異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

259話 遊泳術に長ける者 -1-

公開日時: 2021年5月2日(日) 20:01
文字数:4,019

「よい風呂であった!」

 

 ほこほこと、体から湯気を立ち昇らせてルシアが満足げに冷えた牛乳を飲んでいる。

 氷保管庫でキンキンに冷やした牛乳だ。

 もともと、氷保管庫は日が当たらない場所にということで裏庭に置いてあった。現在そこには風呂場が出来たわけで、氷保管庫は今、前庭の屋台の奥へと移動させてある。

 俺にはとても運べないが、マグダとギルベルタが軽々と運んでくれた。

 大きめの金庫くらいのサイズのそれは、豪雪期の終わりとともにアッスントへ返却される。

「使い勝手がよろしいようでしたら、格安でご用意いたしますよ?」とかなんとか言っていたが……くそぅ、買っちゃおうかな。

 氷の保管はもちろんだが、冷蔵庫として活用できるのが大きい。

 くそぅ、アッスントめ。小賢しい真似を。

 

「私の別荘にもこのサイズの風呂を備え付けてもらおうか」

 

『BU』の多数決を崩壊させるために、四十二区に港を作るという計画をぶち上げた。

 その際、港の存在によって潤っている三十五区領主のルシアは当然難色を示した。

 そこで、四十二区の港建設をのむ見返りとして、ニュータウンに別荘を建てるという案を提示したのだ。


 結局、『BU』での多数決で四十二区への制裁は科されないことになったのだが、動き出した港の建設計画は止まらなかった。

 いや、一回止まったんだが、マーシャがかなり猛烈にプッシュしてきて再び動き出したのだ。


 その影響で、一回白紙に戻ったルシアの別荘計画も復活して……こいつはそれを一切譲る気がないらしい。

 建設予定地の下見だとか言って、ちょこちょこニュータウンに足を運んでいるらしいしな。……ちっ。

 絶対、ロレッタの家とは川を挟んで反対側に建ててやる。

 ハム摩呂が危険だからな。


「別荘に大きな浴槽が必要ですか?」

「必要だ。皆で入るのだからな。……むふっ!」

「では、ギルベルタと相談して決めますね」

「待てエステラ! 主は私だぞ!」

「でも、常識と良識を持ち合わせているのはギルベルタの方ですので」

「うぐぐ……言うようになったではないか、エステラ」

 

 歯噛みするルシア。

 お前といる時間が伸びるほど、みんなお前をぞんざいに扱うようになるんだよ。

 嫌なら、おのれの言動を省みろ。

 

「よし、じゃあこうしよう。別荘自体をなかったことに」

「くだらぬことしか言えぬ口なら閉じていろ、カタクチイワシ!」

 

 何がくだらないだ、名案じゃねぇか。

 お前の別荘が白紙に戻れば、四十二区の平和は保たれるのだから。

 

「ニュータウンの別荘は、港建設を認める見返りだ。すべてそちらの費用で私に相応しい豪華絢爛な別荘を建てるがよい」

「上空から見たら『変態』って見える館とかどうだ?」

「おぉ、出来るものならやってみるがよい! むしろ住んでみたいわ!」

 

 絶対住みにくいけどな、そんな家。

 

「それはそうと……」

 

 ほこほこと上機嫌の変態領主に剣呑な視線を向ける。

 

「ミリィたちに変なことしてないだろうな?」

 

 この変態領主、「貴族なんだから一人で入れ」というこちらの要望を突っぱねて「ミリィたんと一緒じゃなきゃ入らぬし、帰らぬ!」などとわがままを抜かしやがったのだ。

 お前も貴族の端くれなら、庶民に肌を晒すことを躊躇えよ!

 つか、こいつは生物学上女かもしれんが、中身はオッサンなのだから男湯に入れるべきなのだ。

 

「俺が一緒に入ってやれれば……っ!」

「だっ、誰が貴様などと混浴をするか! 恥を知れ、エロクチイワシ!」

 

 どんな口のイワシだよ、そいつは。

 

「きちんと乾かして思う、私は。髪を、ルシア様の」

 

 ギルベルタがタオルを持って厨房から出てくる。

 そのギルベルタの濡れた髪を、ナタリアが拭いてやりながら追従する。

 ナタリアの頭には、タオルがターバンのように巻きつけられている。女の子が風呂上がりにやるヤツだ。

 

 チッ……ナタリアめ、うなじが色っぽいじゃないか。

 

 ルシアが暴走しないように給仕長二人を風呂に同行させたのだが、果たして犯罪は未然に防げたのだろうか。

 

 その後、ぞろぞろと風呂上がりの女子たちがフロアへとやって来る。

 あのさ、みんなさ。こっちじゃなくて、ジネットの部屋の方に行けよ。

 そんで、髪を乾かしたりして、男に見せてもいい状態になってから降りてくればいいんだぞ?

 こいつらみんな、風呂にテンションが上がってそこら辺のこと頭からすっぽり抜け落ちてんじゃねぇの?

 

「ぐはぁ! お風呂上がりのネフェリーさん……っ! マブし過ぎる!」

 

 な?

 こういう変態タヌキだっているんだから。

 

「……って、パーシー。いたっけ?」

「いたよ! 朝からずっと川で遊んでたっつーの! バーベキューの時、弾けたエビの殻が俺の顔に飛んでくるって面白ハプニングもあっただろう!?」

 

 一切記憶にない。

 いたっけ、こいつ?

 

 つか、まだここにいるってことは、お前も風呂に入るつもりなのか?

 この贅沢者。

 

 また俺はこいつらと風呂なのか。

 いつになったら一人でのんびり入れるんだろうなぁ……

 ベッコとは二日続けてだ。

 

「ところでカタクチイワシよ。キツネの棟梁はどこへ行った?」

 

 ウーマロは、グーズーヤが呼びに来て抜けた後、結局戻ってこなかった。

 何かトラブルが起きたようだったし、その対応に追われているのかもしれない。

 大したことじゃなきゃいいが。

 

 ……いや、ほら。あいつがトラブってると、いろいろ頼めなくなるからな。

 

「心配ですね」

 

 まだ風呂に入っていないジネットが不安げに眉根を寄せる。

 人数が多くて、さすがに全員一緒にとはいかなかった。

 帰る時間もあるので、客を先に入れているのだ。

 ジネットたちは、最後に入ると言っていた。

 

 ロレッタは今日は帰る予定なので、さっさと入ればよかったのに、ジネットやマグダと入りたいのだそうだ。

 今日は泊まるなよ?

 さすがに豪雪期初日の朝に長女がいないのはハムっ子が不安がるだろうからな。

 

「んじゃ、俺らもさっさと入るか」

「待ってたぜ、あんちゃん!」

「またまたご相伴にあずかるでござる!」

「あぁ、待て。カタクチイワシ」

 

 風呂に行こうとした俺を、ルシアが呼び止める。

 椅子に座り、ギルベルタに髪を拭かせている。そのギルベルタの髪をナタリアが拭いているので縦にずらっと並んでいる。面白い絵だな、おい。

 

「貴様は風呂の前にミリィたんを送ってやるのだ」

「ぇ? ぁの、別に、平気、だょ?」

「何を言うのだ、ミリィたん! お風呂上がりのミリィたんなんて……犯罪者の大好物ではないか!」

「――と、犯罪者が言ってるんだから信憑性がとてつもないな」

「危険思う、私も、友達のヤシロが一緒でないと。送るつもり、ルシア様は、マイエンジェル・ミリィを」

「マイエンジェルってなに、ぎるべるたさん!?」

「つか、なんで送ろうとしてんだよ、そこの変質者」

「そんなもの、馬車の中でミリィたんのいい香りをスハスハするために決まっている」

「ウチの領民に不埒なマネはやめてください。戦争になりますよ?」

 

 エステラの冷たい視線もどこ吹く風で、ルシアは傲岸不遜な笑みを浮かべている。

 

「ミリィなら、あたいが送っていってやるぞ」

「そうも言っていられぬのだよ、デリりん」

 

 気に入った獣人族に片っ端から奇妙なあだ名を付けるな。

 あぁ、ジネットもジネぷーとか言われてたっけ? 獣人族か否かは関係ないようだ。

 にしても、せめてもう少しセンスを磨けよ。……まぁ、具体的な代案は、今ちょっと出てこないけども。

 

「ミリィたんは体が小さいのでもう『おねむ』なのだ」

「そんなこと、なぃ……ょ?」

「しかし、早く帰って明日に備えねばならぬだろう? 花の世話を優先するあまり、まだ温かい布団も毛糸のパンツも出しておらぬのだろう?」

「どぅして知ってるの!?」

「調べた、私は」

「ぃつ!?」

 

 個人の家の事情をあっさりと調べ上げるなよ。密偵か。

 

「去年は川遊びの疲れから帰ってすぐ寝てしまい、鼻風邪を引いたそうではないか」

「なんで知ってるの!?」

「ギルド長と交流を深めたのでな!」

「あぁ……ギルド長さん、おしゃべりだから……」

 

 ミリィがなんでも相談するギルド長は、信頼の置ける人のいい婆さんではあるが、生花ギルドの大きなお姉さん方同様、そういう噂話が大好きなのだ。

 ミリィが風邪を引いたなんて保護欲をかき立てる話題は、すぐさま情報共有がされたことだろう。そして、こぞってお見舞いの品が寄せられたに違いない。

 

「そうなる前に、帰るのだ」

「ぅう……ゎかった。じゃあ、もう、帰る、ね?」

「だから、それならあたいが――」

「デリりんは明日のお泊まりの打ち合わせが残っておるのではないのか?」

「え、店長。何かあったっけ?」

「えっと、お越しになる時間を伺おうとは思っていました。みなさんのお家も雪下ろしなどが必要でしょうし。朝ご飯の数も把握したかったので……ですが」

 

 ちらりと、ジネットがルシアを見て、それに釣られるように全員がルシアの顔を見る。

 驚愕の表情で。

 

「知って、らしたんですか、ルシアさん?」

「ふふん。私を誰だと思っている。伊達に三十五区をまとめ上げてはおらぬ。謀を暴くのは領主の基本であると心得よ」

 

 バレてたか。

 まぁ、四十二区のほんわか思考な連中に隠し事なんか出来ないんだろうなぁ、正味の話。

 

 まぁ、バレたならしょうがない。

 少々面倒くさいが、諦めるか。

 

「じゃあ、お前も来るか?」

「寂しがらせて悪いが、私は領主だ。豪雪期に館を空けるわけにはいかぬ」

「……うっ」

 

 ルシアの言葉に、領主であるにもかかわらず館を空ける気満々のエステラがそっと耳を塞ぐ。

 耳に痛いか、そーかそーか。

 

「餅つき大会の折には盛大に迎えてやるから、寂しくても泣くなよ、カタクチイワシ?」

「どっちがだよ」

「それからな……」

 

 うっすらと笑みを浮かべて手招きをするルシア。

 髪を拭かれているため動けないのだ。

 仕方ないので出向いてやる。

 

「隠そうとした罰だ、喰らえ」

「どぅっ!」

 

 頸動脈をチョップされた。

 呼吸が止まった、一秒止まった。

 ……このやろう。

 

 俺が睨むと、濡れ髪のルシアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 嬉しそうにしやがって、ったく。さっさと帰れ。

 

 

 

 

 

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