異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

328話 悪魔の花 -4-

公開日時: 2022年1月18日(火) 20:01
文字数:4,008

「せや」

 

 呟いてレジーナが立ち上がる。

 走ってバテて、泣いて萎れていたレジーナだったが、今はしっかりとした足で立っている。

 話をして、幾分気持ちが落ち着いたようだ。

 

「ちょっと、あの花、もう一回よぅ見てくるわ」

「危険じゃないのかい?」

「危険かもしれへんからや」

 

 危険な花がそこにあると確認して、それを放置は出来ない。

 自分の身を案じて見なかったことにすれば、自分以外の誰かに被害が及ぶかもしれない。

 それを許せないのがこのレジーナという女だ。

 

「じゃ、俺も行こう」

「あほ。胞子吸ったら死ぬかもしれへんねんで?」

「なら、飛び散った胞子は全部俺が吸い込んでやるから、お前は無事に帰ってきて解毒薬を作ってくれよ」

 

 お前に倒れられるのが、四十二区にとっては一番大問題なんだよ。

 

「……過保護やなぁ、自分」

「まったくだ。全力で平均バストサイズを下げに来ているヤツがいるせいで、平均以上のおっぱいからは目が離せねぇんだ」

「自分がおっぱいから目ぇ離さへんのは生まれつきやないか。欲にまみれた目ぇでな」

「最初は食欲、次に知識欲、今は保護欲だな」

「一番肝心な欲が抜けとるで、自分」

 

 けらけら笑って、俺の肩をぺしぺし叩くレジーナ。

 そんなぺしぺしに混ざって、強めの一撃が肩にめり込む。

 

「……誰が全力で平均を下げに行ってるって?」

「さ、レジーナ。調査に向かおうか。陸地は危険だ」

「そうやって、沼地に避難したんやろうなぁ、カエルらぁも」

 

 陸地は怖いからなぁ。

 沼地に逃げ込めば追ってこないもんな。

 ちょっと共感しちゃうぜ、カエルたち。

 

「滑るなよ」

「大丈夫や、店長さんやないんやから」

 

 さっきは飛び込んできたくせに、ゆっくりと入る時は危なっかしいレジーナ。

 ジネットほどではないにせよ、お前だって運動神経皆無じゃねぇか。

 運動会で捻挫もしてたし。そもそも、日常の移動範囲が寝室とトイレの行き来くらいだろうに。

 沼地に入るなんて無謀もいいところなんだから、気を付け過ぎるくらいでちょうどいいんだっつの。

 

 レジーナと共に、沼の中を崖に向かって歩く。

 

 40メートルほど歩き、例の不気味な花の前へと舞い戻る。

 改めて見てもおかしな花だ。

 毒々しい赤色をした一枚の花びらと、赤紫色の四枚の花びら。その後ろに放射線状に伸びる針のように細い萼……もしくは葉っぱか?

 そして、全体を覆い包むような半透明のゲル状のぬめぬめ。

 俺の知るどんな花にも似ていない。

 

「気味の悪い花だな」

「せやろ? この花びらの裏から伸びとる茎を見ると、嫌な気分になるわ」

「茎? 花びらの後ろの針みたいなのは茎なのか?」

「せや。花の下にあるのがこの花の茎。で、花びらの後ろから放射状に伸びとるこの無数の細いのが、胞子の茎や」

 

 この植物は、毒々しい色合いの花の萼に無数の胞子が寄生して成長する、二種類の植物が共存した集合体らしい。

 

「この菌は、この花の蜜がないと成長せぇへん。逆にこの花はこの菌の菌糸がないと発芽せぇへん。共存関係にあるんや」

 

 種の時はそこに付着した菌が周りから急激に養分を吸い取り一気に種を成長させる。水に浸けておけば三日で開花するほどの、急激な成長だ。

 そして、花が咲くと今度はその蜜を養分に菌が急激に成長する。

 菌の方が花を咲かせ、花が菌に栄養を与える。

 そんな依存関係にあるのだそうだ。

 

「けど、花の方は菌に栄養を吸い上げられるさかい、あっちゅう間に枯れてしまう。急激に成長して一瞬で枯れる、生命としては欠陥品なんや」

 

 自然の摂理を強引にねじ曲げて生み出された細菌兵器。

 自然界に順応することは不可能らしい。繁殖されたら堪らないよな。

 

「……これ、咲いてるよな」

「せやねん。せやからさっきは焦ってん」

 

 この花は、開花すると同時に有毒な胞子を辺り一帯にまき散らす。

 そして、その後急速に萎れ、枯れてしまう。

 

「ってことは、最近胞子がまき散らされたってわけか?」

「本来なら、せやね」

「だが、そんな報告聞いてないぞ」

「せやねん。街の人らぁは普通にこの近く行き来してはるやんな? せやのに、感染者が一人もおらへんのはおかしいねん」

 

 湿地帯へ来るには、街道から外れてあぜ道を進む必要があるが、胞子が飛散する範囲が数kmならば、この街道を行き来する者たちの中に感染者がいてもおかしくはない。

 特に最近は港の工事や大衆浴場と、西側に人が集まる場所が増えた。

 

「たった今開花したんかとも思ぅたんやけど……それも違うらしいねん」

 

 言って、レジーナが花びらの裏から伸びる胞子の茎を指さす。

 

「胞子が出来てへんねん。ホンマやったら、開花してすぐにこの茎の上に綿毛みたいな白い胞子がもこもこ繁殖して丸く形成されるはずやねん」

 

 花びらを白く丸い胞子が取り囲む。そこまで、この花は一気に成長を遂げるらしい。

 それが、途中で止まっているのだそうだ。

 

「失敗作か?」

「考えにくいんやけど……ん? あれ?」

 

 レジーナが恐る恐る、花びらに手を伸ばす。

 

「なんなん、この膜?」

「もともとこういう花なんじゃないのか?」

「いや、こんな膜はあらへん。こんなんに包まれとったら、胞子なんか飛ばへんやん」

 

 そりゃそうだが……

 

「…………腐った、とか?」

「この沼の泥の影響で、かいな? ほんなら、ウチらかて何かしら影響出とるはずちゃうか?」

「いや、俺は以前一度ここに落ちて経験しているし、お前はもうすでに腐ってるから無効化されてるだけかもしれん」

「よぉ回る口やなぁ? 泥でも詰め込んだろか?」

 

 花に集中していたレジーナが不満顔でこちらを振り返り、そして目を見開いた。

 咄嗟に、俺も後ろを振り返る。

 

 

 

 そこに、カエルがいた。

 

 

 

 沼の中に、一匹の蛙が立っている。

 身長は俺たちより随分と低く、80cmくらい。

 

 そして、そのカエルは――服を着ていた。

 

「……カエルや」

 

 しばらくカエルと見つめ合った後、レジーナの呟きが聞こえ、我に返る。

 言葉もなく見つめてしまっていた。

 

 こいつ、たぶんあの時のカエルだ。

 まだここにいたんだな。

 

「よぉ。また会ったな」

 

 手を上げて挨拶をするが、カエルは答えない。

 

「覚えてないか? 二年近く前になるが、ここで会ったろ? あぁ、あん時も急に上から落ちてきて、お前らの住処を騒がせちまったな。悪かったよ」

 

 俺がここに来ると、いつも湿地帯は騒がしくなる。

 それは、お前らにとっては望ましいことではないよな。

 ホント、悪かったよ。

 

「なぁ、この花――」

 

 足下に咲く、不気味な花を指さして、思いついたことを聞いてみる。

 

 

「お前らが止めてくれたのか?」

 

 

 レジーナの知らない変化を見せている凶悪な毒草。

 もし、こいつが本来の成長過程から逸脱してあり得ない変質を遂げているというのであれば、それはこの場所にあるなんらかの影響を受けたせいだろう。

 

 直近で、俺の理解が及ばない出来事が二度起こっている。

 急にせり出した壁と、成長が止まった細菌兵器。

 

 それは、どちらも人間が何かをして為せる業ではない。

 そして、そのどちらも――カエルがいた(と思しき)場所で発生している。

 

 

 それは偶然か?

 

 

「お前たちのことを、少し教えてくれないか?」

 

 両手を広げ、敵意がないことをアピールしつつ、一歩カエルに向かって足を踏み出す。

 その瞬間、エステラの悲鳴が聞こえてきた。

 

「うわっ!?」

 

 振り返ると、俺たちがいる沼の周りを、ぐるっとカエルが取り囲んでいた。

 沼を覗き込むように、数百匹にも及ぶカエルたちが。

 そいつらは、誰も服を着ていなかった。

 

 エステラは、カエルたちの向こうでナタリアの背に守られているようだ。

 

 目の前に服を着たカエルがいて、沼をぐるりとカエルが取り囲む。

 あの時と同じ状況だ。

 ただ、あの時とは違って真っ暗闇じゃないし、こっちにも仲間がいる。

 俺の心は恐怖に支配されない。

 

 もう一度振り返り、服を着たカエルに語りかける。

 

 

「こんなにたくさん、どこに隠れていた? いや、それよりもなぜ今出てきたかを問うべきか? お前たちは何を望みここに留まっているんだ?」

 

 答えないカエルに、もう一歩足を踏み出す。

 その時、カエルが右腕を持ち上げた。

 腕をまっすぐにこちらへ向けて、俺を指さす。

『精霊の審判』の構え?

 

 

「ケロっ!」

 

 

 俺と同じことを考えていたのか、レジーナが焦った表情で俺へと顔を向ける。

 だが、『精霊の審判』は発動しない。

 それよりも、俺には今の鳴き声が――

 

「えっ!?」

 

 レジーナが驚いた声を上げるのと、どぼどぼという重たい水音が辺り一帯で上がるのはほぼ同時で、沼の周りは一時的に騒がしくなった。

 

 沼を取り囲んでいたカエルたちが一斉に沼へ飛び込み、そして、声を上げたレジーナはじっと視線を崖へと向けていた。

 

「……あのカエル、岩の中に入っていったで」

 

 俺は見落としたのだが、レジーナは見たらしい。

 崖にある、岩と岩の境目に、滑り込むようにカエルが入り込んでいくのを。

 

 近付いて調べて見るも、全長80cmのカエルが入れそうな穴は見つからなかった。

 軽く殴ってみても、崩れたり、変な空間が隠されているような音がしたりはしなかった。

 

 ……こいつも魔法の一種か?

 

 この街の人間が認識している魔法は三つ。

『強制翻訳魔法』と『会話記録カンバセーション・レコード』、そして『精霊の審判』だ。

 だが、それ以外の――カエルのためだけに用意された魔法がないことは、誰も証明できていない。

 もっとも、誰もそんなもんを調べようとしていなかったってだけだろうが。

 

「……人間業じゃねぇよな、なんにしても」

 

 

 これで、俺の仮説はかなり現実味を帯びたことになる。

 

 

 

 

 カエルは、精霊神かそれに近しいレベルの何者かの力を借りて姿を隠している。

 カエルは湿地帯にいるんじゃない。

 湿地帯は、カエルの住処への通り道なんだ。

 

 

 

「出るか」

「……せやね」

 

 放心していたレジーナも、どこか疲れたような顔で頷く。

 

「なんか、さっきの鳴き声、『帰れ』に聞こえたしな」

 

 へぇ、奇遇だな。

 

「俺にもそう聞こえたよ。『けぇれ』ってな」

 

 外を指さして『けぇれ』って言われたなら、帰った方がいいんだろうな。

 ヘソを曲げると厄介そうだからなぁ、精霊神関連の連中は。

 

 

 

 

 

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