっている。

 

「ノーマはママの味!」

「ママになったことはないさよ!?」

 

 どうやってここまでの母性を身に付けたんだろう、ノーマは。

 そしてどうして、こんなにも非の打ち所がないノーマが未だに……いや、やめておこう。今一瞬、ノーマの指に力がこもった。……敏感なんだよなぁ、そういう空気に。無心、無心……何も考えない。

 

「ノーマさんのおにぎり、うめぇぇぇえ!」

「毎日食いてぇぇぇええ!」

「理想の味だなぁぁあああ!」

 

 大絶賛である。

 ノーマも、この大絶賛に満更でもなさそうな顔をしている。

 

「褒めたって、何も出ないさよ……」

 

 とか言いながら、物凄いスピードでおにぎりを量産していく。

 もっと称賛が欲しいのか? 本能が渇望しているのか!?

 

「あ~、私もおにぎり作ってみた~い☆ デリアちゃ~ん、迎えに来て~!」

「んだよぉ、しょうがねぇなぁ……」

 

 デリアが一時離席し、マーシャを連れて戻ってくる。

 マーシャの参戦に、男どもがどよめく。

 期待した空気が辺りを包み込む。

 

「マーシャ、具材は何がいいんだ? あたいと一緒の鮭にするか?」

「私はやっぱりちりめんかなぁ~☆ 海のお魚だしねぇ~」

 

 そうして、シソちりめん担当のノーマの隣でにこにこちゃぷちゃぷぷるんぷるんと体を揺らしながらおにぎりを握る。

 もっと揺れて! もっと!

 

「は~い、出来上がり~☆」

 

 もともと器用なのか、マーシャのおにぎりは最初の一個から十分に商品となり得るクオリティだった。

 

「は~い、ヤシロく~ん☆ 味見~」

 

 手渡されたおにぎりを一口頬張ると――

 

「んっ! 美味い!」

 

 絶妙な塩加減。

 そうか、これは……マーシャの手に染みついた海の塩!

 

 女将さんのおにぎりが俺史上最強の座をほしいままにしている要因に、ぬか漬けが関係している。

 女将さんは長年自家製のぬか漬けを漬けていて、毎日素手でぬか床をかき混ぜていた。

 そうすることで女将さんの手にはぬかの香りと風味が染みついていたのだ。

 それが、おにぎりを握るとご飯にぬかの風味がほのかに移って、絶妙の味を醸し出すのだ。

 あれは美味い!

 出そうとして出せる味じゃない。

 

 それと同じ現象が、マーシャの手のひらで起こっているのだろう。

 長い年月をかけて染み込んだ、天然の塩味。

 これに勝る物はない。

 

 それを証明するように、マーシャのおにぎりを食べたオッサンどもがその場に次々倒れ込んだ。美味過ぎて!

 

「うっ、うっまぁはぁぁあ~!」

「マーシャさんの塩! 最っ高!」

「マーシャさん味のおにぎり! まさに神!」

「ほのかにホタテの風味がっ!」

「毎日食べたいっ!」

「「「激しく同意!」」」

 

 そうして、ノーマの前に並んでいたオッサンどもは根こそぎマーシャの前へと移動してしまった。

 

「ちょいと、あんたたち!?」

「「「いや~、すまねぇ、ノーマちゃん。やっぱ男はホタテには逆らえねぇ生き物なんだ」」」

「ホタテくらい、アタシだって……っ!」

「そこは張り合っちゃいけないとこですよ、ノーマさん!?」

 

 モリーが賢明にノーマを抑える。

 そうしなければ、今この場でノーマがホタテを装着してしまいそうだから…………いや、してもいいんじゃね?

 

「モリー。ノーマの好きにさせてやるのはどうだろうか?」

「ヤシロさん、真顔でそういうことを言うのやめてください。イメージが崩れます」

 

 モリーは俺にどんなイメージを持っているんだろうか?

 紳士的? そんな感じ?

 

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