異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加86話 トムソン一家と英雄と -2-

公開日時: 2021年4月5日(月) 20:01
文字数:2,270

「あ、あの、陽だまり亭さん」

 

 レーラが困惑したような表情でジネットを呼ぶ。

 

「どの焼き方が正しいんでしょうか? あの、お恥ずかしながら、私、主人のことは心の底から愛し、あの空の高さよりもはるかに理解しておりましたが……主人の技術に関してまでは理解が及んでおりませんで……正解が分からないのです」

 

 ノロケをぶっこんでくるな。

 

「技術を盗もうと、主人の仕事風景をじっと観察していたのですが……働く主人が眩し過ぎて、まともに見つめることも困難で、見つめたら見つめたで、真剣な表情が素敵過ぎて見惚れてしまって……技術面にまで目が向かなかったんです! 仕方ないですよね、だって主人、素敵過ぎましたから!」

「え……っと、す、素敵な方だったんですね」

「はい! 分かってくださいます? さすが、本物を知っているプロの方は違いますね!」

 

 こいつはジネットを何のプロだと思ってやがるんだろうか?

 料理のプロは別に男を見極める目を養ってはいないぞ。

 

「ですので、正解を教えていただければ……」

「正解はありません」

 

 ジネットはきっぱりと言い切る。

 予想外だったのかレーラは目を丸くするが、ジネットの言うことは正しい。

 正解などない。

 正確に言えば、正解は人の数だけ存在する。

 

「で、でも、それじゃお肉が美味しく焼けないのでは……」

「美味しく焼く方法があるとすれば、ただ一つです」

 

 レーラの不安を消し去るような満面の笑顔でジネットは断言する。

 

「みなさんで、楽しくわいわい食事をすることです」

 

 レーラが目を真ん丸くする。

 蠱惑的にも見える目の下のラインとのアンバランスさで、なんだか無性に可愛らしく見える。

 隣で同じように目を真ん丸くしている娘、息子とそっくりだ。

 

「モーガン」

 

 正解が分からず戸惑うガゼル親子に分からせるため、俺はモーガンにトングを渡す。

 生肉を七輪に載せる際に俺は菜箸を使っていたが、モーガンにはトングの方が無難だろう。

 箸を使えるヤツは結構いるが、使えないヤツも結構いる。

 万が一モーガンが箸を使えない場合、無用な恥をかかせることになるからな。

 

「ちょっと焼いてみろよ。これが一番美味い焼き加減だって感じで」

 

 トングを手にしたモーガンは戸惑った様子を見せていたが、すぐさま考えを切り替えたのか、自信に満ちあふれた表情へと変わる。

 

「ふん。しょうがねぇな。肉のプロフェッショナルが、本当に美味い焼き方ってのを教えてやるぜ」

 

 カチン!

 と、トングを鳴らして、モーガンが薄切りのバラ肉を挟む。

 

「とはいえ、こんな薄い肉は初めてだからなぁ」

「お? 怖気づいたか?」

「バカ言え! どんな肉であろうと、オレが焼けば美味くなる!」

 

 いい具合に面白がって、モーガンが目を爛々と輝かせる。

 七輪の上に手をかざし、熱量を確認する。

 そしておもむろに肉を載せ、真剣なまなざしでその表面を睨みつける。

 

 肉がじわりじわりと波打ち、表面にぷくぷくと脂が浮かぶ。

 艶のある脂が光を反射して輝いて見える。

 

「よし、今だ!」

 

 肉がひっくり返されると、金網の目から零れ落ちた脂が木炭の上で弾ける。

 

「これくらいでいいだろう!」

 

 裏面は軽くあぶる程度で止め、モーガンが焼きあがった肉をじっと見つめる。

 そして、一呼吸の後に口の中へと放り込む。

 

「うぉっ!? 美味ぇ! オレぁ、もしかしたら天才なんじゃねぇか?」

 

 自分で焼いた肉が美味かったようで、自画自賛している。

 

「だが待てよ……これならもう少しサッと炙る程度でも…………よし、もう一度だ」

 

 自分の中で何かを感じ取ったのか、モーガンが次の肉をつまみ上げる。

 そして、七輪の中心部に肉を置いた――瞬間、七輪から炎が上がる。

 

「うぉおおぅっ!?」

「脂身の多い肉ばっかり焼くからそうなるんだよ」

 

 言いながら、燃え上がる炎の上にニンジンのスライスを載せる。

 脂が落ちない野菜は鎮火に最適だ。

 焼肉屋に行くと氷なんかをくれることがあるが、この街には氷がないからな。

 

「こんな危険なことを客にやらせるのか!?」

「けど、ちょっと面白かったろ?」

「どこがだ!」

「でも、ほら」

 

 と、俺たちのテーブルを指し示すと、モーガンの表情が険しくなった。

 

「ぶふっ! 初心者が絶対やるヤツだよね、アレ!」

「ふふん。モーガンよ、それが焼肉の洗礼だ」

「通る道、誰もが、焼肉を焼く者であれば」

「アーシもやったけど、ロレッタは何回もやってたよな、テレサ?」

「うん! ロレねーしゃ、なんども『ぼぉ~!』してた~!」

「くすくす~☆ 今の驚いた顔……くすくすくす~☆」

「えぇい、笑うな小娘ども!」

 

 各人、それぞれ最低一回ずつは焼肉ファイアーを起こして「うひゃあ!?」とか悲鳴を上げていたからな。他人が同じ過ちを犯すのが嬉しくて仕方ないのだ。

 

「おそらく、モーガンも誰かを連れてきて同じ状態になったらそいつを指差して笑うだろうな」

「オレぁそんなこと……いや、まてよ……ぺぺの野郎なら、きっと滑稽な顔で驚きやがるに違いねぇな…………ふふ、奢ってやるって言やぁアイツなら絶対ついてきやがるよな……よぉしよし、……ふふふ」

 

 ほらみろ、悪ぅ~い顔してやがる。

 

「こうやって、驚いたり笑ったり、『こうすると美味しいですよ』とか『こういうやり方もありますよ』とか教えあったり、焼いてあげたり焼いてもらったりして、楽しくわいわい食べるのが焼肉の美味しい食べ方なんです」

 

 ジネットがレーラにそんな説明をする。

 そして、トングを二つと菜箸を一つ手渡す。

 

「みなさんもやってみてください。きっと楽しいですよ」

 

 ただし、火傷には十分気を付けて――と、注意事項を追加する。

 レーラは戸惑いながらも、トングをガキどもに渡し、自分は菜箸を握る。

 

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