レジーナに続き、店に残っていた大工たちも帰っていった。
外はもう暗くなっている。大工連中はこれからカンタルチカにでも行って酒盛りなどするのだろう。
港の工事が一時中断され、大工たちは仕事にあぶれてしまった。
デリアが踏み壊した広場のレンガの修繕なんてちょっとした仕事は発生したが、街門の外に出ての工事は全面中止となっている。
洞窟とは関係ない部分であれ、街門の外で工事をしているとウィシャートがやかましく噛み付いてくる可能性が高いからだ。
調査にリソースを割きたい今、煩わしいクレーマーにはなるべく黙っていてもらいたい。
というわけで、仕事にあぶれた大工連中は普段ほど空腹になることもなく、陽だまり亭よりも酒が飲めるカンタルチカのような酒場に入り浸るようになっていた。
仕事がある前日は深酒が出来ないからな。これまでずっと忙しかった分、これ幸いと酒におぼれて鬱憤を晴らしているのだろう。
まぁ、今は仕方ない。
そんなわけで、普段なら混み合うような夕方から夜にかけての時間、陽だまり亭は久しぶりの暇を持て余していた。
ジネットの予想はぴたりと的中したわけだ。
ウーマロは、ウッセたちと洞窟の調査を行っている。
前回は何も見つからなかったが、何度でも徹底的に調べるつもりだと言っていた。
ウィシャートに工事を止められるのは二度目だからな。あいつも結構頭にきているのかもしれない。
まぁ、ウーマロのことだから、調査にかこつけて地質調査なんかも同時進行で行って、今後どういうルートで洞窟を削り進めていくかを考えていたりするのだろう。
なんにせよ、陽だまり亭は現在、暇なのだ。
「というわけで、緊急ミーティングを開催したいと思う」
俺がキリッとした顔で宣言すると、ロレッタとマグダが素早くテーブルを移動させ、陽だまり亭内に緊急サミット会場を作ってくれた。
首脳なんぞ一人もいないので何がサミットだって感じではあるが、要するにテーブルをくっつけて全員で向かい合って座れるようにセッティングされたわけだ。
「えっと……、なんのミーティングなんですか?」
「議題は――ロレッタ」
「はいです」
被告の罪状を読み上げる検察官のような面持ちで、ロレッタが本日の議題を報告する。
「レジーナさんのパンツが酷いです」
「……ブラもひどい」
「え、っと…………それは、あの、どういった意味合いで……?」
まぁ、レジーナの下着が酷いといえば、真っ先にとんでもなく卑猥な下着が頭に浮かぶよな。
だが、残念ながらそっちじゃない酷さなのだ。
「レジーナは物持ちがいいみたいでね。あと、洗濯が下手なんだよ、きっと」
エステラが肩をすくめて、ジネットに事情を話す。
「まぁ……、そうなんですか」と、ジネットは理解して、少しだけ困ったように眉を曲げた。
「やはり、お洗濯の仕方を教えてあげないといけませんね」
「まずはやる気の出し方からだってよ」
「とても可愛い下着をプレゼントしてみてはいかがでしょう? そうすれば、傷めないように丁寧な洗濯を心がけると思います」
「よぉし! じゃあ、俺が見繕って――」
「ヤシロさんはダメです」
立ち上がりかけた俺の腕を、隣の席のジネットがしっかりと掴み拘束する。
ふむ、やっぱり駄目か。
「まぁ、可愛い可愛くないはともかく、使用に耐える下着が早急に必要なんだよ、あいつは」
「レジーナさん……そんなに、なんですか?」
あぁ、そんなに、らしいぞ。
俺は見せてもらってないからな。
あ、マグダとロレッタが全力で頷いている。そうか、そんなにだったのか。
「というわけで、近日中に素敵やんアベニューへ買いに行くことを提案するです!」
「……レジーナは強制参加で」
「ボクも異議はないよ」
「では、私はクレープが食べたいです」
「今はレジーナの下着の話をしているんだよ、ナタリア」
「分かりました。下着もいただきましょう」
「食べろとは言ってないよ!?」
賑やかに騒ぐ連中を見て、ジネットが「ふふっ」っと笑う。
「みんなでお買い物に行くんですね」
まぁ、平たく言えばそういうことだ。
レジーナと一緒という激レア感が連中のテンションを微増させているんだよ。
「でしたら、早い方がいいですよね。下着は、毎日必要な物ですから」
「え、そうなのですか!?」
「穿いて、ナタリア!」
「エステラさん、そこは『黙って』とか『ふざけないで』あたりが正解だったと思うですよ!?」
「……穿いてない可能性が高かった。ナタリアだから、仕方ない」
レジーナがいなくなったらナタリアが頭角を現す。
一回まとめて懺悔室に宿泊してこい。
翌朝には、ミリィばりに純粋な心を手に入れられるだろうよ。……いや、無理か。
こびりついた汚れって、なっかなか取れないからなぁ。
「おそらく明日の朝、暴走したウクリネスがレジーナの家に突入して、レジーナが陽だまり亭へ逃げてくる」
「あぁ……ウクリネスさん、暴走すると止まらないですからね。ネフェリーさん、朝起きたら居間にウクリネスさんが待機してたことあったそうです」
怖ぇよ、ウクリネス。
女同士なら何したってセーフとか、ないからな?
だがまぁ、きっと明日の朝、ウクリネスはレジーナの家に突撃する。
で、他に逃げ場もすがる場所もないレジーナは陽だまり亭へとやって来る。
「そこを捕獲して、有無を言わせず馬車に乗せ、四十一区へ連行するんだ」
「レジーナさん、死なないですかね?」
まぁ、死んだら死んだでその時だ。
大丈夫。
友達と出かけるストレスで死んだヤツを、俺はいまだかつて見たことがない。
「まぁ、研究を急いでほしいって気持ちはないではないが……」
今日のレジーナを思い浮かべる。
あいつも、少しは気分を晴らした方がいい。そうでなきゃ、変な責任感を背負い込んで、一人で家に籠りっきりになっちまいかねない。
無茶をして研究して、体を壊しでもしたら、厄介な病魔に付け入るスキを与えちまう。
「あいつは多少強引にでも連れ出してやらなきゃ、気分転換すら出来ない不器用者だからな」
うじうじ悩むのを止めて、パーッとリフレッシュなんて、レジーナが最も苦手そうなことだ。
こいつらが近くで騒がしくしていれば、嫌でも気分が変わるだろう。
晴れやかになった後でもまだ間に合うはずだ、クソみたいな細菌兵器の解析なんてのは。
「カンパニュラ、テレサ。お前らも一緒に行って、盛大に『甘えて』やってくれないか?」
「よろしいのですか?」
「あぁ。その方が、あいつも言い訳が立つからな」
こんなちっこいガキにねだられたら「しゃーないなぁ」が言いやすい。
そういう状況でもなきゃ、あいつは羽を伸ばせない。
ホント、難儀なヤツだよ、レジーナは。
「護衛はマグダとナタリア。エステラは視察もかねて、レジーナが他所の区で暴走しないか目を光らせていてくれ」
「ボクへの要求が高過ぎるよ……」
「いざとなったら、ロレッタに押しつけていいから」
「じゃ、よろしくねロレッタ!」
「丸投げする気満々ですね、エステラさん!? あたしでも荷が重いですよ!?」
ロレッタがいれば、しょーもないことでも賑やかに楽しく感じることだろう。
「陽だまり亭は、俺が残って店番してるから、お前らは存分に買い物をしてきてくれ」
「では、わたしも残りますね」
そう言って、ジネットがふわりと笑う。
やっぱ、そう言うよな、ジネットなら。
「悪いな、付き合わせちまって」
「いいえ。それより、ヤシロさんは行ってみたくはないんですか?」
「俺、リカルドアレルギーの可能性があるから」
「あぁ、ボクもだ。明日は十分気を付けよっと」
「酷いですよ、お二人とも」
くすくすと笑って、ジネットが俺たちを叱る。
自分が残ることを、残念だとは思っていないようだ。
行こうと誘えば楽しんでついてくるだろうし、残ってくれと頼めば、その時もきっと喜んで残ってくれるだろう。
ジネットの場合、何か楽しいことがしたいという欲求よりも、何をする時でも楽しい気持ちでいたいという思いの方が強そうだ。
だが、やっぱりショッピングくらいは楽しませてやりたいよな。
「じゃあ、もうちょっとごたごたが落ち着いたら、俺を案内してくれるか?」
「はい。実は、ヤシロさんが好きそうなお店を知ってるんです。ご紹介しますね」
デートなんて華やかなものじゃない。
ただ一緒に出掛ける、それだけの、未来の予定だ。
けれどもまぁ、こんなに楽しそうな顔をされると、悪い気はしないよな。
「楽しみにしてるよ」
「はい。わたしも楽しみです」
「ただ……俺、入れるかなぁ。ランジェリーショップ」
「そういうお店ではありません! もう、懺悔してください」
ジネットのほっぺたがぷっくりと膨らんで、本日のミーティングは終了した。
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