出てきたのは、まるごとのリンゴを生地で包んで油で揚げたものだった。
「これのどこがアップルパイだ!?」
リンゴカツじゃねぇか、これじゃあ!
「パイだよ、これはパイさ!」
「あぁ、パイだ! 紛れもなくパイったらパイだ!」
「……パイパイと、まるでヤシロのように……」
「おい、マグダ。人聞きの悪いことを言うな」
誰がいつパイパイなんか言ったか。
しかし、このアップルパイもどきは酷い。
砂糖を使ってないどころの話じゃない。別の食い物だ、これは。
一口齧ってみたが、…………油臭いしなびたリンゴだった。
「…………砂糖が手に入ったら、本当のアップルパイを食わせてやるよ……」
「それは、これよりも美味しいのかい?」
「比べるなと言いたいレベルだ」
「それは楽しみだけれど、期待は出来ないね」
「確かに。砂糖なんて……僕たち庶民には手の届かない調味料だからね」
臭ほうれん草農業は相当厳しいらしく、アリクイ兄弟の家は質素……というよりビンボー丸出しだった。
両親は、随分前に…………ということらしいので、今は兄弟二人で臭ほうれん草農家を切り盛りしているようだ。
ちなみに、この臭ほうれん草を栽培してるのは、四十区の中でもこいつらだけらしい。
……被害が拡大しなくてよかったよ。
「ってことは、露店で売ってたのも、お前らか?」
「それはないね。本当さ、信じておくれ。トラストミー」
「僕たちの臭ほうれん草を買ってくれる優しい人が一人だけいてね。その人にすべてを売っているんだ」
聞くところによると、こいつらの臭ほうれん草は価値がないという判定が下され、行商ギルドは引き取ってくれないのだそうだ。
行商ギルドとの取引がないのであれば、こいつらがどこの誰とも知れないヤツ相手に作物を売っても問題はない。ここは事前にアッスントに確認を取ってあるので間違いない。
つまり、俺が臭ほうれん草を個人で買い付けることに関して、誰も何も文句を言ってくることはないのだ。……買うだけの価値があれば、だけどな。
「しかし、その買ってくれる人ってのは、なんでこんな臭いほうれん草を買ってくんだろうな?」
「彼はとても優しいからだよ」
「いつも僕たちを気遣ってくれるし、たまに食べ物を持ってきてくれたりもしているんだ」
「養われてんのか?」
「HAHAHA! 近いものはあるかもしれないね」
ビンボーな中にいて、明るさを失わないのはすごいことかもしれない。
しかし、なんのメリットもなく他人の生活を……人生とすら呼べるものを背負ってやれる人物などいるのだろうか?
こいつらが気の毒だから? それだけでそこまで面倒を見ているのか?
いや、もしそうなら、臭ほうれん草ではなく、ほうれん草を栽培できるように働きかけてやればいいのだ。双子の兄弟を金銭的に支えられるような人間なら、それくらいの発言権は持っていそうなもんだが……
じゃあなんだ?
本当にただの善意なのか?
「よかったら見てみるかい、ウチの畑を」
「広さだけはあるから、見応えはそれなりにあるはずだよ」
「そうだなぁ、見せてもらうか」
売れもしない臭ほうれん草を育てている畑をな。
「畑はこの家の裏手なんだ」
「さぁ、レッツゴー!」
アメリカンなジェスチャーで手招きをされ、俺たちはアリクイ兄弟に続いて畑へと出た。
アリクイ兄弟の言う通り、畑は広く二人ではとても手が行き届かないほどの広さだ。モーマットなら迷わず小作人を雇うだろうな。これだけの広さだったら。
だが、実際使用されているのは家に近いわずかなスペースだけだった。
三分の一から半分程度、畑が余っている。
売れないものを大量に作っても仕方ないし、そこまで手を広げるほどの金銭的余裕もないのだろう。
「さあ、その二つの目を見開いて、よぉく見ておくれ。おっと! ただし、見開き過ぎて目玉を落とさないでくれよ。後片付けは僕の仕事なんだ」
「HAHAHA! ナイスジョーク!」
ナイスじゃねぇよ。
「ほら、これが、僕たちの誇る世界で最も売れないほうれん草たちさ!」
「ポジティブなのか、バカなのか判断に困る連中だな…………どれ」
と、俺は畑にしゃがみ込み…………そして、気が付いた。
「お、おい…………これって……」
そこでようやく俺は理解した。
散らばっていたピースが綺麗に組み上がっていく。
まったく無関係だと思っていたことが複雑に絡み合って……
「そういうことかよ……」
すべての謎が解けた。
頭の中を覆っていたモヤモヤしたものが払拭され、視界がクリアになった気分だ。
こんなことを見落としていたなんて…………
「オーイエースッ! なんてタイミングなんだ! 見ろよ、チック」
「ワァオ! 噂をすればだね、ネック」
アリクイ兄弟が喜色をあらわに声を上げる。
畑にやって来た噂の人物――
売り物にもならない臭ほうれん草を買ってくれる『優しい彼』が姿を現したのだ。
「…………なんで、あんたがここにいんだよ?」
『優しい彼』は、俺の顔を見て表情を強張らせていた。
目の周りだけが黒く塗り潰された、そこそこのイケメン。優男でチャラい印象のタヌキ人族。今日も今日とて細いサトウキビを咥えた、俺の顔見知り。
「よう、奇遇だな。…………パーシー」
砂糖職人のパーシーが、そこにいた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!